フィーリアと依頼
ちょっとふざけすぎました……。
「王が大樹の子、森の民のフィーリアと申します。貴方がたとの巡り会いに星々の采配への感謝を」
エルフ美少女、もといフィーリアさんが祈りを紡ぐ。
「異界の地より参りました。獣王の子、ギルガメッシュと申します。貴方との出会いはきっと神よりの思し召し」
「レックスです。私は今、ここに立つ為に生まれてきたのだと確信しています」
俺とレックスがその仕草を真似して慇懃に挨拶を返す。その様子を見てフィーリアさんは優しく微笑んだ。
「……このクソバカ性犯罪者予備軍共、手を出す前に交番へ出頭しろ」
どこかの聖職者から残酷な言葉が振りかけられる。
しかし、聖女を前にしてヘボ女の言葉などネズミの鳴き声とそう変わらない。
俺たちはニッコリと笑ってそれを聞き流した。
「シビル、こっちへいらっしゃい。悪いことをしたのだと、分かっているのでしょう? なら、どうすればいいかも分かるはずよ」
フィーリアの後ろにはシビルを含め他にも数人の種族もバラバラな子供たちが気まずそうにたたずんでいる。
ビクビクとこちらにくるシビルに、俺は温かみのある笑顔をしてみせた。
「ッ!」
そうかそうか、そんなに反省しているのか。ならば十分だよ。
人は生きていれば必ず過ちを犯す。その罪を償うことは己を悔い改め、戒めることによって初めて意味のあることになるんだ。
「……なにその顔、気持ちワル!」
マミさんや。人を見た目で判断してはいけない。大事なのはソウル。そう、男は中身よ。
その点、俺は夏休み初めの宿題くらいに真っさらな心の持ち主だ。
「シビル。お客人からくすねたものをお返しなさい」
一見自分より小さい女の子に諭される情けない男の子だが事実はまた別なのだろう。フィーリアさんの話し方を聞くに間違いなく見た目通りの年齢ではない。
シビル少年は俯いたまま俺の前まで出てくるとプルプルと震えながら頭を下げた。
そして銅貨を五枚、俺に差し出す。
「ごめん、なさい」
俺はシビル少年の顔の位置まで屈み込むとまっすぐに目を見つめて語りかける。
「坊主、それは俺からの餞別だ。入り用なんだろ? いい友を持ったな」
俺は目端にガティを捉えながらそう優しく声をかけて頭を撫でた。
シビル少年は笑顔を返すがそれはどこか引きつっているのはきっと気のせいか。
「まあ、貴方の寛大なお心に感謝します。シビル、お礼は?」
「あ、ありがとう、ございます」
シビルは再びお礼を言って頭を下げた。俺はそれを受け入れて満足気に頷く。
「な、なんという茶番。巨人でもこんな手のひら返ししないわ」
おやおやマミさん。
これほど心温まるシーンを茶番とは、なんとも悲しいことです。
俺は慈愛に溢れる憂いの瞳をマミに向ける。
レックスが小さくため息を吐いてトントンとマミの背中を叩いた。
「な、なによ! わたしが悪いの!?」
「いいや? 悪いヤツなどいないのさ。
ところで、フィーリアさん。この子供たちは?」
マミの罪を穏やかに分けあう。俺は人を責めることなどしない。
「はい。この子達は育て親を失い、路頭に迷っていたところを私が預かりました。まだ小さき身の者ばかりです。己では判別できぬ過ちがありますことを、ご寛恕ください」
やはりというかフィーリアさんは孤児院を営んでいたようだ。それもいわゆる、つまはじき者を集めているらしい。
それを聞くやレックスがすかさず前に出てアピールに入った。
「それは素晴らしい! 己を省みず子供たちを引き取り、その溢れる愛で包む姿に思はずも感銘を覚えました。
以前より導き手を失った迷える子羊達が食と愛に飢える姿を、忸怩たる思いで見守ってきた次第。
つきましてはこの不肖レックス、貴方にご一助させて頂きたく」
この野郎、クルクルとよく回る舌だぜ!
だがな、そんな下心丸出しの変態野郎に聖女様が微笑むと思うなよ。
俺はパンと手を打ち合わせて地面に座り込む。
「なんという、なんという深い労わりと母心か。
神よ、ここに祝福あれ。
フィーリア様、この矮小な身に、同じ慈悲を持ち献身の想いを添い遂げたく、どうぞその幸いを賜りたく申し上げます」
俺はさめざめと声を震わせて顔を両手で覆う。
真実の愛はここにあった。もはや誰にも止められん。
「……あなた達が親友なの、よく分かったわ」
マミが狼もかくや、と言うような唸り声を捻り出す。
事情は知らないがどうやらお怒りであるらしい。
「お客人方の提案、真にありがたく。しかし、我らは今しがた恩情を賜った身。これ以上の情けは受け取れません」
小学校中学年ほどの少女が下からこちらを見上げながらキリリとそう言う。
素敵だ。
「先生、ソイツ等、キケン。ユダン、ダメ」
ティナを他の子供たちの場所へと送り届けたガティがフィーリアさんを諌める。
こいつだけ一回り大人だよな。他の子供たちは怯えたり不思議そうな顔をしているがやはりガティは違う。
「ガティ……。失礼にあたりますよ」
「失礼、カマワナイ。牙隠シタ獣、猫ノヨウニ近寄ル。ソレ許スト、死ヌ」
こいつ、どんだけハードな世界で生きてきたんだよ。
俺よりも渋いじゃねェか。
「いつも牙があるとは限りません。弓を射った後でそのことに気づいても手遅れになります。
そしたら、彼らはきっとその爪を貴方に向けるでしょう」
「ムゥ……」
納得はできないが、反論もできないと言った様子だ。
さすがは沢山の子供たちを束ねる孤児院の先生、絶対に口論したくない。
「そう警戒するな、俺は子供が好きなだけだ。ただお前たちに何かしてやれたらと、そう思っただけなんだ」
俺が諭すように言うとガティはさらに眼光を鋭くして瞼を細めた。
「そうだぞ、この犬は俺のペットのようなもんだ。安心してくれ」
レックスがそう笑うと俺も合わせて笑った。
――この野郎、後でブチのめす。
――畜生ごときがでしゃばるな。
目だけで繰り広げられる殺意の応酬。
俺とレックスは肩を組んで互いに背中をバシバシ叩き合い、いかに仲良しであるかを示す。
「しかし、これ以上の恩は頂けないというのも本心です。過ぎた施しは依存を招き堕落から怠惰を呼びます。
この子の事もありますから、礼謝はまた後日にさせてくださりませんか?」
コテンとフィーリアが上目遣いのまま首をかしげる。
「ゴフッ!?」
「レックスぅーー!!!」
弱点属性がロリのこいつにはキツかったか。さっきからジワジワと削れていた体力が消し飛んだようだ。
あざとい、実にあざといぞ。
これは狙ってやってるのか?
もしそうならありがどうございます。そうでなくてもありがとう。
「あ、どうなさった、お客人!」
フィーリアさんがレックスを揺すって起こそうとするが、幸せそうな顔で眠る親友にもはや目覚める気配はない。
フッ、情けない野郎だっ!?
ひ、ひざ枕だと!?
あのたおやか御御足の上に我が下賤なる泥顔を乗せる栄光が、合法的に許されるというのか!?
意識を捨てろ。
悪魔がささやく。意識を手放せば、お前にはあのひざ枕が待っていると。
下らない矜持なんかドブに投げ捨て、悪魔に身を委ねてしまえと。
いや、落ち着け偉大なる男ギルガメッシュよ。
十三年前、全てを懸けて愛した(架空の)女と死に別れて幾星霜。今も俺の心を過ぎるのは、あいつの笑顔だ。
血と雄叫びの中を駆け抜け、敵と友の屍を踏み台に、俺は生き延びたのだ。
――ここで、やられるタマじゃあねェよ。
「ご、ごめんなさい。わたし、どうすれば……」
キッと決意も新たに前を向いた俺の視界に、困惑顔で涙ぐむフィーリアさんがいた。
ポロリと、大海より空へと羽ばたいたひとつの流れ星。
へぇ、真珠ってこうやってできるのか。
「――ゴッファ!!」
「ギルっち!?」
薄れゆく俺の視界の中に心配そうな顔をした二人の美女がうつる。
そうか、俺は死ぬのか。
まあそれも、悪くないかもな。
フィーリアさん、俺は別に気にしちゃいないよ。本当は少し腹もたったけど、あの子供のことは本当に気にしちゃいない。
だから、お礼なんて気にせず、これからもたくさんの子供たちを愛してくれ。
マミ、お前は最初会った時、異次元からきたバカだと思っていたよ。でも案外まともだったから、安心したぜ。
それとさ、マミ。
俺は大往生を間際のように二人を優しく見つめた。
――ギルっち、ってなんだよ。
「ギルっちーーー!!!」
彼女は叫ぶ。
彼の名を、
共に戦った友の名を、
己も気づかぬ恋慕を抱いた男の名を、
喪われてゆく灯火を前に、その小さな光を逃すまいと、魂にまで呼びかける。
それはとある男の物語。
雲ひとつない青空の下、あまりに心地よい風が吹き抜ける初夏の頃。
男は死んだ。
最愛ではなくとも、二人の友に看取られて。
彼が行くのは地獄かはたまた。
しかし、確かなことがひとつある。
それは、例え何処の地へ堕ちようと、変わらず彼の旅は続くということだ。
大切な者に、
再び巡り会う、
その時まで――。
「お、あのクソガキ。ボコされにきたか?」
こんにちは、ギルガメッシュです。
なに? 終わった?
それは何の冗談だいベイベー。エイプリルフールならとうの昔に過ぎ去ったぜ。
「よくもまあいけしゃあしゃあと。フィーリアさんの前では借りてきた猫のように大人しかったくせに」
「過去は切り捨てるタイプでな」
場所は変わってニルの村の小さな酒場。カウンター席に腰掛ける俺らの他に客はいなく、無骨なハゲのマスターがグラスを磨いている。
そこに扉を開けて入ってきたのは俺から小銭をかっぱらったシビル少年だ。
「ま、これ以上俺からたかろうとしたって無駄だがな。もう取れるもんもありゃしねぇ」
今飲んでいる果実酒は一杯50Gだ。俺の残金の倍以上のお値段。
不足分はレックスにもらった。つまり本当の素寒貧なわけだ。
シビルが険しい顔をしたまま俺たちの後ろに立つ。様子からしてまたお仕事というわけではないらしい。
「何の用だガキ。せっかく助かった命を無駄にしてェのか? それと、500G返せ」
「言ってることが完全に悪役のモブだな」
「さいってい! 人の風上にも置けないヤツね」
何を言っている? そんなの、今さらじゃあないか。
この世の中、臨機応変に動かなきゃね。
だがそんなことを言われてもシビルは黙ったままだ。何事かと訝しんでいると、手に持っていた革袋をドンと俺の前に置いた。
ジャラリと袋の中では金が弾け合う音がする。
「……あんたに、依頼を頼みたい」
そして一言、そう言った。
シビルの目はどこまでも真剣で、顔には強い不安の色が見える。俺が話を聞いてくれるかどうか、分からないのだろう。
「あんた、金が欲しいんだろ? その中には銅貨が百枚、一万ギル分の金が入ってる」
緊張を隠せない固い口調。こんなことをするのは初めてなのか。
どうして俺なのか、分からないがとりあえずは話を聞いてみるしかない。
「……言ってみろ」
さすがに空気を読んだのかマミもレックスも何も口を挟まない。
シビルは小さく頷くと説明を始めた。
「ちょっと前からなんだけど、最後の満月の日ぐらいからだ。俺、変な魔物を見かけたんだ」
「変な魔物?」
マミがよく分からないとばかりに首を傾げる。
ジャラジャラとエンキドゥが袋から銅貨を取り出してマスターに注文を入れる。レックスが微妙な顔でそれを見ていた。
「そう、変な魔物。そいつは多分だけど、スケルトンってヤツだと思う」
「スケルトンっていやァ、あれか。要はガイコツだろう?」
「うん、そう、ガイコツなんだけど……」
シビルが言いよどんでひとつため息を吐く。
マスターがエンキドゥに香りくすぶるブラックコーヒーを差し出した。そしてウサたんとワイドの前にもミルクが入った平たい皿を置く。峻険な顔はニコリともしないが奥に引いていくマスターの背中は偉大であった。
こ、これが背中で語る男か!
「暗くてあんまし見えなかったんだけど、そのガイコツ、貴族様みたいな立派な服を着ていたんだ。あと、大きなマントも」
マスターの背中を追いかけようと立ち上がりかけたおれをシビルの言葉が止める。
「つまりお着替えガイコツさんがいたわけだ。いいじゃねェかそんぐらい。俺のダチのパートナーにガイアっていうゴーレムがいてだな、俺としては新世代のアイドルは――」
「ちょっと黙ってて」
マミがピシャリと止めを入れる。
我が友の自慢話に釘を刺され顔をしかめる。だが俺が文句を言う前にマミが雷にうたれたように目を見開く。その視線の先は、ワイドか。
ワイドは小竜というより犬だしな。小さな舌を出して一生懸命ミルクを舐めている。
ウサたんは、そっと口をつけると、すぅっとミルクが消えた。
え? 消えた!?
「でも、それだけじゃないんだ。俺、さいしょそいつを見つけた時は、その……ビビっちまって、逃げたんだけど」
シビルの声に俺はハッと現実に引き戻される。
ウサたんは既に目を瞑って不動の姿勢だ。悪い夢でも見た気分だが、その皿の上にはミルク一滴残っていない。
何者だ、あやつ。
「でも、それからまたそいつを見ることが、何回かあったんだ。だから、追いかけてみたんだけどさ、そいつマジで逃げるの速くてさ。とても……つかまえられねぇよ」
シビルは項垂れてそう呟く。
いや、十分スゴイわこいつ。夜に出てきてこっちを見てくるガイコツとか、怖!
よく追い回そうと思ったな。
「……走るのだけは自信あったんだけどな。そこで、あんたに頼みたい。オレを捕まえることができたのは今までであんた一人だ。頼む! あのガイコツ野郎を捕まえてくれ!」
一思いにそう言うと、シビルは俺に頭を下げた。
明日から本格的な話です。
多分。




