集えよ無法者
遺憾ながらも、ナバナはエンキドゥの一撃のもとに沈んだ。石ころで、石ころでな。あれだけ刃物で刺されても立っていたのだからそれぐらい意地で耐えやがれや。
それはともかく、後は戦士のグースだけ。そして二人で潰すのは楽勝だ。卑怯? 無法者ですから、それに義はこちらにありなのです。
「フーンッ!」
「ハッ!」
力自慢というだけあってグースが持つ大剣はかなりの大きさだ。だがいまいちスピードは足りていない、マルスに軽々と避けられてしまっている。
「〈奪取〉」
背後から近寄り試したかったスキルを使ってみる。こういう相手しか取れない限定ものとかあったりするしな。ナバナに使えなかったのは残念であるが仕方がない。
「ぐっ!」
『〈鋼鉄の剣〉を入手しました』
普通に店で売っているやつだな。この野郎微妙な期待させやがって。
「〈迅苦〉!」
「がっ!」
「ハァッ!」
「ぐふ!」
前と後ろから袋叩きだ。スピードの低い戦士職にとっては最悪のコンボだろう。もちろん手加減は抜きだ。クリティカルの発生しやすい顔や首を狙う。現実だったら致命傷だろう、こんな血を出した時点で立てなさそうだが。
「このぅ!〈カットスラスト〉!」
「くッ!」
突然グースは素早い連続の斬撃を横に放つ。真正面にいたマルスがもろに食らった。そして、後ろでその光景に口を抑えるリリーが可愛いと思ったのは不謹慎であろうか。
「〈毒の歯牙〉」
無防備な彼の背中に毒入りの短剣を捩じり込む。気持ち的には肝臓辺りをブスリと刺した。状態異常、毒になるとお分かりだろうがジワジワと体力が減る。それを判別するのは相手の呼吸だ、毒になると呼吸が荒くなるようだ。ナバナではあまり見ていなかったがグースはゼイゼイと喘いで冷や汗まで出しているのが分かる。
「〈スターダッシュ〉!」
「のわっ!」
「わはは!どう――ぐぁ!」
グースが突然光と共に怒涛のショルダータックルで突撃してきたので思わず変な声が出た。巨漢が突っ込んでくるとかなり迫力がある。
まあでも戦闘中にお喋りはいただけないけどな?
「カッカッカッ」
こんな時なのだが、俺の意識はどうしてもフワリフワリと宙を漂うあいつに行ってしまいそうになる。一番の要注意対象だ。あいつの石ころには気をつけねばならん。
と、そんなことを考えた拍子にだ、
「がぁぁああ!! ま、まだ……」
グースが喧しいどら声をあげて倒れた。もちろん俺ではないし、我が盟友もまだ投擲準備段階だ。では、マルスかな? 毒です。毒でした。毒かよ!
せめてマルスがカッコよく倒すなら納得だけどそっちかよ! すまんなマルス、リリーに良いとこ見せれず終いになっちまったよ。
「はぁ、はぁ、やった。やったぞ!」
「マルス!」
疲労困憊で膝に手をつく愛する男のもとへ、リリーが駆け寄る。もう邪魔者は消えた方が良いかな?
「リリー、すまない。こんな、ことに、巻き込んでしまって。本当に、すまなかった」
「いいの、いいのよマルス。だって、きてくれたでしょう? 私なんかのために、きてくれたのでしょう?」
座り込んで謝罪するマルスにリリーが抱きつく。彼女の顔は見えないが上ずった声を聞けば泣いているのが分かる。拘束された恐怖や不安、解放されたことへの安堵、そして愛しい者が全てを投げ出してまで助けに来てくれたことへの喜び、それらがごちゃ混ぜになって溢れてきたのだろう。
「……良い女じゃねェか」
「ケッ」
言ってみたくて言ってみた。予想通り返されたのは吐き捨てるような嘲笑のみ。俺も泣こうかな。
「クックックッ、いやぁお見事。若い愛の燃えるロマンス、良いものを見せてもらったよ!」
「誰だ!」
暗がりからゾロゾロと現れたのは闇に紛れる黒のローブをまとった気味の悪い男たちだ。代表で前に出てきた一人は余裕綽々の表情で皮肉のこもった拍手をしていやがる。俺の嫌いなタイプだ。そうに違いない。
「ギ、ギルト様……」
「やぁグース、無様だね。なんだその醜態は、僕の名前を呼ばないでくれないか?」
「そ、そう言わずに、どうか、お助けください!」
「その汚い口を開くな! 穢らわしいんだよ!」
「ひ、ひゃい!」
怒ったかと思うとすぐにまたあの気持ち悪い顔に戻り、ギルトはこちらを見やる。その場の空気は突然の乱入者に緊張で酷く張り詰めている。
あ、彼は通常運転です。
「マルス君、だったかい? 君のその一途な想い、とても素晴らしかった。可愛いお姫様との愛は十分に確かめたかい?」
「テメェ!!」
「あぁ、まったく礼儀を知らない野良犬は嫌だね。まあ別に良いさ、そろそろお片づけをしないとね。そうだろう?」
「く、っ!」
スラリと周りの男たちが剣を抜く。見た目からしてグースたちより随分と強そうだ。これはかなりまずい状況である。
「では、地獄で永遠の愛を叶えてくれ。幸運を」
「マルスッ!」「リリー!」
男たちが抱き合う二人にその鋭い剣を振りかざす。まさに絶体絶命。あぁ、もはやここまで、とその時だ。
「「「ぐぁぁあああ!!!」」」
「な!?」
闇夜を縫う銀色の閃光が駆ける。苦しげな声と共に男たちの武器は宙を舞い、虚しい音を響かせ地面に散らばった。
そして二人の前に立つのは流れ星の主人。鷹のように鋭い猛禽の瞳、虎のように獰猛な笑みを見せるこの人物は一人しかいない!
「随分と楽しそうだねぇ、これは何の祭りだい?」
「あ、姐御!!」
「チッ、アイラか!」
いよ、待ってました姐御! あの状況から一気に雰囲気を巻き返した。彼女一人の存在感に周りの男たちは動揺して後ずさる。
「あぁ、ちょうど良い時に来たね。君のところから裏切り者が出たと聞いて、急いで駆けつけたのさ。ほら、そこの彼がそうだろう?」
「ギルト……ハッ、よくほざく口だね。人の心配とは余裕のようじゃないかい。だが、うちの者に危害を加えてくれたことはどう説明するつもりだい? そこにぶっ倒れてる二人は、特にね」
「フッ、なんだいその汚らしい二人組は? 残念ながら僕とは無関係な者たちだろう」
「そ、そんな、ギルト様、お助けを!」
「おやおや、僕も有名になったもんだ。おい、そこの犯罪者二人を捕らえろ。後日神殿で裁きにかける必要がある」
顔色一つ変えず仲間を切り捨てはとは、間違いなくこいつはクズ野郎だ。まあこいつにとってはただの駒という認識程度でしかなかったのだろうな。
「そちらのお嬢さんと君には謝罪を入れよう。どうも裏切り者の仲間と勘違いしてしまってね。申し訳なかった」
「はぁん、でもねぇ、さっきから言ってる裏切り者って何なのさ。そこで座り込んでるボウヤなら私がちょっとお使いを頼んだのだけどねぇ、なかなか帰ってこなくて心配だったよ。まさか悪漢どもに絡まれてるとはね」
「ほぅ? それはまたすごい買物だったのだね?」
バチバチと火花が見える気がする。こういうのも苦手だ、俺に頭を使わせないでくれ。もうこんな奴らボコボコにしちゃってくだせぇよ姐御。
「まあ、私がお使いを頼んだこのボウヤがたまたま居合わせた悪漢どもに絡まれてる少女を助けた。そうみて良いんじゃないかい?」
「……フン、そうだね。青年よ、悪に立ち向かうその志し、見事だった。こいつらは責任を持って僕たちが預ろう」
グースとナバナは真っ青である。踏んだり蹴ったりの二人だがあんなことをしたのだから当然の報いだ。命があるだけマシだと思え。
「ではこれ以上ここにいることもないね。アイラ、君も下らないことに執着しているといつか足元をすくわれるよ、この世には悪質な奴がゴロゴロいるからね。ではまた会おう」
「ご忠告痛みいるね、肝に銘じとくさ」
ギルトとその連中は速やかに闇の中へと帰ってゆく。残されたのは抱き合う二人を見る姐御と場外で佇む俺だけだ。エンキドゥは俺の頭に乗ってるが。
「……姐御」
「ふ、言いたいことはあるけど、そろそろ離れたらどうだい?」
「あっ、す、すいません」
火がついたように赤面した二人は慌てて体を離してしまう。、バカップルが舞い戻ったか。後でエンキドゥの秘伝の技を授かろう、マルスに祝砲を撃たなければな。
「まあ大事にならなくて良かったぜ」
「兄貴…….」
いつの間にか俺の隣に立っていたアクセルがマルスのもとへと進み出る。彼も自分のしたことは分かってるのだろう、幾分か覇気のない声になってしまってる。
「とりあえず戻るぞ? こんな子汚ねぇ空き地にいつまでも嬢ちゃんを置いとくわけにゃいかんだろ。ま、俺らの場所も似たようなもんだがな」
「兄貴、俺は……」
「今はいいんだ、マルス。来い、家族だろ? 喧嘩ぐらいたまにはあるさ」
マルスはそれを聞くとただでさえ土で汚れた顔をさらにしわくちゃにして下を向いた。泣くのを見られたくないみたいだ。しっかり嗚咽が漏れてるけどな。
「行くぞマルス。嬢ちゃんも良いかい?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
マルスの頭をくちゃくちゃにして背中を叩くアクセルの様子は本当の兄弟のように思える。あれが頼れる兄貴ってやつなんだろうな。
ともかく、アクセルに連れられてマルスとリリーはとぼとぼと帰って行った。そしてここにいるのは俺と姐御、姐御はらしからぬ優しい目でこちらを向いている。
「よくやってくれたね。新人とは思えない働きぶりだったよ」
あざます! この命、姐御のためなら如何なる時でも燃やす所存!
「マルスも、あいつも馬鹿をやったね。一人で苦しまずに、助けを求めりゃ良かったのさ。あいつだって、どうして男はいつも……」
最後の方は消え入るように小さな声になったが、空を眺める姐御の横顔はどこか悲しそうだ。いや、しかしこの普段の快活な姐御とのギャップが俺の奥底に潜む本能を……危ない、思考が乱れたようだ。
「分かってると思うが、あたいらは所詮ゴロツキの集いさ。脛に傷があって、人様に顔向けできないようや奴ら、そんな奴らばっかさ。でも一人で生きれるほど強くない、そんな奴らが集まって家族ごっこをやってる。馬鹿らしいと思うだろ? でもそうしなきゃやってけないんだよ」
唐突にシリアスな会話を持ち出された。さっきまであんなことを考えてた俺としては悩ましげな姐御を前にして心がヤスリで擦るがごとく削れていく。
「あたいもガキの頃はよく罪を重ねたよ。でもね、そんなガキを暗闇から引っ張り出してくれた人もいたんだ。ネセルのおじ様さ、あの人のモノをすろうとしてね、呆気なく捕まったよ」
ネセル神官長が? ここで意外な事実が発覚である。
「あの人はガキだったアタイを引き取って育ててくれた。そいで、大きくなったあたいに力を授けてね。私に向かってこう言った。
正しいと思うことのためにこの力を使え、ってね。しかも、苦しかったらいつでも帰ってこいと言ってくれた。アタイを、家族の一人だ、大事な娘だって、受け入れてくれたのさ。
それを聞いて決めたよ。アタイのような、身の置き場もない馬鹿どもがいれば、帰れる、帰るべき家族を作ってやろうとね。あたいがしてもらったように」
そんな秘密があったとは、ネセル大叔父貴は偉大だ。だが、その言葉だけでこの組織を作りあげたアイラの姐御もやはり偉大だ。
「無法者にも法がある、おかしいだろう? でもあたいはそれを作った。人間として生きるために、守るべき法をね。
……ホンモノの家族じゃなくたっていいのさ。偽物だろうと、友達だろうと。どんなに強くても、やっぱり一人だと弱いんだよ」
かなり痛いことを言ってくれる。俺のハードボイルドな決心が揺らいでしまいそうだ。ま、俺にはエンキドゥがいるけど、そうだよな、我が盟友よ?
「ケッ」
……やっぱこいつ読心術があると思えてならないのだが。さいですか、僕は嫌ですか、すいません。
「フッ、一人言が過ぎたね。まあ、要はあんたも困ったらいつでも頼ってこいってことさ。それが家族ってもんだろ?」
イエス、マム! ニヤリと見せる獣の笑みはいつもの姐御だ。そして俺を家族の一員として迎えてくれたマザーでもある。
「色々と巻き込んだけど、あんたなら十分やっていけるさ。これはちょっとした贈り物だよ、受け取りな」
………………………………………………
【職業クエスト : 無法者の法】CLEAR!
〈アイラ〉に認められ無事〈無法者〉としてのスタートを切れた。彼女の言葉を忘れずにさらなる鍛錬に励もう!
報酬
〈バディス家族の刺青〉
………………………………………………
「そいつはちょっとした魔法装備さ。あたいらが仲間としての絆の証みたいなもんだよ。気が向いたら付けるといい。
さて、それじゃあ戻るとするかね。あんたが取ってきたもんを使った料理が出来てるはずさ、食っていきな!」
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視界が暗転するといつの間にか彼等のアジト、〈バディス〉へと戻ってきていた。大きな食卓には食欲のそそる香りを発するホカホカのドリアが並んでいる。
「何はともあれ、全員無事で良かった。色々と動いてくれてご苦労だったよ。今日の業務は後回し、今は食って、飲んで、騒いで、疲れを癒してくれ」
姐御が食卓の上に立って皆に労いの言葉をかける。お行儀良くないと言いたいがそんなもの元からなかった。彼女の宣言に周りの野郎どもが狂ったように騒ぎ立てる。
マルスと言えばリリーと一緒にその群れる野郎どもの中心で小突かれ冷やかされともう揉みくちゃだ。そしてリリーへと魔の手が伸びるたびに大声で怒鳴ってはそれを防いでる。
再び声を発した姐御だが野郎どものバカ騒ぎにそれは全て掻き消される。ピキリと、姐御のこめかみが裂けた。
「あぁん!? その頭の横に付いたお飾りは取った方がいいのかい!」
ドスのきいた声に部屋が一瞬でピタリと静まる。食卓の上では怒れる獣の王者が哀れな獲物を睥睨していた。俺もちょっと背筋がゾクッと来たよ。
「フン、まあいいさ。それじゃ、新人ギルガメッシュとお熱い二人に!!」
「「「「「乾杯!!!!!」」」」」
あらん限りのがなり声の共鳴による品のない合唱、それを機に爆発したようにまた空間は喧騒に満たされる。無法者による無法地帯だ、そんな混沌とした場所になっている。
「お疲れさま、頑張ったんだって? それ、わたしが作ったから食べてみてよ」
数少ないバディスの花、メニさんが卓上に置いてあるドリアを指して言う。残ってるのはひとつだけで、他は激しい奪い合いとなっていた。ちなみに姐御が二つも取っていった気がするのだが、ズルくないですか?
「おう、もらうぜ」
イスは騒ぎの中で連れ去られたので立ち食いだ。何に使うんだよ。
スプーンでほどよい熱さのドリアを口に運ぶ。カニ味噌独特な味わいが口内に広がり少し辛めの味付けはご飯と素晴らしい調和を奏でる。美味い、とても美味い。
じーっとこちらを伺うメニさんにグッと親指を立てると向日葵のように眩しい笑顔が咲いた。
ゔっ、なんという破壊力。心臓がロケットシュートするところだったぜ。美女の笑顔は危険、これを胸に刻んでおこう。
ドリアは全ておいしく平らげました。流石に舐めたりはしない。
しかし、カニ味噌は人によって好き嫌いが極端にでるそうだ。食べれて良かった。メニさんの手前、秘儀チョット変ワッタ味デスネェ、を使う場合もあったのだから。
マルスとリリーは相変わらず中心で遊ばれている。どうもこういうお祭り騒ぎの雰囲気は気が高ぶるな。
よし、俺もリリーにセクハラしに行こう! そこらにある酒盃を豪快に煽ると我が盟友の声を真似て野郎の嵐に飛び込んだ。
たまには吹っ切ったって良いじゃないか、そう心中で無駄な言い訳をしたりして。
あ、変態魔人どもは揃って姐御筆頭の女傑にしめられたのはご愛嬌です。
そしてエンキドゥは酒豪だった。酒呑童子の弟子かもしれない。
どうも、ここで区切りとなります。ストックはひとまとめ分あるので次もそれなりにすぐに出せる模様。
修正点などあったらお願いします。