夜の鬼ごっこ
「他の人には、言わなかったのか?」
一思いに頭を下げたシビルにレックスが問いかける。
シビルは顔を上げるとレックスの方を向いた。
「……言った。ギルドで依頼しようとも思ったけど、誰も信じちゃくれなかった。ガティ兄は話は聞いてくれたけど、下手に動くなって」
「フィーリアさんには言ってないのか?」
フィーリアさんが子供たちの話をホイホイ無視する人だとは思えない。
そう聞くとシビルは少し思いつめたように口を開く。
「先生は……これ以上、心配かけたくない」
「つってもなァ、ガキにちょこまかされるのが一番厄介なもんだぜ」
「それでも、ダメだ。先生は俺たちの世話もしてるし、お金も稼がなきゃならない。
何より、あのガイコツ。先生のことを狙ってるんだ」
ピクリと聞き捨てならない言葉に俺とレックスの目がガチになる。美少女をヌメヌメと吟味するガイコツだと?
許せん、犯罪だ!
「ガイコツを見かけた時、いつも先生を見ていた。目もないくせに、じーっと。絶対あいつ先生のことを狙ってるんだ! 今までだって先生に言いよる変なヤツがたくさんいた! あいつもきっとそうだ!」
この世界にも小さな少女に劣情を抱いてしまう罪深き同士はたくさんいるようだ。
意味もなく共感を感じて喜ばしい反面、なんだか悲しくなってくる。
だがガイコツが惹かれるほどなのだからしかたがないよね。
「頼む! あいつをとっ捕まえて、できたら二度と悪さできないようにぶったおしてくれ!」
………………………………………………
クエストを依頼されました!
【クエスト: 拾われ子の祈り】
孤児院の少年〈シビル〉の依頼、それは謎の骸骨を捕まえて欲しいとのこと。いったい骸骨の正体はなんなのだろうか……。
パーティー上限 : なし
報酬 : 10000G?
※このクエストは〈特殊エリア〉で行われます。
クエストを開始しますか?
〈 YES / NO 〉
………………………………………………
「つまり、テメェはこの金で俺にそのガイコツ野郎をひっ捕らえて、あわよくばブチ殺して欲しいと、そういうわけだ」
「……うん」
「そうか」
そう静かに返すと、俺は一気に腕を振るってカウンターに置いてある銅貨の袋を吹っ飛ばした。
「ッ!?」「おい!」
――ガッシャアアアン!!
シビルが息を呑みレックスが怒鳴る。
その大声をかき消すようなけたたましい音があふれ出た硬貨によって鳴らされる。
「クソガキが。人様からかっぱらって貯めた金で頼みごとたァいい度胸じゃねェか。随分と縁起のわりぃ金をよくもこれだけ集めたもんだぜ。テメェの先生はそんなことを教えてくれたのか?」
俺の吐き捨てるような言葉にシビルの顔は色を失ったかと思えばみるみる怒気に染まった。
「お、お前も、同じだ! 何も知らないクセに、頭ごなしに叱ってばっかで、助けもしてくれない大人と同じだ! オレはお前みたいな――むぐっ!?」
「うるせぇんだよ、たけぇ声でキャンキャン吠えるな」
「ギルっち!!」
強引に口を掴んで黙らせてやると痛ましい表情で見ていたマミが悲鳴をあげた。
「いいかクソガキ、こんなテメェみてぇなクソガキが集めた金なんざな、ビタ一文とて取る気はねェ。テメェはガキなんだから、泣きながら駄々こねてりゃそれでいいんだよ。それで十分だ。生意気に大人の真似してんじゃねェ」
「そ、そんなことで、やってけるなら、オレは、オレたちは孤児院なんか、いないじゃないか! もっと、幸せなはずじゃないか!」
シビルが叫ぶ。今までの苦痛を詰め込んだような、苦渋に満ちた声をあげる。
「そうか、そうだろうな。だが、俺は気にいらねェ。理屈うんぬんじゃなく、気にいらねェからムカつく」
「なんだよそれ! ふざけんなよ! 勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
「ったりめぇだ。俺はテメェの先生じゃねぇからな、キレるのに深い理由なんざいらねェんだよ」
「はっ……なんだよ、それ。マジで……」
呆れを滲ませたシビルが声を落として背中を向ける。マスターとは違って頼りないその背中を、俺はひっつかんで止めた。
「なんだよ」
「そうスネるな。確かにテメェの金なんざいらんとは言ったがな、頭下げたんならそれで十分だと言ったろが。ガキだってのにこんだけあぶく銭集めた気概だけは買ってやる」
「タダでやるのか!?」
「バカ野郎が話聞いてなかったのか? テメェがひっさげた空っぽの頭に突っ込んだ本気を汲んでやるって言ってんだよ」
「タダじゃねぇか!」
チッ、まあいい。ガキに漢の思考を解せとは言わねぇ。
「そこに散らばってるのはテメェのもんだ。他のクソガキどもにうまいもんでも買ってやれ」
「結局はムダ骨折るってことか」
「まったく、まあいつものことね」
レックスとマミも言葉はともかく気乗りなようだ。
一応言っとくがマミと会ったのは今日が初めてである。
「……オマエ」
フッ、ちょっとカッコよすぎたかか?
意味を理解したのか困惑したように俺を見るシビルに、俺はニヤリとひとつ笑ってみせる。
シビルの後ろでエンキドゥがニヤリと笑い返した。
いやお前じゃねぇよ。
「ま、そうと決まっちゃ即実行だ。そのガイコツ野郎の顔を拝ませてもらうとするかァよ」
「ほ、ほ、ホントに、くるのかしら?」
ゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。さっきからちょこちょこと声を出してはキョロキョロと周りに忙しなく首を巡らせているのはマミという僧侶だ。
世の僧侶に失礼だからそのように名乗るのはやめなさい、と言いたいがおそらく意味のない結果に帰結するためにわざわざ指摘することもない。
「しかし、暗いな」
レックスの言うとおり、時刻は変わったのか辺りは深い夜の帳が降りている。
前にも一度、夜の海岸や街を駆け回ったことを思い出すが、今回はその時とはかなり様相が異なる。
キラキラと星が光る宝石箱のような空、細かに掲げられた篝火に照る夜の街、というのは前に見たものであり、そこではそれなりの明るさが確保されていた。
しかし今空に立ち込めるのは厚い暗雲であり、外縁部にある孤児院の周りにこれといった建物はない。シビルの誘導のもと茂みからそこを覗く俺たちに見えるのは孤児院のドアにぶら下げられた燭台の仄かな光のみだ。
「ここで待ってれば、きっと現れるはず」
獲物を待つ獣のように伏せて目をギラつかせるシビルはさっきからそのようなことばかりを繰り返している。
「……もう帰ったんじゃねェか?」
俺の呟きにクルリとマミたちが顔を向けた。
「ガイコツだろ? そりゃたまには散歩するかもしれんが、きっと普段は墓の下でゲームでもやってんぜ」
「そ、そうね。一理あるわね」
「いやかすってもねぇよ」
「だったら直接訪問した方がよくねェか? 用があるならこっちから行くのが礼儀ってもんだろ」
「骨だろが」
「差別はいけないわ」
待つこと五分、人間の精神とはかように弱いものかと驚きを隠せない。
最初こそ静かにその時を待っていた俺たちだが、いつの間にやら暇を潰すように会話がなされている。
「しっかし、骨とはいえいきなり襲いかかるのもなァ、よく考えたら失礼じゃねェか?」
「安全に生きる権利ってやつね、死んでるけど」
「おっ、おいワイド、やめろ、くすぐったいだろ」
「あっ、ずるい! わたしも!」
「……エンキドゥ、甘えてもいいんだぜ?」
「ペッ!」
自分の相棒に唾を吐きかけられるのはなんとも悲しいことだな。ウサたんのサラサラの毛に顔を突っ込めば心が洗われる。
あぁ、ずっとこうしていたい。
「――ヒゥッ!」
とそんなことをしていたら突然マミが奇声を発する。その視線の先を辿れば、見えた。
闇の中にチラチラと浮かぶ無機質な白いガイコツ。それが歩くにつれ、孤児院の乏しい灯りに映し出されてその全体が見えてくる。
「……アイツだ」
シビルが確信の声をだした。
髪の毛ひとつと残っていない頭蓋骨、その眼窩の奥では青い鬼火がゆらゆら揺れる。
だがそれをより奇妙に仕立て上げているのは、シビルが言ったとおりその貴族然とした服装だ。
暗くて分かりにくいが、その胴衣が染色されていることが分かる。金属のボタンが取り付けられ、細かな意匠が伺えるそれはいかにも高そうだ。その下に単調なズボンと、さらに革靴まで履いている。
そして背中から垂らされた大きなマント。体を覆うようにして揺れるそれは、この夜の闇でも分かるほどに映える赤色をしている。
聞いていたとはいえその奇妙な来訪者に、俺たちは揃って言葉をなくしてしまう。
動くガイコツなど物語の中ではよく聞くものだが、VRとはいえ実際にまみえるのはまた不思議な迫力がある。
「やってきては、先生を探すんだ」
シビルの言葉通りガイコツはキョロキョロとしてから孤児院の霞んだ窓に顔を寄せた。中の様子を伺っているのか、窓を見れば骸骨、とはかなり怖い気がする。
「……黒だな」
レックスが険しい顔で断定した。その表情はどこまでも真剣な男の顔だ。
「このままでは俺のフィーリアが危ない、ヤツを捕らえるぞ」
「オイ、今なんつったよ? タチのわりぃ幻聴がしたんだがな」
「黙れ駄犬、お前は指示通り走って吠えろ」
「こんな時まで喧嘩しないでよ……」
レックスに掴みかかろうとした俺だがマミに止められてしまう。
仕方がない。とりあえずはアレを引っ捕らえるということで、俺とレックスは新たに不可侵条約を結んだ。これほど信用ならない同盟は後にも先にもないだろう。
「そいじゃ、大捕物といくかァよ」
「挟み討ちだな」
マミは左手から、レックスは右手から、そして俺は真っ直ぐに、孤児院に追い詰める形で展開する。
ガイコツも何か感じ取ったのか、ハッと窓から顔を離すとカタカタ首を回しだす。
「ゴー!!」
俺の掛け声に合わせて一斉にガイコツ目掛けて走り出す。ガイコツは逃げようとしてるがどちらに逃げればいいのか迷っているようだ。
その間に俺たちはグングン距離を詰める。
「――あひゃあ!?」
このまま行けるか? と思い始めたところで気の抜けるようなすっとんきょうな声があがる。チラリとそちらを見るとマミが派手に転んで地面をスライディングしていた。
こんなところでドジっ娘発動するなよ!
ガイコツは当然ながらこれ幸いとばかりにマミの方へと走り出す。
かなり速い!
肉がないからなのかサイズの合わない靴がパッカパッカと音をあげる。
「こ、こないで!」
自分の方へと全力疾走してくるガイコツを見上げて恐怖を感じたのかマミが悲鳴じみた叫びを発する。
と、ガイコツがマミに近づいたその時、キラリと光る白銀の月光が突如空を裂きガイコツの顔に飛びかかる。
「ウサたん!」
普段の姿からは想像もできぬ跳躍を見せたウサたん、顔に張り付かれたガイコツは大きく狼狽える。
その間に俺は一気に距離を詰めてガイコツへと飛びかかった。
「なに!?」
カランと音がしたかと思うとガイコツの体が突然バラバラに崩れて落ちてゆく。
掴む対象を失った俺は勢いのままに孤児院の壁へと顔面から突撃した。
「わっひゃあ!?」
真ん前にカタカタ動くガイコツの顔が落っこちてきたマミが暴れだす。その間にまた元の形へと戻ったガイコツに今度はレックスが追いすがる。
「喰らいな!」
抜刀からの上段下ろし、レックスが振るった銀色の片手剣が翻って迫る。
しかし、キンと高い金属音、赤のマントからヌラリと現れた骨だけの手には闇夜に輝く黄金の長剣が握られている。
「こいつッ、剣を!?」
ガイコツはそのままレックスの剣を下に流すとあり得ない回り方で腕が回り剣線を描く。カァンと再びけたたましい音が鳴り響きレックスの剣が飛んだ。
「チキショウ! 本気だ! こいつ強いぞ!」
パッカパッカとガイコツが逃げてゆく。俺は即座にスキルの風来坊を発動、地を蹴って飛び出す。
少しナメてかかっていたようだ、さすがに最初の場所と違う。
駆け抜けるガイコツと俺にレックスと復帰したマミが続く。ガイコツは速いがなんとか俺の速度なら追いつけそうだ。
「〈速攻〉!」
逃げ続けるガイコツはもう近場の森まできていた。俺はおそらく有効射程範囲に入ったガイコツに向けてスキルを発動、小さな爆発を伴って迫る。
だが突如こちらを振り返ったガイコツは黄金の剣を斜めに置いて俺の攻撃を受け止めた。
「ぬわっ!?」
まさか止められるとは思ってなかった俺の顔にさらに赤いマントがブワリとかけられ視界を塞がれる。そして足をすくわれたかと思うと尻から地面に転ばされた。
ガイコツはそれだけで反撃することもなくさっさと逃げ出す。
追いつけない、そう思ったその時、ほとばしる炎が夜を照らしてガイコツの道を遮る。
「ナイス、エンキドゥ!」
ガイコツはその炎さえヒラリとマントを翻して受け流してみせる。その実力は驚異的だが足は止めることができた。
俺は跳散で飛び出しガイコツを掴みかかりにいく。
正直このガイコツ、強すぎる。まともにやっても勝てなさそうだ。
「見つけた!〈鎮魂歌〉!」
さらにエンキドゥの炎を見て追いついたマミが頭の奥まで響くような鐘の音を鳴らし、レックスは肩に担いだワイドを思いっきり投擲した。
俺をさも当然のように受け流したガイコツはその鐘の音にピクリと反応し口を炎を洩らしながら飛んでくるワイドのタックルを避けきれずマントごしに喰らう。
「観念しやがれガイコツ野郎!」
ざっと回りを再び囲むように俺たちは展開した。しかし今度は本気だ。さっきのようなヘマはしない。
頼むぞ、マミ?
「チョ、チョット待ッテクダサイ」
カタカタ、今まで聞いたこともない第三者の声。俺の気が確かならばその声は真ん中で左右に手を振るガイコツから聞こえてくる。
「ワ、私ハ悪イ者デハナイデス」
カタカタ、ガイコツが続けて喋る。
マミがあんぐりと口を開けて固まった。
……まあ俺とレックスは、大方予想していたことだ。
忘れていましたが、ステータスについては別の機会に載せます。




