街中の戦い
〈カニ味噌〉は思ったよりもすぐに集まった。牛喰いガニはハサミ、ヒップアタック、泡吐き、という三つの単純攻撃しかしてこないノロマだったので倒すのにさしたる苦労もなかったのだ。当然攻撃は受けてない。倒した牛喰いガニは六匹、うち三匹からカニ味噌が取れて残りの二個はエンキドゥが取っていた。他にも〈堅い甲殻〉と〈丈夫な鋏〉というものがドロップしている。何かと便利そうなアイテムだな。あの巨大なハサミはそのまま振り回すだけでも立派な武器になりそうだ。
そしてオリジンの街へと帰ろうと岩棚のアーチを潜るとそこには夜の海岸が広がっていた。カニを倒している間に時間が経ったということだろう。
それにしてもなんて見事な、もちろん天を覆う輝く星々のことだ。水平線に浮かぶ三日月が果てしなく続く暗黒の大海原に仄かな道を作っている。そしてその上に散りばめられた満天の星屑、打ち寄せては引く波の音のみが世界を支配し二つとない雰囲気をもたらしてくれる。
夜空の星々は現実とは違って赤や青などの色がハッキリとしていて夜のキャンパスは妖精のイタズラのように彩られてる。
もちろん先ほど街の地面に汚い絵を描いた我が盟友のことではないぞ、もっと素敵な可愛い妖精さんのことだ。
「絶景だな」
「ケッ!」
くだらねぇ、そんな感じか。まあこいつに風情を求めるのは筋違いだよな。でもそういうのもあって欲しいような気がするのだがねぇ。
今日はこいつに二回も素に戻された、こいつを舐めてはいけない、そう強く思う。あの後エンキドゥは何度もカニの頭を叩いて遊んでいた、止めても辞める気などさらさらないようだ。肝が冷える、がついぞあの巨大なハサミがヤツを捕らえることはなかったようだ。
「街に戻るぞ」
「カッー」
ペッとくわえてた枝を吐き捨てるとエンキドゥが俺の頭に乗る。走り出すと夜の冷たく心地良い風が吹き抜けていく、こんなところまで再現しているのは流石の一言だ。人気の無い海は恐ろしいものだがここは全くそんな感じがしない。むしろこの静けさが心を癒してくれるようだ。
大自然に抱かれて、夜の海を駆ける、もはやアニメのオープニングテーマと一緒に流してもいけるね。
遠くに見えるオリジンの街にはポツポツと人の営みたる灯りが見える。たった数十分、されど数十分、この帰ってきた感はなんだろうか。
……フッ、心が人の温もりを求めちまってるようだな。
「ケッ!」
あれ? お前読心術とか持ってる? 今のは確かに、嘲笑の声だったぞ!
坂を駆け上がり暗い街の中をうようよと迷いながらなんとか姐御らの住処、〈バディス〉へと帰還する。見張りには〈仲間想いのメニ〉という知らない女性が立っていた。ちゃめっけのあるノンビリとした顔立ちの女性だが今はその顔も不安に強張っている。何かあったのだろうか?
「あ、あんた!」
俺が近寄るとメニは慌てたようにこちらに近づいてくる。どうもただ事じゃない様子だ、これは何かしら事件があったと見て間違いないな。
「あんたギルガメッシュさんだろう? 姐御に使いを頼まれてた。ここに来るまでにマルスのアホウを見かけなかったかい?」
「星が綺麗だ。見にいかないか?」
「なに言ってんだいこの色ボケ野郎! もういいからカニ味噌を置いたらマルスを捜すのを手伝ってくれ! 中に〈アクセル〉っていう喧しい大男がいるから、そいつに指示を仰いできて!」
ハッ! しまった、俺の口が勝手に動いたようだ。これは運営に仕込まれた罠に違いない。
メニさんがグイグイと俺を引っ張って中に入れる。これ以上ふざけるのは失礼だ、お仕事モードに入ろう。中ではアクセルの旦那ががなり声をあげて忙しく動き回る男たちに指示を与えている。どうもこちらもマルスを捜しているようだ。
「三人ずつに分かれろ! いいか! お前らは警備兵に聞き込みをかけろ! お前らは捜査だ、居住地区を中心にマルスを捜せ! そっちは港へ行け!」
「「「「「へい!!」」」」」
「アクセル、こいつはどうする!?」
「あ? おう、ギルガメッシュか! ちょうどいい、手伝ってくれ!」
アクセルがドスドスと床を踏みならしながらこちらへと迫る。さっき会った時とは全く別人だ。頼もしい兄貴から荒々しい棟梁に早変わりである。
「マルスのドアホが俺たちの金を持ち逃げした! それなりの額だ、メンツにかけても黙ってる訳にはいかん! ヤツを見つけるのを手伝ってくれ!」
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【職業クエスト : 無法者の法】
〈マルス〉がオリジンの裏の統率組合〈バディス〉を裏切ってお金を盗みとったようだ。彼を見つけて取り押さえよう。
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「あの野郎、最近やけに思い悩んでると思ったらこんなバカをしでかすとはな! チクショウ、俺が甘かったぜ!」
「悔いるのは後にしておくれ、今はあいつを見つけなきゃ!」
「あぁ、そうだな。ギルガメッシュは商店街を回ってみてくれないか? 見つけたらすぐに引っ捕えろよ、手加減はいらん。最悪……いや、とにかく容赦はするな」
アクセルはやりきれないといった表情をしている。マルスがやらかしたことはそれだけマズイのだろう、仲間だからとヌルいことは出来ないくらいに。それは兄貴分であり仲間を大事にする彼にはきっと辛いことだ。
俺は黙って頷き彼等のもとを出た、そうする他ないだろう。
「あのクソ馬鹿な色ボケ男を殴りに行くか」
「ケッ!」
好きにしろ、そう言ってる気がする。まったくエンキドゥには敵わないな、さすがは俺のベストパートナー、ギルガメッシュが盟友だ。
地図を見て商店街に向け走る。夜の街は暗くときたま見かけるかがり火と、夜空に浮かぶ月と星々のみが静かな街を細々と照らす。走れば、それに合わせて地面を打つ靴音がやけに煩く思える。
任されたのは商店街の通りだ。歓楽街とは違って昼の喧騒は消え野良の犬猫が我が物顔で通りを歩いており、俺が近寄ると目を怪しく光らせては狭い路地へと逃げていく。
しばらく地図を確認しつつ動き回ってるとちょっとした空き地に人影が見えた。同時にこれ以上進めなくなったのでそういうことだろう。
俺の方から見て一番手前にいるのは、例のマルス青年である。
「約束通り金は揃えた。リリーを返してくれ」
「ハッハッ、マジかよこいつとんでもねぇバカだな! ホントにやってくるとはなぁ」
「まあお嬢さんより先に"それ"を見せてもらわにゃよ、俺たちだって安心できねぇ」
暗がりでハッキリとしないが柄の悪そうな男が二人が下卑た声をあげ、そしてその横に一人が転がされている。
マルスは大切な人であるリリーを人質に取られてこれほど無茶な要求にも衝動的に応えてしまったのかもしれない。彼がここしばらくイラついていた様子を考えると前々からこれに近い脅しが水面下であったのだろう。
まったく、吐き気がする。クソったれな甘ぬるい吐き気とは違って腐った肉と汚濁の蒸し返しだ。
「ここにある! 早く彼女から離れろ!」
ドンとマルスがおおきな皮袋を地面に放ると中で硬貨が弾け合う音がなる。
硬貨単位は知らないがいずれにせよそれなりの大金に違いない。
「おっと、まだ近づくなよ、それをこっちに投げて寄越せ。変な真似は考えるな?」
「クッ、先に彼女の縄を解け!」
「ったくうるせェガキだ。解いてやれ、ただし脚だけだ!」
「あいよ」
一人がリリーの縄を解くと彼女はノロノロと立ち上がる。手はいまだに後ろで結ばれたままだが恐怖のためか呼吸は荒くて息は切れぎれだ。
「……マ、マルス。逃げて、ダメよ」
「リリー! もう少し我慢してくれ!」
「ダメ、こんな――キャァ!」
「リリー!!」
「おいおい茶番なら他でやってくれ。とっととそれを寄越しな。綺麗なお嬢ちゃんに花が咲くぜ?」
「お前らァ!」
「マルス!」
男たちの下卑た笑いに怒りの唸り声が混じる。放られた重い硬貨袋は再び喧しく音を響かせ男たちの前に落ちる。
解放されたリリーが駆けだしマルスのもとへ行くが男の一人が杖を取り出して何事か魔法を唱える。
「〈跳散〉!!」
即座に鳴る地を打つ小爆発!マルスは後ろを向いてそれを使うことで急速に前方に飛び出し勢いのままリリーを抱きしめた。
間一髪、杖から飛び出した炎の弾丸は転がる彼等の上を通過していく。
「チッ! 外したか!」
「どういう、つもりだ!」
「なぁに、足跡は消さなきゃってそれだけの話よ」
「この外道がァ!!」
「それをお前が言うかい、裏切り者のマルス君よぉ?」
さて、そろそろ出番か。主役じゃないがプレイヤーは遅れて来るものだろう。動くようになった脚を動かし歩を進め、彼等のもとへといざゆかん。
「誰だ!」
「あんたは……」
なんか気恥ずかしくてニヤリと笑ってしまいそうだ。暗がりより現れて光を灯し、闇を裂いては影に帰す、その名もギルガメッシュ!
「へ、なに、ただの通りすがりだよ」
一度言ってみたかったんだよね、これ。
「あん? 訳のわからねぇことほざきやがって、どちらにせよ見られたからには無視できねぇな。ヘヘッ、運が悪かったなぁ!」
残念だが、運が悪いのは君たちだぜ!
「ギルガメッシュ! こんなことを頼める立場じゃないのは分かってる、だが! 頼む! 一緒に戦ってくれ!」
「うるせぇぞマルス、黙って前を見ろ」
俺がそう返すとマルスは静かに頷いた。
「あぁ、そうだな。ありがとう」
………………………………………………
【職業クエスト : 無法者の法】
なんと〈マルス〉が〈リリー〉を取り返すための現場に遭遇したようだ。彼等のために二人の悪漢をやっつけよう!
・討伐対象
〈力自慢のグース〉
〈神経質なナバナ〉
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「ハンッ、行くぞ」
「リリー、後ろに下がっといてくれ!」
さあ、殺し合いの始まりだ。人によっては対人戦を嫌うが僕は大好きです、はい。でも戦闘狂ではありません、そこはどうぞご理解を。
先ずは状況把握、相手は戦士と魔法使いだろう。二人で組むならバランスの良い組み合わせと言っていい。戦士であるグースが前線に出て魔法使いであるナバナは後ろからの攻撃となると見た。
こちらは無法者二人というスピードに偏った変則的なパーティーだ。しかし、今回はこちらの方が有利だろう。
作戦は単純明解。マルスには勝手にやるだろう、グース相手に愛の力で頑張って欲しい。
「フンッ」
グースへと馬鹿正直に正面から突入、と見せかけて振るわれる剣の射程範囲外へ、グースは無視して目指すは魔法使いのナバナだ。
「ヒッヒッ、バラバラになれ! 〈ウィンドソード〉!」
「チッ!」
攻撃は初見だ。だがおそらく直線へ発するもの、その予想は当たった。横っ飛びに避けると俺がいた場所をナバナが振った杖から飛び出した白い風の斬撃が一直線に空を裂く!
無駄にカッコいいのはムカつくが、まあ良い。その醜い顔面を今に歪ませてやるのだからな。
「〈跳散〉!」
伏せた体制からの急激な加速。さっきマルスが使ったのを見て学習したのだ、何も避けることだけが使い道じゃないと。
「〈速攻〉!」
着地から直ぐに腰を回して急転換、さらに連続で速攻を使い一息でナバナへと迫りその体に短剣を差し入れる。
「ぐぁ!?」
「〈迅苦〉!」
「ギャァ!」
惜しみなくスキルを注ぎ攻撃を加える。瞬間的に振り抜く不可避の刃がナバナの体を喰らう。吹き出す鮮血は臭いこそないものの痛々しい。
だが容赦はしない、貴様を潰すと決めたからな。
「〈毒の歯牙〉」
「ぐふっ! くぅ! 〈アクアプッシュ〉!」
紫色の不気味な光を纏う短剣をナバナに食い込ませる。初めて使うスキルだが予想通りといったところだ。しかし食い込ませるてる間があったために、スキルを使う時間を与えてしまった。
杖から飛び出したのは大量の水、それがしっちゃかめっちゃかに俺を押し出しナバナから遠ざけてしまう。
「やるなコイツ! 〈ロックウォール〉!」
巨大な土の壁が忽然と地中から現れる。それは大きく分厚くナバナを完全に隠してしまった。近づけば楽勝だと思ってたが推測が甘かったか。
「ヒッヒッ、どう――」
「〈投擲〉!」
「ぐぁ!?」
といっても向こうもこちらが見えなければ意味が無い。壁の端からひょっこりと現れた愚かなナバナに準備しておいた投擲を即座に使い弾丸と化した鉄の刃物に襲わせる。
牛喰いガニにも試しに何度か使ったので残りは五本。
「〈風来坊〉!」
忘れていた訳ではない。いや嘘です、忘れてました。だがここで使ったから無問題。バネ仕込みの脚はさらに強くなりナバナへと迫る。
「〈ニードルトラップ〉!」
反射的に横に飛んだが今度は違ったようだ。だが杖を向けた彼の足下は一瞬土色に光った。名前からしてあそこは踏まない方が良い、だがそこにあいつがいるのだけどな。
知能がある相手に罠は意味ないかと言えばそんなことはない、そこにあるだけで牽制の効果がある。例えそれが大したことないものだとしてもな。
ではどうするか、悩むことはない。どちらにせよ近づかなければこちら不利だ、再び突っ込む。
「フン!」
「ぎぃ!?」
投擲はまだ使えないが別に投げる自体は可能だ、スローイングナイフを近くから勢いのままに投げつける。
「このやろう! 〈ボム〉!」
前方に光が集束する、迷わず横へ、しかし少し遅かったか引き起こされた炎の爆発の風圧に体は吹き飛び地面を激しく一回転。かなり熱かったぞこの野郎!
「〈速攻〉!」
「ぐぅ!」
「〈跳散〉!」
瞬間の接近と一撃、そして即時撤退。踏んだナバナの近くの地面から飛び出す土の串刺しが眼前をかすめる。かなり無茶をやったかもしれない。
「ケッ」
「ぐぁぁぁ!!? く、くそぅ……」
「おぉぉい!!」
なんでお前が倒すんだよ!?かなり良い感じだったのに!
エンキドゥが至近距離で投げつけた小石、それにゆっくりと倒れていくナバナ。悲劇だ、いや喜劇か?
予定通りナバナを先に倒せたのだが、なんだか腑に落ちない。
地面に蹲るナバナを見て、俺がそう思うのも仕方ないよな?
ナバナが使ってる技は魔術師のスキルとなります。また機会があれば他の職業のスキルを大公開したいと思います。