さらば涙は振り返らずに
この村でのストーリーはここまで。
次の投稿までまたしばらく空きます。
面影さえ残れていないボロ切れと錆びついた剣をフィーリアさんは片腕にそっと抱きかかえた。彼女に似合わぬそのくたびれた形見はよりいっそう痛々しさを浮き彫りにさせる。
「お客人方……」
こちらを見つめるフィーリアさんに何と答えたらよいのやら、俺たちは気まずさに頭を掻きながら意味のない呻き声をあげて歩み寄った。
「お父様を導いてくださったのは、皆さまなのですね」
「み、導いたなんて大袈裟だぜ。ちょっと手を貸したってだけだ」
「俺たちは誰であろうと困ったやつがいたら放っておけないのです」
大人になった、というかこちらが真実の姿というやつなのだろうフィーリアさんを前に、その手を握りしめたい衝動を噛み殺しワイルドな対応を心がける。
フィーリアさんはさらに神聖さを増しもはや天使かと見まごう容姿をしておりその真姿には侵し難い雰囲気さえある。俺たちのような下衆どもは見ているだけでも御用になりそうだ。
「……また恩を頂いてしまいました。私にできることなど、何もないのに」
「気にしないで! やりたいからやっただけだし! それに結構楽し――かったし!」
そこは迷わず言ってやれよ。
「俺も貸しなんざ思っちゃいねェよ。それに報酬ならもうたっぷり貰ったしな」
「そう……なのですか?」
ここで、それは貴女の笑顔です、と言わないのが粋な男の鉄則だ。
そして丁度今フィーリアさんの首を傾げる動作を追加報酬で頂きました。ありがとうございます。
「では、最後にもう一つだけ、ワガママを聞いて貰えませんか?」
と意外にもフィーリアさんからそう持ちかけてきた。
「お願い……!」
「「もちろんです!!」」
両手を合わせてから突然あどけなさを組み合わせた上目遣い。そのギャップ攻撃に俺とレックスの防御は脆くも崩れ去る。
その様子を見てマミはやはり呆れ、フィーリアさんはありがとうと小さく微笑んだ。
しかしお願いとはなんだろうかとフィーリアさんをみるとすぅと息を吸い込み、
「みんなーー!!! 起きておいでなさい!!!」
鈴のように澄みきった声が静かな空を切るように響く。その一声でガヤガヤと扉を開けて出てきたのは泥棒少年シビルにゴブリンのガティ、猫耳少女のティナと前に見た面々。孤児院の子供たち全員が出てきてるようだ。
「……なんだ?」
レックスが訝しげな声をあげた。俺も妙な違和感を覚えすぐにその理由に気づく。
笑ってるのだ、溢れんばかりに。
気難しそうなシビルも、無骨なガティも、泣き虫なティナも。前に佇むフィーリアさんさえ。
何がそんなに嬉しいのか、しかもフィーリアさんの一声でこんな朝早くからニコニコと出てくる子供たち。
「みんな、お客人方にお礼を言いなさい」
ありがとうありがとうと元気騒ぐ子供たち。まるでどこかの保育園にでもお手伝いでやってきた気分だ。満面の笑みで俺たちに頭を下げる子供たちに何とも言えず俺たちはあー、とかうー、とか変な声で片手をあげることしかできない。
「お願いというのは、ただ祈って欲しいのです。お父さんのことを、そしてこの子たちのことも。意味のないことかもしれないけど、私は祈らずにいられません。
幸せでありますように。
また会えますように。
神様なんていてもいなくてもいいのです。ただ強く願ったら、それはきっと大きな力になるから。
だからお願い。これは私の幽けき祈り。みんなに力を届けてください』
フィーリアさんがそう言うと膝をついてそっとその手を組んだ。そこまで切実に頼み込まれてイヤと言えるほど俺の皮は厚くない。
マミとレックスと顔を見合わせてから、とりあえず同じように手を組んでフィーリアさんを見る。
「なんだか分からんが、伯爵なら地獄だろうと元気なのは間違いねェよ。そこのガキどもは、まあデッカくなりやがれってそれだけだな」
俺がそう言うとレックスは頷き、マミだけは敬虔な信徒のように目を瞑って手をギュッと握っている。やはり黙っている方が様になるな。
『ありがとうございます、お客人方。私からも最後の祈りを。
どうか、お客人方に星々の加護がありますように。その歩む道に、幸数多ありますように』
朝一番の光に照らされ、フィーリアさんは儚くも美しく輝いていた。
そこまできてやっと俺はフィーリアさんが何を言ってるのか分かった。
『ありがとう! オレ、あんたに頼んでやっぱ良かったよ! ひどいこと言ってゴメンな!』
ぼんやりと霞んだシビルが興奮した様子ではしゃいでいる。
『疑ッテ、スマン。俺ノ家族、ミンナ幸セ。俺、オ前ラ感謝。感謝』
ガティとその後ろに隠れたティナが頭を下げる。
朝焼けの中で強い光に消されてゆく儚い彼らは、消えるその時までその笑顔を絶やさなかった。
『素敵な夢をありがとう』
最後に聞こえたのはフィーリアさんのその一言。
遺されたのは孤児院の瓦礫とその隙間から顔を出す幻想の残り香を灯す蒼花。
死者を待ち続けた死者達は同じ場所にいったのだろうか?
そうだったらいいかもな、と柄にもなく心から彼女らに祈りを捧げてしまった。
………………………………………………
【クエスト: 拾われ子の祈り】CLEAR!
果たされた願いはかつてへの再会。長き時をひたすらに願い過ごした彼らに、せめてもの祈りを……。
報酬
・技能〈祈り〉確率系スキル、技能の成功率が少し上昇。
………………………………………………
――ムニ。
「マミっ!? 何をしている!」
細々として閑静な雰囲気を漂わせるシックな酒場、ハゲ頭の巌のようないかつい店主のほっぺたをマミは遠慮なくむにむにと揉んでいる。
「マスター、落ち着いてくれ! こいつァ悪気があるわけじゃねェ、ちっとばかし頭をかき混ぜちまってな。よくあるじゃねェか、へへっ、こいつカレーと間違えてオタマを頭に突っ込んじまったんだよ。もうプリンになってるに違いねェぜ」
険しい顔のままマスターのほっぺたから手を離さないマミのことを俺は慌てて言い訳する。
そしてマスターが訝しげな顔で俺を睨む結果となった。
「幽霊、じゃなさそうね」
「もうクエストは終わってんだろ」
疑ぐり深いやつだとレックスが呆れ気味にマミの手を叩く。
「ったく、揉みしだくのは男の権利だってのによ」
「何を!?」
マミが悲鳴をあげて俺から離れる。ケラケラと笑うエンキドゥがくにゃりくにゃりと怪しい指の動きを再現してみせた。
「マスター、何かてきとうに頼む。金は後ろのむさい男に貰ってくれ」
「マスター、そこの駄犬にはゴミをだしてくれ。漁るのが好きなんだ」
二つの注文に目を閉じたマスターはやはり黙ったまま奥に引っ込んだ。
どちらにせよ俺のサイフは素寒貧だ。レックスかマミが払うことになるだろう。
「しかし、良かったじゃねェかマミ。お望みの楽しい遺跡ツアーだったろ?」
「遺跡ツアーってあんなに駆け回ったりしないと思うの」
どかっとイスに座り込み、マミをからかってやると頰を膨らませてもっともな反論をしてくる。
「文化どころかまさに故人に触れたんだ、ロマンだろ」
「それは? まあロマンではあるような?」
果たしてあれがロマンであったか、ファンタジーならではな気もするがずいぶんと血みどろのロマンもあったものだ。
「またあそこに行けば番人には会えるのか?」
「まあ会えるだろうな。恋人より健気に待ち続けてるだろうぜ」
「健気というより執念でしょ」
番人の姿を思い出したのかげんなりとした様子のマミ。いつか倒してみたいよな、と戦闘狂のレックスは反対の反応を示す。
あれも結局は伯爵の都合上、番人と呼んでいたのだろう。誰彼かまわず殺してまわる番人などもはやそれは番人なのか。
マスターは無言のままにお酒を持ってきた。期待に目を輝かせるワイドとオブジェと化したウサたんの前にミルクを置き、エンキドゥにはブラックコーヒー。
金はいらん、そう静かに一言告げると遠ざかる逞しい背中。
俺は気づかぬうちにイスを倒す勢いで立ち上がっていた。
「……どうしたの?」
「男はやっぱ…背中だよな」
うっとりと呟く俺に対してマミは肌寒さを感じたかのように体を抱きしめる。失礼なやつだ。
倒した椅子を戻して座り、味わい深い木製の器に満たされた黄金の酒をぐいっとと飲み干す。なかなか渋くて俺好みのコップだ。持ち帰れないだろうか?
「まあ、なんだかんだで楽しめたわね。お化け屋敷みたいなものかしら?」
「そうだな。俺は一回殺されたが」
あれは仕方がないとも思うが殺された本人はそうではないらしい。眉をしかめてる様子は非常に悔しそうだ。
殺す勢いのお化け屋敷とはVRならではだが、正直行きたくないというのが本音だ。怖すぎだろ。
ブラックコーヒーを貰ったレックスが砂糖をたっぷり中に入れて一息に飲み込む。その衝撃的瞬間を捉えた俺はしばし硬直した。
お前やっぱり飲めないのかよ。少し安心したじゃねェかよ。
「さてと、俺はそろそろ帰るとするぜ。楽しい夢は……終わりの時間だ」
「お前が言うと中二臭いな」
「んだとやろう!? 三昧におろすぞ!」
「正論は辛いか? ん?」
「はいはいケンカしない」
今までの鬱憤を晴らさんと立ち上がりかけた俺をマミは素早く引き止める。見下すような視線を止めないレックスに俺は精一杯の唸り声を喉の底から捻りだし睨み付けた。
「それより、フレンド登録しましょうよ! わたしみたいな美人のフレンドになれるなんてとても光栄なことよ」
フフンと女王様にでもなったように偉そうに腕を組むマミであるが残念ながら俺の答えは決まっている。
「そいつはできねェ注文だな」
「えぇ!? なんで!?」
一転して今にも泣きそうな顔になるマミだが予想通り、すかさずカメラ機能を開いてその泣き顔をカシャリと捉える。
「フッ、男にはこの思い出一枚あれば十分ってことだ」
そうやってニヤリとひとつ笑ってみせた。
「……変態」
「え?」
「これは通報だな」
「おい!?」
いやいや確かに勝手に写真撮ったのは悪かったけど、今のは許す流れじゃないの?
ついでにいえば全くの他人は写真に撮れない。マミが写せるのはパーティーだからだ。
「と、とにかく! 俺に仲間はいらねぇってことだ! 悪りぃがこれも方針なんでね」
「ふ〜ん」
「まあこいつ、俺とさえ会うことを渋ってたからな」
レックスがそう言うとマミは渋々といった様子で引き下がる。写真の件についてはなんとか逃げ切れたか。
「フフン、じゃあレックス、申請なさい」
復活した女王様は得意満面な顔でそう言うとレックスは半眼になったものの大人しくフレンド申請を出す。
「しかし、お前は結局何がしたかったんだか。なんで俺たちについてきたんだ?」
マミとの出会いはある意味衝撃的でありそのまま一緒に行動したのもなしくずしだ。
「さあ? なんか揉めてたから?」
そう考えれば特に理由はない、といった具合に天井を眺める僧侶。
つまるところ、この子は何も考えずに行動していたらしい。らしいと言えばそうなのだが。
「ま、そんなことは今さらか。あばよてめぇら、俺はもう行く。縁があったらまた会おうぜ」
「おう、明日大学でな」
そういうことはここでは言わない。
「ふふ、みてなさいよギルっち。あんたの親友はわたしが骨抜きにしてあげるから」
挑発気味にマミがレックスに詰め寄るもうっとうしそうにワイドを押し付け返されている。それだけでマミは骨抜きだ。なんとも容易い。
「フン、二人とも伯爵にならねぇよう祈ってるぜ。
行くぞエンキドゥ! マスター、美味い酒だった」
それだけ言うと俺は振り返ることもなく出口へと向かう。ここで別れを惜しんでは漢が廃ると俺は教わった。
出会いは熱く、別れは冷たく。
あてもなく彷徨い、血の臭いを嗅ぎつけ。
歩む一歩は世界を揺るがし地震を起こす。
そんな男に、なりたいな。
背中は時にエベレストよりも雄弁たる。その古傷刻んだ峻険なる山々を後ろから見やれば、ドアから差し込む光と共に荘厳な日の出が見えることだろう。
「元気でね!」
後ろで別れを惜しむ声が聞こえる。俺は静かに片手をあげてそれに応えた。言葉など要らない。乗せた気持ちは本物だから。
「おい」
鋭くも渋みのある味わい深い声に俺はピタリとその足を止める。レックスでもマミでもなければ、この声の主は一人しかいない。
「コップは置いてけ」
フッ、と俺は小さく笑うと、踵を返して店に戻った。
チクショウ。
戦闘シーンは少なめでしたね。次は深いストーリー抜きでガンガン戦う予定です。




