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world online  作者: 気になる木の実
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王墓の問いかけ

 

 カツン、カツンと地を打つ音ばかりが耳朶じだを打つ。狭い通路に反響する靴音はやけに喧しい。


 先頭をきる俺の頭上ではカンテラを持ったエンキドゥが鼻歌なんぞ歌いながら命を搾り取られている。

 普段はうっとおしいが今はやけに頼もしいのがまた癪に触る話だ。


 階段に終わりは見えない。

 途中から大きな螺旋を描いて下へ下へと降り続けており、もう数百段はおりていると思うのだが。生身だったら帰りのことを考えて切り上げている頃合いだ。


「言イ忘レテマシタガ、王墓ニハ〈番人〉ガ徘徊シテオリマス。気ヲツケテクダサイ」

「忠告がおせぇよ」

「アラ? コレハ失礼」


 伯爵は悪びれることもなくカラカラと笑う。歯を引っこ抜いてやりたいが今さらな話だ。


「キキッ!」


 エンキドゥが嬉しそうな声をあげた。

 カンテラが照らす階段の先は、平坦な地面と扉が見える。どうやらやっと始まりのようだ。


「長かったな……」

「ほんとにいくの?」


 同じく扉を目にしたマミとレックスが思い思いに口を開く。レックスはともかく、マミは臭いものでも見るように扉をチラチラと見ている。


「ココカラ先ハ本格的ニ危ナクナリマス。ドウゾ御覚悟ノホドヲ」


 伯爵の言葉に頷き返し、長いため息をひとつ。

 重そうな扉に触れると、ゴンと何かが嵌まるような音、小さな地響きと共に扉は横ズレに動いていく。


 カビ臭い風が中から吹き抜けてくる。

 同時にやってきた、視界の隅を狭めるような妙な圧迫感。自然と手に力がこもる。


「〈番人〉ガ起キマシタ。アレニ見ツカッテハナリマセン。戦オウ等トハ絶対ニ考エナイデクダサイ」


 伯爵の声は今までになく真剣だ。無機質な骨の声なのに、感情を強く感じさせるほどに。


「そ、そんなのがいるなんて、聞いてない」


 マミが恐々と呟くが俺だって文句を言いたい。その番人ってのはどのぐらい危険なのか、おそらく今の俺たちでは勝てないのだろう。

 それでも戦ってみたいと思う僕はバーサーカーでしょうか?


「……いくか」


 部屋の中へと一歩踏み出すと圧迫感が強くなる。まるでビルの屋上から下を臨み見るような、そんな感じだ。

 部屋はかなりの大きさなのか、エンキドゥが持つカンテラでも天井が見えない。いきなり分かれ道になってるいるらしく、暗い深淵は左右と前の三方向からこちらを覗いている。


「そこに、何か書いてあるわ」


 ゆっくりとマミが指差した場所、そこを見れば確かに文字が刻まれていた。


「読めるか伯爵?」

「エェ、モチロン」


 伯爵が刻まれた文字を朗読する。


『真実とは道理あるもの。

 道理あるものに連なりあり。

 連なりは逆もまた然るもの。

 道理無き道に続きは無い。

 それは果てぬ地獄へと続く故』


 ……分からない。解らない。

 これは禁書さんを呼んでこようか、どうしようか。

 無言でレックスに振り返る。レックスは静かに首を振った。

 マミを見てみるとこちらは俯き気味に考え中だ。妙案が出ることを祈ろう。


「おい、伯爵」

「教エラレマセン」

「なに?」

「カツテノ盟約ニヨリ、答エヲ口出シスルコトハ一切禁ジラレテイマス」


 レックスの舌打ちが響く。

 俺も舌打ちのひとつや二つしたい気分だ。なんだよ盟約って、ファンタジーなこと言いやがって。いや、こいつの存在がファンタジーだったか。

 まあNPCが謎解きしちゃ意味がないけどな。

 しかしこれはマズイぞ。今のメンバーは馬鹿アホ間抜けと三拍子揃ったトリオだ。これではすごすごとあの長い階段に引き返すことになる。


「ま、なら簡単だ。要は正しい道がひとつだと言ってんだろ。なら確率は三分の一だ」

「そりゃいい」

「ケキャッ!」

「くぅー」


 レックスの意見に俺とエンキドゥが賛成する。

 よく分からないがなんか楽しそうだとワイドもそれに便乗する。


「……ちょっとは考えたら?」

「フッ、真実はいつもひとつ。左が臭うぞ!」

「せめて謎解きしてから言いなさいよ」


 左手の通路に向けて歩き出した俺たちに少し逡巡するもすぐにマミはついてくることにしたらしい。一人はイヤよね。


 再び戻ってきた深い闇が俺たちを無言へと引き込む。通路に変わりばえはなく今は前も後ろも見通せない。

 不安なのかマミはウサたんを抱きしめ俺をいつでも盾にできるように後ろで構えていた。


「お?」


 やがて見えてきた分かれ道。しかし刻まれた文字といお階段からの入り口といいそこはどう見てもさっきいた場所だ。

 直線通路を歩いてきたつもりがいつの間にか引き返していたらしい。


「こうなりゃ、片っぱしから特攻か?」

「次は右だな」


 レックスの宣言通り左の通路からそのまま直行し右の通路へと。

 こちらもさっきの通路と何も変わりばえしない、つまらない通路だ。

 俺の毛が虚しくファサファサと揺れる。


「ん?」

「当たりか?」


 また出てきた分かれ道、しかし今度は入口もなければ壁に文字も刻まれていない。


「で、またこの三つから選ぶのかよ」


 別れ道は三つ。

 正解はひとつ。

 正しい道を選ばなければ戻される。

 ゲームではよく見かけるシステムだが自分がやるとなると面倒なことこの上ない。


「次は真ん中だろ」


 とレックスが自信たっぷりに進んでいく。正解など分からないので文句のつけようもない、俺たちは黙って従うのみだ。


 結論、戻ってきた。

 どうやら間違いだったらしい。俺が非難の目で見てやるも俺は悪くないとレックスに動じる様子はない。


「おい、なんか……さっきよりあれじゃねェか?」

「あぁ、確かにな」


 アレとはつまり、あの謎の圧迫感がより迫ってきてるような。

 トクン、トクン――と心臓の音が小さく聞こえる。スタミナでも切らさない限りほとんど反応なしといっていい心拍音だが、なぜかそれが聞こえ出してる。


「〈番人〉ガ近ヅイテキテイルヨウデス。急ガナケレバ、マズイカモシレマセン」

「な、なんだよそりゃ」


 タイムリミット方式なのか?

 早く謎を解いて進まないとその番人ってヤツが襲来してきて皆殺しにされるのか。


「ヤベェな」

「そうだな、やばいに尽きる」


 俺とレックスが諦めムードに入りかけたその時、


「こっち」


 マミがスタスタと左手の通路に向けて歩き出した。


「おい、そっちは最初にいってハズレだったぜ」

「とうとう壊れたか?」

「いいからきて!」


 やむなしとマミの後ろについていく。

 暗闇の中でもマミの銀色の長髪は目立つもので、フワフワと動いているのが見てとれる。

 黙々と進むと、入口も文字もない、おそらく正解であろう分かれ道へと出た。


「……どうなってんだ?」

「まだ分からない?」


 ムッとした表情で見てくるマミだが俺たち二人は首を傾げるばかりだ。答えなど欠けらも見かけた気がしない。


「風よ」

「あ?」

「正しい道には続きがあるの。逆もまた然り、つまりは向こうからこちらにも正しい道で風は吹くの」

「ムホホホホ、素晴ラシイ! ソウデス! ソノ通リデス!」


 黙り込んでいた伯爵が大喜びでマミを賞賛する。カチンカチンと鳴らされる不気味な拍手、しかし雷撃を撃たれたように目を見開いている俺にはどうでもいい話だ。

 正に青天の霹靂、確かに間違いの通路では風など感じなかった、ような気がする。


「風がある通路を選べばいい訳か」

「そういうこと、だと思うわ」


 そうなると後は簡単だ。

 分かれ道での三つの通路のうちから風が通っている場所を選んでは進む、それを繰り返す。俺などは毛があるために余計分かりやすい。

 次第に強くなる圧迫感に肝を冷やしつつ小走りで通路を駆ける。


「おい、どの通路も風なんかないぞ」


 と楽勝だと思ってたのにまたもや問題発生。正解がない時はどうするのだ?


「あなた達、頭固くない?」


 マミがちょっと残念な人でも見るような声でついさっき来た通路へと引き返していく。

 言い返したいところだが、何も分からなかった俺たちにはぐうの音も出ない。

 ついていけばなるほど、確かに今来た通路からは風を感じる。常識に囚われていてはダメなようだ。


 この通路が最後だったのか、暗闇を抜けると待っていたのは分かれ道ではなく入口と同じ大きな扉。

 マミが手を触れると扉はそれに応えてまた地響きをたてながら開く。


「……ふぅ」

「これで終わり、ってことはないか」


 張り詰めていた圧迫感が扉を通り抜けると一気に小さくなった。仕切り直し、といったところか。


「〈番人〉ノ気配ガ薄マリマシタ。シカシ、マダコチラヲ探ッテイルデショウ。油断ハ禁物デス」


 伯爵がカラカラとした声で番人を凌いだことを教えてくれる。

 会わずに済めばベストだが会いたいような気持ちもある。これはもしや恋人と喧嘩した夜というやつだろうか。なんとロマンティックな。

 マミの腕の中のウサたんがエンキドゥに暖かな光を浴びせる。少しずつ命を燃料にしていたエンキドゥを気づかったらしい。

 さすがだウサたん。


「またナゾナゾか?」


 レックスがいかにも嫌そうに壁に刻まれた文字を見た。どうやらまた面倒な問いかけがあるらしい。


「伯爵、頼む」

「オ任セヲ」


 伯爵が進み出て文字を鬼火で舐め回す、そして空っぽの口を開いた。


『天使と悪魔がある。

 天使は人を導き栄華へと誘う。

 悪魔は人を陥れ地獄へと招く。

 しかし、忘れるな。

 天使は時に裁きをもたら

 悪魔は酷く狡猾である事を」


 やはり全然分からんな。レックスを振り返ればいい笑顔を返された。俺もニッコリと微笑み返す。


「僧侶様、ご賢知を賜りたく」


 ははぁと俺はマミの前に跪く。心は既に武士もののふよ。

 しかしマミは難しい顔をしてウサたんを抱きしめているばかりで俺の渾身の演技を一顧だにさえしなかった。


「……ダメね、全く分からない。いくら何でもヒントが少なすぎるわ」

「とりあえず進むか?」


 そう言ったその時、ズズズとあの扉が開くような重いものが動くうめき声のような音が奥の闇からもれてくる。

 俺たちは三人揃って顔を見合わせ、低く呻る闇を再度見た。


「ど、どうするの?」

「どうするったって、いくっきゃねェだろ」

「えぇ、ホントに? ねぇもう帰らない? 帰ろうよ、マミ帰りたい」

「余計に寒気がするからやめろ」


 駄々っ子のようにグズね始めたマミからレックスが一歩退く。俺も退きたいところだが一転して鋭い目付きになったマミに睨まれており退くに引けない。

 これぞ蛇に睨まれたカエル。

 哀れ、ギルガメッシュ。

 とりあえず真面目に考えよう。


「要は二択に一択、フィフティフィフティーだろ? なら話は簡単じゃねェか」

「またカンなの!? あなた容姿のくせして全然野生のカンないじゃない!」

「任せろ、ドタンバにゃつえェからよ」


 俺は口から出まかせでマミを丸め込むと先頭をきって歩きだす。

 それより気になることが。例の番人がやってくる死のタイムリミット、その目安となる圧迫感がさっきより格段と早い。このままグズグズしてたらヤバそうだと第八感がギュンギュン唸る。六感と七感は封印中だ。

 それにさっきから響く呻り声にも似た震動音、こっちもやな感じだ。


 しばらく進んでからすると、そこに現れたものに何と反応したらいいのやら、俺たちは黙ってそれの前に立っていた。


「これ……入るの?」


 この先は行き止まりだ。これ以上は進めない。

 つまりはこの床にある二つの穴のうちどちらかに入れということだろう。


「いい趣味してるな」

「まったく、便器にしちゃあデカすぎるぜ」


 一つは憤怒。

 獣のような牙を剥き出しに口を大きく開き、射殺さんとばかりの眼光を伴う目が激情を曝しており、押しあがった眉根に刻まれたシワがその怒り様をより一層克明にしている。

 もう一つは慈愛。

 つむられた瞼と凪いだ海よりも穏やかなその表情、だがパックリと開いた口にはどこまでも空虚な闇が覗く。


 地面に刻まれた二つの巨大な顔。

 このどちらかの口の中に飛び込めと、そう言うことなのだろう。

 だが開かれた口は大きな地響きを立てながらゆっくりと閉じ始めていた。


「や、やだ。わたし帰る」


 クルリとマミが踵を返し、すかさずその襟首を引っつかむ。


「イヤよ何あれ! 趣味悪すぎでしょ!? 真暗バンジーも絶対イヤなのに、なんで顔にしたのよ!?」


 もっともなことに頷くしかないがここで帰られては困る。主に伯爵が、だが。


「さっきの文字から考えると、このどっちかが正解なんだよな」

「そうだな……」


 憤怒の顔の口を見る。鋭い牙が凄まじい。あれに入りたくはないな。

 慈愛の顔の口を見る。優しい表情だから大きく開かれた口はむしろ憤怒より不気味だ。これは入りたくないな。


「天使と悪魔でしょ? よくある一つ二つの質問で答えを出すやつじゃないの? 天国の道はどっち? 澄ましてないで答えなさいよ! このバカぁー!」


 ゲシゲシとマミが慈愛を浮かべた顔のゆるく綺麗なアゴを蹴る。

 もうあの僧侶はダメだろう。とうとう発狂してしまった。


 ――ドク、ドク、


 視界の隅が自覚できるほどに薄い黒で染まってきている。脈打つ心臓に焦燥を強いられる。

 いくら何でも早いだろ!


「〈番人〉ガ近イデス! ゴ判断ヲ」


 伯爵はこんな状況でも答えを教えてくれる気配はない。これは教える気がないというより口出しできないのだろう。心中むず痒い思いをしているのかもしれない。


「このままじゃお口チャックするぞ。どっちか選ぶしかないな」


 レックスの言う通り二つの顔は着々と口を閉め始めている。

 これを見過ごしたら王墓を出る前に番人によって伯爵のお仲間にされてしまう。


 ――ドクン、ドクン、


「しゃらくせェ!! ご馳走だぜゴラァ!!」

「ギィヤアアアァァーー!!!」


 壊れたようにアゴを蹴っ飛ばしているマミを抱きしめ、慈愛に満ちた顔が開く真っ暗闇へと踊り込む!

 耳元でののども枯れよ! と叫ばんばかりの大絶叫。

 自由落下に吹き付ける風がそれに伴い、体の中に氷でも突っ込んだかのようにフワリとした感覚が全身を襲う。

 ボヤけていてどこか醒めたような混濁した意識は、時間を永遠にも捻じ曲げ真っ暗闇でも目を閉じることを許さない。


「ウガァァーーー!!!」

「ギィヤアアーーー!!!」

「ケキーーー!!」


 もはや俺たちは何をしているのだろう。

 思はずあげた雄叫びの片すみで、そんなことを思ってしまう。

 普段はフワフワと浮いているエンキドゥも重力に身を任せ楽しそうに落ちてくる。


 膨よかな胸に抱きとめられたウサたんだけは、やはり終始無言であった。

敵を出しそびれたことに書き終わってから気づく今日この頃……。

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