story2 その1
story2始まります。
よろしくお願いします。
その世は基本的に騒がしくなることがない。人やモノはひっそりと暮らしている。
あるいは音の少ない環境づくりがなされていると表すのが正しいかもしれない。やかましい音を出す機器、例えば時刻を示すサイレンの音や救急車やパトカーのサイレンなどそういうもの自体がその世には存在していない。できる限りの無音のポリシーを各々が貫くその世では全ての存在が希薄だ。
そう考えると自分の存在の証明のために叫ぶ人というのは案外、理にかなっているものかもしれない。書かれた文字はそれを読むかどうかの選択権があるけれど、聞こえてくる音は知らぬ間に耳に届いてしまうのだから。
だがどんな社会のルールにも例外はある。
先ほどからアサミがその世の家の中でけたたましく笑っている。外にまで聞こえるんじゃないか、と心配になるくらいの声量をずっと出し続けているので、流石に蓮は我慢ならなくなった。
「うるさいな!何が面白かったらそんなに笑えるんだよ 」
気にしないようにずっとアサミを無視していたので、そのときに初めてアサミの笑い声の根源がTV画面にあるということを知った。先日までソウスケの映像を映していたTVである。未だ、そのTVの原理は蓮の中で謎に包まれていた。
TV画面に映っているのは黒い服装をした人々だった。数珠を持っている人、眠そうに欠伸を噛み殺す人、神妙な面持ちな人、同じ黒でもたくさんのバリエーションがある。
この人たちの顔、なんか見覚えあるなと不穏な予感がよぎったときパッとTV画面が変わった。
豆電球のように輝いている頭と規則正しく刻まれる「ポク……ポク…… 」という和音。そのままカメラアングルはゆっくりと上がっていき————
そこには額縁の中に収められた一人の少年の顔があった。その表情が笑顔だったということにまず蓮は驚いた。
「これってまさか…… 」
「新野蓮さんのお通夜ですね 」
アサミは丁寧さをふざけ方の一つの装置として使った。そこまでの悪意を含んでいないことは分かっているはずなのに蓮は自分の頭に血が上ってくるのが分かった。まるで自分とは正反対なはずの激情型の人間になったようでひどくそのことに動揺する。
頭が冷えるのを待ちながら新野蓮のお通夜とやらを見てみることにした。黒い人たちは親戚や先生など注意して見れば知っている人ばかりだった。そして数人だが学校の友人の姿もあった。けれどそれらの人に蓮の心を揺さぶる力はなかった。
そんなとき突然、画面が父と母の姿を映した。父はハンカチを握りしめながら俯き、母は唇を震わせ、目元からは涙を流している。
その画面が変わるまで蓮は目を片時も離すことができなかった。徐々に喉から胸のあたりがつかえてその範囲は徐々に拡大していく。幸いもう限界となる一歩手前でまた画面は次の場面へと移った。
そして再びアサミの笑い声が耳を容赦なく擽り始めた。
「人の葬式見て笑うなんて趣味悪すぎでしょ!そもそもバカ笑いする要素どこにもないし 」
「そうだね。ちょっと度が過ぎていたかも。すまない 」
思いの外、アサミが素直に退いたので逆に戸惑う。不思議と今のアサミへの非難で喉のつっかえもどこかへ飛んでいってくれたようだ。
「そういえば、死んでから結構経ってるのになんで葬式が今さらなのかな? 」
ふと湧き出た疑問を直ぐにぶつけるものではない。この後のアサミの台詞を聞いて蓮は本心からそう思った。
「ああ。これ実は今の映像じゃなくて録画してディスクに焼いたやつを流してるからね。ほら、画面の右上にLIVEって書いてないだろ 」
「え…… 」
「気に入ってるんだよねこれ。葬式に慣れてない人が多いのかな。焼香でミスする人がたくさんいるし、坊さんのお経も若干うろ覚えだし、中々味のあるお通夜で病みつきになっちゃうよ 」
この幼い三十歳は本当に憎たらしい。いつかアサミの葬式の映像が見れる日が来たら、その世じゅう響き渡る声で笑ってやろうと固く誓った。
ただならぬ雰囲気を察したアサミは逃げるように「お、そろそろ仕事の時間だね 」と慌ただしく準備を始め、蓮を待つことなく外へ飛び出していった。
アサミを追いかけながらふと思った。
葬式にあいつ来てなかったな。……もう三年以上も経つししょうがないか。
自分の最後をあいつに見届けてもらえなかったこと、もしかしたら死んだことさえ知ってもらえていないこと。
いつも変わらぬ薄紫色の空の下、蓮は少しだけ寂しい気持ちを抱いた。
story2も毎日投稿の予定です。