エルフとの邂逅
白く染まった視界が次第に薄れると噴水がどんと真ん中に構えるとても広々とした街の中央広場にいた。周りには俺と同じような装備をつけている十人十色の容姿をしたプレイヤーがたくさんいる。友達と落ち合ってるものや街を見渡すもの、光が立って新しく現れたものと様々だ。
俺が現れた時は隣にいる人がギョッとしていた。ちょっと目立つかもな。ところでみんなワンちゃん猫さんを見せ合って戯れているのだが、我が盟友エンキドゥはどこぞへ?
ま、まあ後で良いか。俺もエンキドゥを見せてモフらせてもらおうとかそういうわけではない、決して。
地面は白いレンガが隙間なく敷き詰められていてそれなりに高い水準の文明と伺える。噴水では美しく巨大な男女の像が重ねた手から天に向けて勢いよく水が噴き出している。宙空に散る水が陽光を反射していてとても綺麗だ。なんという再現度、拍手を贈ろう。
さて、それはともかく、先ずは現状確認に入ろうか。
〈ギルガメッシュ〉Lv1
職業 : ――
所持金額10000G
HP 200/200
MP 100/100
ATK55
MAT5
DEF42
MOV50
・装備
〈青銅の剣〉ATK50
〈探索者のキャップ〉DEF8
〈革手袋〉DEF4
〈探索者の服〉DEF15
〈探索者のズボン〉DEF10
〈皮の靴〉DEF5
・技能
〈ボックス〉アイテムの出し入れが可能です。
〈鑑定〉アイテムについて知ることが出できます。
〈マップ〉街などの拠点の情報が載っています。拠点外では自分のいった場所に自動で情報が記されます。未踏の地に入りマップを広げましょう。目指せコンプリート!
〈エンキドゥ〉Lv1
種族 : メルメル
イタズラ好きな妖精。狭い所を好み多くが壺や籠などの中にいる。また、アイテムを集める癖があり光りものが大好き。宝石を盗んでいってしまうことは有名である。
HP 100/100
MP 100/100
ATK8
MAT30
DEF40
MOV80
・フレンドスキル
〈採取〉フィールド上のアイテムを入手してくれます。また、倒したモンスターのアイテムを拾うこともあります。
〈活用〉登録しておいたアイテムを任意、または呼びかけで使用してくれます。登録は最大十個まで。
〈調合〉アイテムを組み合わせて別のアイテムを作り出します。
これが今の俺、完全なる初期ステータス。おそらく周りもまったく同じだろう。エンキドゥは補佐的な役割を果たしてくれそうだ。俺は予定通り近接系統の戦い方をした方が良いだろう。それにこの見た目で魔法使いってちっとキツイよな。いやマッチョな魔法使いを馬鹿にするつもりはないぞ、ただ違和感はあるが。
よし、ではまずは職業だ。職に就かねば生きていけん、ってことはないだろうが戦闘系スキルが無いのは不便だ。就活はどこで出来るのかな? ハロワに行けばいいのかな? こういう時に使うのは、
「〈マップ〉」
パッと俺の前に上空からの衛星写真のようなマップが現れる。ここは〈始まりの街オリジン〉という名前らしい。マップで見る限りじゃとても広い街だ。全部見て回ったら一日ぐらいかかってしまいそうな気がする。神殿、おそらくここで職業に就けるのだろう。確かそんな情報があった気がする。この噴水広場から真っ直ぐだ。
マップを消してさあ出発と顔上げると、
「ぬおっ!」
「ひあっ!?」
目の前に誰かがいたようで慌てて足を止める。光の残光があるのを見るにちょうど今ここに現れたプレイヤーか。
「あ、す、すいません!」
あせあせと頭を下げているのは、エルフだ! 白くきめ細やかな肌、細くしなやかな体型、なびく黄金の髪に翡翠の瞳、なにより尖った耳。この人絶対エルフを狙って作ってる。のっけから美人エルフ襲来である。
「いや、俺が不注意だった。すまんな」
だがここは尊大に行く。ロールプレイだ、ここは日本ではないのです。私はギルガメッシュなのです。マナーの良し悪しではないのです。もちろん、何事も限度はあるがな。
それよりエルフさんの顔が引きつってないか? きっと気のせいだ。いずれにせよ無問題、他人の目なぞ関係ねぇ。
エルフさんの横を抜けて今度こそ神殿に向けて歩く。周りの街並みは現代にない西洋風の重圧な建物が多く立ち並びこの街が栄えていることがよく伺える。見ているだけでも飽きないな、時間が取れたらのんびりこの街を散歩して回りたいものだ。
「出て来いエンキドゥ」
「ゲヒャヒャ!」
サァッと小さな光が立ち上がりそこからエンキドゥが現れる。さっきステータスを見た時に呼べば出てくると書いてあったのだ。エンキドゥは現れて早々奇妙な鳴き声を上げている。やっぱりかわいくないな。
しかし壺に入っていてどうやって動くのだろうと思っていたらなんと浮いた。俺の周りをフワフワと浮遊しながらついてきちゃってますよ! 何気に凄くないかこいつ。てっきり転がるのかと思ってたよ。
ダラケきったエンキドゥを眺めつつ歩いていると神殿が見えてきた。デカイ。とてもデカイ。荘厳で厳粛な雰囲気を醸し出す古代神殿だ。無駄に華美な装飾はなくシンプルで重圧な造りであり大木よりも太い柱が幾重にも並んでいてまるで天を支えてるようにさえ思える。神殿への階段を登って近づいていくと入り口でプレイヤーがたむろっているのが見える。どうも中に入れてもらえてないようだな。俺も野次馬根性で突貫してみようかな。
「みなさん! ここはLv10以上にならなければ入れてもらえないようです! 他の人にも伝えてください!」
と爽やかな青年が大声で呼びかけているので突貫作業は中止となった。どうりで逆流してくるプレイヤーもいたわけだ。先に外でレベル上げとしよう。装備はとりあえずこのままで良いだろう。
就活に来たのに会社に入ることさえできずに帰路に就くとはな。安定の就職率と考えて油断していたようだ、以後引き締めねば。
道を逆流しているとさっきのエルフさんがこっちに来てるのが見えてきた。呼びかけは若いもんに任せようと思ってたがさっきの侘びも兼ねてあのエルフさんには言っておこう。
ヌッと大股で近づいていくとエルフさんはピタリと足を止めてこちらを恐々と見つめている。なんだ、そんなに見られると仮想とはいえ照れるだろう、やめたまえ。
「あんた」
「は、はい!」
「神殿はLv10から、らしいぜ。まだ入れん」
「え? あ、あぁ! ありがとう」
「ゲヒャヒャ!」
よし、旨は伝えた。さっさと血の雨を降らせに行こうかエンキドゥ! しかしエルフさんがまだ何か言いたげにこちらを見ている。どうしたことか。
「ーーあの」
「なんだ?」
「パーティーを組まないか?」
「パーティー?」
それはあれか。みんなで集まってバカ騒ぎするあれではなく一緒に敵と戦う方のやつか。また唐突な話だな。
「私は〈フェアラス〉と言う。もしよかったら、君と共闘したい」
一緒に戦う。最後にその言葉を聞いたのはいつだったか、なんてことはない初めてだ。そして美女の誘いだ、断る理由がどこにあろう。これを拒否する男はきっと大馬鹿野郎に違いない。
「〈ギルガメッシュ〉だ。よろしく頼む」
「ギ、ギルガメッシュ? ありがとう、こちらこそよろしくな」
エルフの美女フェアラスさんはホッと胸を撫で下ろしている。断られないか心配だったのだろうか、エルフといえば誇り高くて堂々としているイメージだがこの喋り方はそれを意識してるのであって内面は普通なのだろう。最初めっちゃ慌てて謝ってたし。
『〈フェアラス〉さんからパーティー申請があります。参加しますか?』
YES一択、まだ俺はこのゲームを始めてNOを選択していないな。別にどっかの軍隊ではないのでNOが存在しないわけではない。
ピコンとフェアラスさんの頭の上に白色の文字が現れた。これがパーティーメンバーということなのだろう。
「では早速行こう! あ、この子の名前は〈バードナー〉だ。パートナーとバードを掛けてみたんだが」
テヘヘとはにかむフェアラスさんの後方には彼女の相棒である鳥のバードナーがとまっている。赤い羽毛に黄色いクチバシ、鋭く精悍な目をしている。なかなかに頼もしそうだ。こちらをキッと警戒の眼差しで睨みつけている。名前に関してはノータッチでいこう、俺も似たようなもんだ。
「こいつは〈エンキドゥ〉だ」
「へぇ、よろしくなエンキドゥ……さん?」
「グヒヒッ!」
フェアラスさんの呼びかけに下品な声でエンキドゥが笑う。わざとなのか、それともこいつなりの誠意をみせてるのか、判断がつかない。そしてなぜエンキドゥにはさん付けなのだ?
エンキドゥはフェアラスさんの前までフワフワと浮いてからニヤリも笑って戻ってきた。バードナーの瞳がより鋭く刃物のようになっている。フェアラスさんの笑顔も引きつっていたのは見間違いではなさそうだ。
–––––––––––––––
「ここは〈ラージ平原〉と言って出てくるモンスターも一番弱い初心者用のステージのそうだ。とりあえず、ここで腕試しとしよう」
「そうだな」
マップを見ながらフェアラスさんが説明をしてくれる。街を囲う大きな壁、その北門から俺たちは外に出た。北に広がるのはこの初心者ステージである広大なラージ平原であるらしい。
小さな丘をときたま見かける以外は何の特徴もない草原地帯である。だが地面は草に隠れて見えないうえ、整備も一本道以外はあったものではないので動きにくい。ボコボコとした平らでない地面になるだけでバランスは数段もとりにくくなる。普段のコンクリロードのありがたみが身に染みる思いだ。
ちなみに始まりの街オリジンは海に接しているらしく南は港へと直接繋がっていた。東と西も似たようなもんで――先ずは北へ、となったのだ。
辺りでも他のプレイヤーがちらほらいて戦っている。俺たちもとっととモンスターを探すとするか。
「お、見つけた! おっきいカエルだな」
確かに膝丈ほどもある異様に大きなカエルがいる。名前は〈ビッグフロッグ〉。そのまんまやないかい!
「右から行ってくれ」
それだけ言って俺はカエルの左側へと回る。フェアラスさんも黙って頷き右側へと回ってくれた。単純だが挟み討ち作戦だ。鳥であるバードナーは飛び上がって上空を旋回している。俺の盟友は? 街中を歩いてる時から姿を見ていない。
つと剣のグリップを握る。滑り止めの白い布が巻きつけられておりしっかりとした硬い感触がある。鞘の代わりとなる皮で包まれた剥き出しの青銅の剣を引き出し持ってみる。それなりに重い。カッコつけずに先に試しとけば良かった。
フェアラスさんを見ると向こうもこちらを見ていて手に同じく青銅の剣を持ち頷いている。呼吸を合わせ、無言のいっせいのーせで駆け出し、カエルに向けて上から剣を叩き入れる。錆びっぽい薄青色の剣がデカいカエルの頭に吸い込まれほぼ同時にダメージを入れた。しかしまだダメージが足りないらしくカエルはこちらに向きを変えてゲコーッと跳躍して突っ込んでくる。予想はついていたので慌てて横に避けるとヒュッと目の前をバードナーが急降下してカエルの無防備な背にクチバシを鋭く突き刺す。
俺も急いで追撃として背中に剣を落としてやるとパンッと弾けるような音とともにカエルは白く輝く光となる。それが別れて俺とフェアラスさん、バードナーへとそれぞれに飛んでゆく。ひとつだけ向こうの方へ飛んでいったがあれは盟友のとりぶんのようだ。あのサボり野郎め。
「やったな! さすがだ!」
「おうよ、楽勝だぜ」
フェアラスさんは肩に乗せたバードナーを撫でながら手放しで喜んでくれている。できたらご褒美に俺にもなでなで権をくださいな。あ、俺のことをなでなで……今のはなかったことにしといてくれ。
「レベルも上がったぞ!」
俺のステータスを見てみると確かにレベルが一つ上がっている。HP は10、MP は5、これがレベル上昇に伴って上がっていた。俺の現在のHP は110、MP は55となったようだ。
「二人なら余裕があるな。もう少しレベルを上げたら森の方へ行って見ないか?」
「そうだなァ。その方が良いか」
俺の獣の口から出る言葉は唸り声のようにゴロゴロと低いものだ。少し声質を間違えたかもしれない。まあ、これくらいなら許容範囲だな。なんとかなるだろうよ。
ところで、VRゲームでは味を出すためにキャラになりきる、というのは案外多い。そしてフェアラスさんもそれをやっているようだ。だからこそ同類でありそうな俺を誘ったのかもしれない。
「あ、次はあいつにしよう。カエルより強そうだ」
フェアラスさんが指差す先には眠たげな羊さんが。あいつは服系統の素材を拾えそうだ、是非とも倒しておきたい。名前は〈フリーゴート〉、飼っていた羊が逃げ出してたくましくも野性化したものであるらしい。
「さっきと同じで」
「分かった」
うとうとしている羊さんの側面へと回り込みタイミングを合わせて切りつける。カエルの時とは違って赤い血が切ったところから溢れて飛び散る。
攻撃時のエフェクトは三段階、何もなし、赤いエフェクト、出血、となっている。最初はエフェクトであったが俺はもちろん出血にしといた。血飛沫舞い散りゃ気も猛々、とも言うしな。嘘です、これは今作った。
羊さんが怒った声を出して立ち上がりフェアラスさんへと突っ込んだ! メェ〜というよりウゴォー! である。はわっ!? と変な声を出して羊さんの頭突きを受けるフェアラスさん、その羊の尻をバードナーが突っついている。俺もすぐさま駆け出しフカフカの背中に剣を叩き入れる。水の中を強引に切るような感覚で剣は羊さんを貫通するがまだ倒れない。剣を戻して腹の横に固定、そして体ごと踏み込んで突き刺す! しかしまだ倒れないしぶとい羊さん、だったが死角から飛んできた足が羊さんの頭にコツンと当たるとポンッと光になって消えた。
石が来た方向を見るとそこにいるのは気怠げな我が盟友が。いつの間にか戻ってきていたのか。
「び、びっくりした。結構、恐いな」
「……大丈夫か?」
「う、うん。問題無いよ」
フェアラスさんは尻もちをついたまま顔を赤くしている。どうやらあのかわいい叫び声を出してしまったのと驚いて転んだのが恥ずかしいらしい。
もう既に、俺の中ではフェアラスさんは残念エルフというイメージが出来上がりつつある。
「すまない、遅れを取った。あなたを手本にして精進するとしよう」
「焦るこたねェさ、好きにやんな」
やめてくれ手本なんて! 俺の拙いやり方なんか真似しないでくれ! あ、そのキラキラした瞳もやめて! そんな期待しても幻滅するだけだから!
「ギルガメッシュ殿は何か格闘技でもやっていたのか?」
「なぁに、他のVRをかじっただけさ。それと、敬称は要らねェぜ。戦いにゃ上下もない。敵か味方か、それだけだ。あんたは味方だろ、フェアラス」
「そ、そうだな! ギルガメッシュ!」
俺の心とは裏腹にそれっぽい御託が次々と口をついて出てくる。いつからこんな雄弁になるスキルを持っていたのだろうか。
「ま、でもそうだな。ただの味方じゃあ味気ないのも確かだ。戦友、とでも言っとくか? エルフのフェアラスよ」
ニヤリと俺が獣の笑みを見せつけてそう言うとハッとして顔をこちらに向けるとても単純なフェアラスさん。その表情は溢れんばかりに嬉しそうだ。
「そうか! 戦友か! よろしくなギルガメッシュ!」
「あぁ、背中は任せたぜ、フェアラス!」
こうして共にカエルと羊を倒しただけの戦いを乗り越えた俺たちは戦友となった。俺も大概だがこの子、大丈夫かな?
修正点がありましたら教えてくださると感謝の極みでございまする。
色々と細かい設定がありましたがそんなに気にしてもらわなくて結構です、というか気にしないでください。m(._.)m