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world online  作者: 気になる木の実
19/26

鬼ごっこ

 

 ………………………………………………


 クエスト発生!


【パーソナルクエスト : 逃げれば追うべし】

 窃盗を働いた少年〈シビル〉、どうやら何か事情があるようだが……。

 シビルを追いかけて話を聞いてみよう!

 ※武器・攻撃スキルの使用禁止。

 ※このクエストは一定時間経過で自動的に破棄されます。


 ………………………………………………



「殺す! 殺してから殺してやる!」


 俺の懐事情は既に鹿のフンのようなものだ。さっきまでの財産は登録代やらで削られて残額520G。さらに盗まれ全財産が20Gときた。

 鹿のフンどころかアリのちぎった頭より少ない。この世界の相場事情など知ったこっちゃないがガキの小遣いの方がマシだろう。


「どうした、ゴブリンの排泄物でも踏んだか?」

「カルシウムが足りてないのよ。骨あげたら喜ぶかしら?」


 俺の怒声に追いかけっこをしていたマミとレックスが戻ってくる。しかも妙に腹立つオマケを添えて。


「だらっせぃ、このあんちきしょうめ! チャカを寄越せナポリタン野郎!」


 ガァと吠える俺をレックスはオモチャでも見るように眺めてる。


「どうどうどう、静まれ駄犬」

「だいぶ壊れてるわね」


 マミがやれやれといった具合に首を振る。綺麗な銀髪もふるふると振れた。


「クックッ、あのクソガキ簀巻きにしてから圧力鍋に秘伝のタレと一緒に突っ込んで八時間コトコト煮込んでやる」

「食べるの!? 何を食べる気なの!?」

「そんなデカイ鍋があるか」


 マミが驚愕に悲鳴があげるがそんなことは気にしてられない。俺の500Gが次第に遠ざかってゆく。最早一刻の猶予もあるまい。

 鬼ごっこといこうかガキンチョ。ただし捕まったらそれで終わりさ。遊びは全力で、ね。


「ウガァァー!!」

「犬かお前は……いや犬か」


 裏道へと逃げ込んだ少年へと駆け出す。後ろで聞き捨てならない言葉があった気がするが今は後回しだ。今度エンキドゥ先生のバズーカ砲をくらわせてやろう。


 少年の逃げ足はなかなかのものだ。ガキにしてはそれなり、といったところか。建物の陰に隠れるようにして俺を撒こうと複雑な動きを繰り返す。ここがスラムだったら追いかけるのは厳しかったかもしれない。


「〈風来坊〉!」


 だがお生憎様、ここは大きいと言えど所詮は村だ。いくら逃げても地獄の果てまで追い回してやる。

 スキルの発動により風が吹き抜け脚はより強く。目減りするSTを端に全力で走る。これフォームとか関係あるのか? と俺の頭に余計な疑問が浮かぶが完璧なフォームで走る犬人間の想像をすぐさま切って捨てた。

 気持ちわる!


 さっと少年が狭い路地に逃げ込む。フッフッ、馬鹿め。その背中に今ナイフを突き立ててやろう、と思ったが武器は使用禁止だ。あの忌々しい背中には自ら鉄拳制裁を加えるしかないようだな。


 路地の突き当たり、見えるのはそれなりに大きな垣根だ。行き止まりに逃げるとは、愚か者め! と言いたいところだがそんな咬ませ犬キャラと同じ轍は踏まない。

 どうせ飛び越えたり地面に小さな穴があったりするんだろ? ギルさんに手を出したのは失敗だったね。


「ガティ!」


 息も絶え絶えに少年シビルが叫ぶ。すると屋根の上からゴブリンが現れた。なんで? 

 だが、そのゴブリンは妙に小綺麗な格好をしているしその瞳の奥には理性の光がある。後半のくだりは嘘だ、そんなの分かるかよ。

 でもパートナーにゴブリンがいたのだから何も全てのゴブリンが人間と敵対しているということではないのだろう。


「シビル、掴マレ!」


 一番問題なのはそのゴブリンがロープを投げ込んだという事実それである。野郎グルか!


「待てやごらぁああーー!!」


 シビルがロープを掴むとゴブリンは急いで引き上げる。上へと逃げていくシビルに俺はより一層の力を込めて飛び上がり恐々とこちらの様子を見てるシビルに肉薄する。

 そしてボロの革靴を履いたその足首に手が届き――


「わぁあああーーー!!!」


 子供特有のよく通る大絶叫が判断を鈍らせた。反射的に手首を引っ込めた俺の前でシビルが上へと逃げてゆく。

 遺跡を利用したであろう垂直の壁を持つ大きな建物だ。これを登るのは容易ではない。


「あ、あっぶねー!」

「……大丈夫カ?」


 家の上で喜びを分かち合う二人を俺は射殺さんとばかりに殺意を剥き出しにして睨みつける。

 シビルはこちらを振り返るとまるで毒を持った危険な生き物で見るようにそろそろと観察してからニヤリと笑った。


「あはは、残念だったな、おっさん! またオレに恵んでくれよ!」


 そう言ってさっさと顔を引っ込めた。

 俺は決意も新たにあのクソガキを喰ってやると胸に刻み直す。どうにかしてこの壁を登れないものか。

 狭いといえこの通路は両手両足を広げて登るのには広すぎる。なにか、なにかないのか。

 このまま俺の500Gはガキの懐へと去ってゆくのか? 許さん、許さんぞそんなことは! 考えろ、考えるんだ! 


 降りる場所を予測して回り込む? 

 この建物は随分と長い、回り込んだら間に合わない。

 登れる場所を探す? 

 やはりその間に逃げられるだろう。

 あなたの家の屋根に登らせてくださいと頼むか? 

 それは色々と危険そうだし、そもそも屋根に出れるのか。


 クッ、ここまで、なのか!?


 その時、俺の頭の中に閃光が瞬いた。電球を片手にエディソンが笑っている。その頭に被っているのはMという文字が書かれた赤い帽子。そう、それは壁をも蹴って囚われの姫を救う、伝説のナイスなヒゲのおっさんが肌身離さず身につけているあれだ。

 エディソンは小さく笑ってその帽子を差し出した。俺にこれを使えと。

 できるのか、俺に? いや、できるできないではない。

 やるんだ!


「フッ!」


 MOVで高まった身体能力は跳躍力にも直結する。勢い付けたジャンプからまずは一段目、片脚で壁を蹴るが進むのはほぼ地面と平行だ。あまり芳しくない。

 だがここで――


「〈跳散〉!」


 そう、使うのは神様より与えられた力。それは人間としての限界を超えて不可能を可能にする。

 壁に向かって突っ込む直前、スキルの発動と共に抱えられた脚が弾丸の如く壁を打つ。刹那の景色、空を抜けたかと思うと俺は背中から屋根の上へと踊り出た。


「クックッ、できちまったぜオイ」


 神は言っている。あのガキをシバけ、と。

 シビルとガティ、余裕をこいていたのか二人はまだこの屋根の上にいた。そしてまさか登ってくるとは思わなかったのか、こちらを呆然と見つめている。

 俺はゆらりと起き上がってから歯を見せてニヒルに笑った。


「よぉクソガキ、また会ったな」

「うわああーー!!」


 鬼ごっこの再開だ。さあ、どこまで足掻くかな?

 シビルとガティは繋いでおいたロープを伝って慌てて地面に降りて行く。俺はそれを腕を組みながら満足気に眺める。

 二人が降りて逃げ出そうとしたところで身を投げ出してシビルの真後ろに大きな音をたてて着地した。


「た、たすけてぇー!」


 二人は逃げる。捕まったら終わりとばかりに、シビルは特にいい鳴き声をあげてくれる。

 はっはっ、ゆかいゆかい。ざまぁみやがれクソガキめ。散々泣いて走って疲労困憊気息庵々(あんあん)になってから首根っこひっ捕らえて官警に突き出してやらぁ。


「クックッ、元気がいいなぁおい。えぇ?」

「う、っく、せ、せんせぇー!!」


 体力が尽きてきたのかシビルの足が鈍くなってきた。だいぶ村の端まで逃げてきたようだ。

 そろそろ潮時かね。まあ、俺様を出し抜いたことは褒めてやろう。


「シビル、逃ゲロ」


 突如ゴブリンのガティが足を止めてこちらを振り返る。身長は俺の半分もなく、装備はほぼ丸腰だ。だがシビルを逃がそうという覚悟だけは本物であるらしい。


「そ、そんな、やだよ、イヤだ――」

「イケ! サッサトシロ!」


 悲痛な声をあげてごねるシビルに背中を向けたままガティが怒鳴る。

 びくりと震えたシビルは泣き喚きながらとてとてと走り出した。


「……生キロ、幸セニ」


 背中を一瞥とくれることなくガティが呟く。一秒でも食い止めてやると、その目はこちらから離れなかった。

 え? なに? ガティ、カッコ良すぎだろお前。見直したぜこの野郎、シビルのガキとは大違いだ。ゴブリン? んなこたあ関係ねェ、ガティ、テメェは今種族の垣根を踏み倒したぜ。

 男だ、漢になったんだ、ガティ。テメェは漢なんだよ。


 だが、覚悟を決めた漢に、生半可な対応をするのは俺の魂に反する。死の覚悟には死を持って応えるのが礼儀だ。

 ガティ、テメェのハートは俺のソウルに刻んでおくぜ。


「ま、まって! やめて!」


 静止の声をかけたのはまた別の少女だ。ピョコピョコと頭に生えた耳と腰から逆立つ尾っぽ、ケモミミ少女の襲来か。


「ティナ、来ルナ!」


 そうだぜ嬢ちゃん、アキバ系男子ならまだ分からないがな、俺を黙らせるならケモミミじゃ足りねぇ。なんで耳と小尾だけ猫なんだよ、って突っ込めるタイプなんだ。わりぃな。

 後それ耳は四つなのか見せてもらっていいか?


「やめて! やめてやめてやめて!」


 悲痛な声をあげて猫耳少女ティナは俺たちの間に割り入る。

 チッ、女に手をあげるのは趣味じゃねぇんだがな。どうやらこいつらまだ他にもいそうな感じだな。

 と、そんなことを考えてると、


「――あっ」


 ガティが乱暴にティナを掴むと後ろへ投げた。服が千切れる音がしてティナは地面に転び、どうして、とガティを見る。


「失セロ!! 今スグ、イケ!!」


 怒気も露わにガティが叫ぶ。だがティナはそこで我慢の限界がきたのか、ふぇ、ふぇ、と奇妙な音を出してから一気に決壊した。

 獣男と小鬼が睨み合う中、猫耳少女の泣き声が響く。


「クックッ、どうしてなかなか、面白くなってきたじゃねェかよ。なあエンキドゥ」

「ケッケッケッ」


 エンキドゥはずっと俺の頭の上にいた。手伝えよ、とはもはや言うつもりはない。人生割り切ることは大事である。


「ガティ、覚悟はいいな? 恨むなら、あのガキを恨むんだぜ」

「やめてーー!!」


 ティナが涙と鼻水で顔をくちゃくちゃにして絶叫した。女の悲鳴はどうしてこうも耳をつくのか。


「何やってんのこのバカーー!!」


 スパーンと俺の頭にいい音がなる。

 この声はマミか。振り返ると鬼の形相をしたマミと呆れた様子のレックスが立っていた。


「何をする」

「何をする、ですって! 小さい子供を追い詰めいじめて、よくそんなすましたセリフができるわね!」


 前を見ると相変わらず大泣きするティナと、それを庇うようにして立つガティ。それに詰め寄る俺。

 確かに、絵面だけ見ればそうかもしれない。


「ちげぇな、借したもんを取りにきただけだ。俺ァ悪くねぇぜ」

「ギル、ガキ相手になにをムキになってる。女の子が泣いているだろう」


 チッ、ロリコンめ。レックスは自分では頑なに認めないがそっちのケがある。

 俺は下手にロリコンだろうがマザコンだろうが悪いなんざ思っちゃいない。むしろ、社会的な情勢に反するその志には敬意を評したくなる思いだ。

 だが、自分を偽るのはいただけねぇ。


「で、いったい何があったのよ」


 ぶつくさと原因究明を促すマミが俺に詰め寄った。


「500Gだ!」

「は?」

「500Gを盗まれた!」

「はぁ!?」


 マミの発言にあのクソガキのことを思い出す。一番の元凶がおめおめと逃げやがって。

 察しの悪いマミに切々とあのクソガキが俺からスリを働きあまつさえ逃亡を試みたことを語ってやった。

 するとマミは憐れむような視線をこちらに向けてくる。


「たったそれだけのことで……人はこれほど狂えるものなの?」


 たったそれだけのことだと!? 

 聞き捨てならない言葉だ。さてはこの女、温室育ちの富裕層だな。金を金とも思わぬ悪辣極まる思考の持ち主か。


「もういいだろ。こんなガキども放っといて他でも回るぞ。時間は有限だ」


 レックスが面倒になったのかため息を吐いて投げやりな言葉を発する。


「この子たち困ってるみたいだし、何かしてあげられたらいいのだけど」


 マミがそう言うとレックスが何行ってんだこいつと言わんばかりに胡乱な目をした。


「却下だ。他人の懐をくすねるガキに助けなどいらん。ゴキブリみたいにしぶとく生きるだろ」

「全くだぜ。それより500Gだ。あのクソガキはどこに行きやがった」

「あなた達、本当に血が通ってるの!?」


 悲鳴をあげるマミを無視して俺はガティを睨んで唸り声をあげる。後ろに隠れたティナがびくりと体を震わせた。


「お待ちください!」


 と、そこで新たに声が響く。鈴が鳴るような綺麗な声だ。

 俺はまだガキがいたのかと、レックスはいい加減うんざりといった具合にそちらを振り向き、そして、硬直した。


「先生!」


 泣いていた猫耳少女ティナが希望を見出したように縋りつくような声を出す。

 だが、俺たちは既に外界の音を遮断していた。五感のうち四つを放棄し、残されたひとつに全力を注ぐ。


 絹のように彼女に合わせて上下に舞う、月の光を湛えた腰まで伸びた白金の長髪。

 陶器よりも繊細で、それでいて人の温もりと柔らかさを忘れぬ赤みがかった白い肌。

 着込んだ質素な服、しかしどんな宝石よりも美しいサファイアの瞳の魅力がより一層に際立つ。


「お待ちください、お客人方! どうぞ、どうぞ我らの謝罪をお聞きください!」


 ちょこんと尖った耳が特徴のエルフ少女はここまで走ってきたのか苦しそうにしながらも胸に手を当ててしとりと腰を折った。

 小学生ほどの見た目にも関わらず、そこにあるのはまさしく人智を超えた究極の美。


 突然の美少女の襲来に俺たちは呆然として動けずにいた。


「お怒りのこととは存じております。我が子がなした罪に貴方の憤怒、もっともです。しかし、私は願い申し上げます。どうぞそのお怒り、今一度鎮めて頂ければ」


 エルフ少女は鎮痛な面持ちを浮かべると俺の前の地べたに座り手を組んで祈りの仕草をした。

 ハッと現世に復帰した俺はエルフ美少女の勢い一歩下がってしまう。


「お、おう。そんなに、怒ってるわけでもないしな。たかが子供のしたことだ」

「ギル、それでもお前は大人気なかったぞ。しっかりと謝るべきだ」

「……あなた達って」


 マミの冷たい声が聞こえたが俺たちはそれを勤めて聞こえないフリをする。その裏には面倒だからではなく後ろ暗いからという悲しい事実が隠れていた。

 いや、だってさ。なに? エルフ美少女にここまで懇願されて許せない男とかいる?


「ありがとうございます。貴方がたのご容赦と深い慈悲に感謝を。神様の愛が、貴方達にもありますように……」


 ――チュドン!


 たおやかに紡がれた、全てを包むような慈母の微笑み。

 あどけなさと、儚さと、清楚さに、彼女の美しさがかけ算ではなく乗式に組み合わさったその破壊力。


「ぐわぁぁああ!!」「ぬおぉぉああ!!」

「なにごと!?」


 心臓を貫かれた俺とレックスは血反吐を撒き散らして地面に倒れ伏した。




 嗚呼、神よ。

 幼女は偉大だ。

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