story1 その12
一つ一つの動きがスローモーションに躍る。カードを扱う手さばきも、それを食い入るように見つめるオーディエンス達も、教室内の非日常とは全くの無関係なカーテンの揺らめきさえも。
それを映すのはソウスケの視線であり、蓮の視線でもあった。
鮮やかにAの柄がKの柄へと姿を変えていく。一枚、また一枚とKが増えていくごとに歓声はどよめきを増していき、水風船が弾けるときのような拍手の音は段々と大きくなっていった。
いつの間にかクラスメイト全員は教室の半分より前に集まっていた。密集した子たちは誰もが教卓の上で踊るカードを見逃しまい、と我よ我よと前の子の肩の間から顔を出し合っている。つま先をプルプルとさせながら立てている足は一つや二つではない。
彼らの期待にそっと応えるように小さなマジシャンは最後の行程までを華麗にやり抜き、そしてチョコンと礼をした。
手元にはKから再びAに戻ったカードの束が握られていた。
ソウスケは表情を崩さなかった。美技に喝采を送ろうとするオーディエンスたちを手をかざしてそれを制す。興奮で上気していた教室内は外の雑音が聞こえるくらいの落ち着きを取り戻す。ソウスケはカードをポケットにしまい込み、一たび大きく息をつく。それからゆっくり口を開いた。
「マジックを最後まで見てくれてありがとうございます。今日はみんなに言いたいことがあります。……今まで本当にごめんなさい!みんなが困ったり傷つくようなウソをいっぱいついてしまったこと、反省しています。ボクはただみんなといっぱい話したり、遊びたかっただけだったんだ。いつも家で一人だったから……。大きなウソをつくとその分みんなの反応は大きくなって、それが嬉しくて嬉しくて。けどみんなが家族の話を楽しそうにしてるのを見たときはそれが羨ましかった。ボクはお母さんと出かけた思い出なんかほとんどなかったから。羨ましくて羨ましくて、ある時からそれがいたずらしてやろうって気持ちに変わってしまいました。家族の話をしているときよりも大きな反応を起こしてやるんだって思って 」
何かを堪えるような一拍のブレス。ソウスケは今どんな顔をしているのだろう。
「もうこれからは嫌な嘘はつきません!つくとしたらみんなを楽しませられる嘘をつきます!だからまた前みたいにクラスの仲間に入れて欲しい。みんなと仲良く話したり、遊んだりしたい! 」
アサミとの謝罪の合作の語尻は涙声になっていたらしい。”らしい”というのはソウスケ言葉の最後がある一人の言葉と被ってしまいはっきりとは聞き取れなかったからだ。
その言葉の主はいじめっ子のリーダーだった。歯を食いしばった険しい顔をしながら、他の子をかき分けてドシドシと教卓のところまで詰め寄っていた。
「今度さ、俺にもマジック教えてよ! 」
少し居心地が悪そうに、頭を掻きながらそう言った。けどその顔がはっきりと笑顔に変わっていたということを今日の数奇な作戦主である三人は知っている。
「私も知りたい! 」
「僕も!」
「どうやってるの? 」
せき止めていた川の堤防が一気に開け放れたかのように、あらゆる声が教室を飛ぶ。昨日までは考えられなかったかもしれないけど、紛れもなくその声の行き先にはソウスケがいた。
教室の暖かい色の声に背中を擽られながら蓮とアサミは気付かれないように教室を後にした。
「謝罪、よかったね。さすが大人だ 」
「おお、そうか。まあ俺が何言うかに口出したことはなかったんだけどな 」
「……何が大人の本気の謝罪をお見舞いしてやるだって? 」
「ソウスケの自分の言葉じゃなかったら意味ないだろ 」
「物は言いようだな 」
次回がstory1最終回となります。