騎乗戦
「よおきただ。あんたら馬さ欲しいか、借りたいだか?」
オリジンの街北門を出て外壁近くにある馬屋、そこに控えていたのはずいぶんと田舎くさ――特徴的な喋り方をする小太りの男。
「馬を借りたい、ニルの村まで頼めるか?」
「空駆ける天馬はありまして?」
「巨躯の黒馬はいるか?」
矢継ぎ早に飛ばされた質問にたいして男は一人にだけ対応するという形で応対してみせた。
「ニルの村までだか? そんだら500Gになるだよ」
「問題ない、お前ら自分で払え」
「心が狭いのね」
「ケチ臭ェ野郎だ」
「ケケッキー」
相次ぐ批判をレックスはスルーしてアイテムボックスから硬貨を取り出す。お金はアイテム扱いなのだ。
馬屋では馬の購入または登録、そして今からするレンタルなど馬に関することが様々に出来る。まだ少し遠い話ではあるがマイホースは移動はもちろん、荷運びクエストや戦闘でも大活躍する相棒たり得る存在だ。
馬の登録では野性に暮らす逞しい強馬を捕まえて自分の馬とすることが出来る。
敵を蹴散らし踏み潰すような荒々しい漆黒の巨馬を捕らえることは俺の目標のひとつだったりする。まあそれも先の話だ。マイホースを持つには色々と面倒らしい。
「馬は〈デカイ〉のと〈それなり〉と〈小さい〉がいるだ。あんたらどれがいいだ?」
「どんな違いがあるんだ?」
「んだ、デカイとやっぱ力さつえぇし丈夫だよ。でも走るのちっと苦手だ。
普通のは走るのはえぇし体力もあってみんな使ってる。初心者はこいつをオススメするだ。
ちっさいのとっても小回りきくだ。魔法さ使う人好んで使うけど、あんまし重いの乗せちゃダメだ」
とその男、名前はジョナタンらしい、が説明する。かなりアバウトな感じだが俺としてはそっちの方が分かりやすい。
馬にはそれぞれの個体によって性能の違いがある。その中でも馬種によって大まかに〈重種〉〈中間種〉〈軽種〉の三つに分けられている。その違いは今ジョナタンがしてくれたとおりだが突き詰めれば細かい違いもあるらしい。本当にこだわっていることだ。
俺としてはもちろん重種を選びたかったが厄介なゴブリンとの慣れない騎乗戦が待ち受けてるので泣く泣く軽種となった。俺の避けが中心である職業と短剣という武器のリーチの問題でその選択しかなかったのだ。
ちなみにマミも軽種、レックスは中間種である。
「よし、この三頭さ使えだ。オラの方からペニー、リーラ、ヴェスタロッサという名前さ。どれも大人しくて賢いだよ」
これはヴェスタロッサに突っ込めばいいのか、どうなのか。
ペニーが中間種の鹿毛色、明るい茶褐色でいわゆる皆も良く知るそれであろうか。こいつはレックスが乗馬する。
リーラは青毛、太陽がよく映える真っ黒な馬だ。なんだか妙にかっこいい。騎乗者はマミ、ちょっと悔しい。
そして俺を乗せてくれるのは砂漠のような黄褐色の河原毛、顔に丸い白斑をつけたヴェスタロッサ。高貴そうな名前だが同じ軽種であるリーラとあまり違いは感じられない。どちらかといえばリーラの方が優雅な雰囲気を持ち合わせている。
「よろしく頼むぜヴェスタロッサ。俺はギルガメッシュだ」
スキンシップを兼ねた自己紹介、首を撫でてみるも嫌がるような素ぶりは見せない。購入やレンタルで借りる馬は人に慣らされてて非常に扱いやすい、らしい。
野生馬は荒々しいのが多くご主人の命令をなかなか聞いてくれないそうだ。だが共に大地を駆け抜け多くの時間を過ごすことで次第に懐いてくる。浪漫だ、絶対に最高のマイホースをてにいれよう。
「馬に乗るのは初めてだか? オラ乗り方も教えてやるけど、どうするだ?」
「お、そいつはありがてェ、ご教授願うぜ」
「任せろだ」
といってもさすがに専門的なことが必要な訳ではない。これは楽しむためのゲームなのだ、ある程度に簡易化されている。
乗馬に必要な道具、このゲームで必要となるのは鞍と鐙にハミ。
鞍はもちろん馬上での安定と脚の負担軽減のために馬の背中につけるあれだ。このゲームでは負担は関係ないので安定性とデザインに尽きる。
鐙は足を乗せるために馬の横腹に吊るされている。この上に立つようにして馬に乗るのだ。ジョナタン先生曰く、鐙に頼りすぎずケツを使ってバランスをとれとのこと。それに慣れれば両手を使った騎乗戦もこなせるようになると言っていた。
馬の制御最大の貢献者たるハミ、このゲームでも操作の主軸を担っているのは変わりない。手綱と一括りで考えてしまっても問題はないだろう。
馬の操作は非常に簡単だ。足で横腹を叩くことで馬は歩き出す。もう一回叩けば走り出し、さらに叩けば襲歩となるが、当然ながら連続しての襲歩はできない。
手綱を左に引けば左に、右に引けば右に進む。両方同時に引くことでブレーキをかけれる。
ジョナタン先生からの説明はこんなところだ。後は習うより慣れろ、実際に乗るのが一番だろう。
「あんまり痛い思いをすると逃げ出しちゃうだよ。大切にして欲しいだ。それじゃあいってらっしゃいだ」
「ありがどう」
「娘さんは無事届けるぜ」
「神の加護あれ」
てんでんバラバラな挨拶を残して俺たちは馬に乗った。馬上からの目線は思ったよりもずっと高く奇妙な感覚だ。横腹を二回叩きニルの村へ向けて駆け出す。
踏み固められた地面を固い馬の四つの蹄がリズムよく叩いては跳ねてゆく。昔からこの蹄が鳴らす音が好きだった。聴いているだけで如何とも形容しがたい心地良さがあるのだ。
「気持ちいいわね。新たな冒険への風を感じるわ」
「分かるじゃねェか、初めて同意見だ」
馬の背に揺られるマミの呟きに賛同する。これが現実なら舌を噛むぞと叱られかねないがそのような心配もない。
ラージ大平原に広がる波打つ草原、方々ではいつか見たモンスターがのんびりと草を食んでいたり他のプレイヤーが戦っていたりと、どことなく牧歌的なものを感じさせる。
「ニルの村へはこの一本道を進み続ければ辿り着くそうだ。問題は――」
「ゴブ公ども、だろ?」
「そうだ。途中森に挟まれた場所がある。奴らはそこで待ち伏せしているらしい」
「旅の道路は人の道、それを阻むものはわたしとて容赦しないわ」
「でもよ、この編成はマズイかもな」
そう言ってレックスとマミを見る。当然ながら騎乗戦はあまりに勝手が違う。スキルもまともに使えないし慣れない俺たちでは武器を振ることさえ大変だ。魔術士がいたら楽そうだが無法者と騎乗戦は最悪に相性が悪そうである。
「まあ、いざとなりゃ全力で逃げればいい。森を抜ければ追ってこないそうだからな」
レックスは地平線に見える小さな森を睨みつけている。逃げるが勝ち、ではないが目的は倒すことではないからそれもありかもな。俺としては敵前逃亡など許しがたいが。
時は早いもので、林立する針葉樹の木々、その間に挟まれた街道を俺たちは駆けていた。
「来たぞ! 気張れよ!」
レックスの声に合わせて左手の暗い木々の隙間から猪に乗ったゴブリンが飛び出す。数はこちらと同じ三頭三体、粗末な剣を二体が、弓を一体が手に持っていた。
猪は土色のささくれ立った荒々しい体毛に身を包み短くも逞しい脚で地を蹴りこちらに追いすがってくる。一メートルほどの体高、二つの槍のような牙が生えた巨大な猪だ。
その上で道具もなしに跳ねるようにして危うげながらも猪を乗りこなすゴブリン。森と同じ薄暗い緑の汚れた肌の上に原始的な毛皮の腰巻をつけている。かつて見たあの小さなゴブリンとは打って変わって可愛くない。ギャイギャイと喚く姿にはエンキドゥに似通ったものを感じる。
「〈岩肌〉!」
意外にも素早く動き出したのはマミ、彼女の振るう棒の先端から琥珀の光が走りレックスを包む。
「俺は剣持ちをできるだけ引きつける! お前らは二人で弓の奴を倒してくれ!」
「おうよ!」
「任せなさい!」
ブォォオー! と猛る巨躯の猪がゴブリンに駆られスピードを上げる。鋭い二つの牙が馬を射殺さんとばかりの怒涛の突進だ。
俺は左手に、レックスとマミは右手に別れてそれを避ける。土煙を巻き上げ通りすぎ、再びきたもう一頭の突進をレックスとマミがさらに別れて避ける。
「頼むぞ!」
そう言うとレックスは襲歩をかけて通り抜けた猪へと迫った。
俺も役目を果たさねば。両の手綱を引き速度を落とす。弓持ちのゴブリンは無理に迫ることなく揺れる猪の上で弓を構えている。
「〈浄威〉、わたしサポートだから、よろしく」
「おい!」
マミのスキルで俺の腕に赤い光が纏わりつく、攻撃補助スキルか。そしてさっきの威勢よい返事はなんだったのか、マミは無責任なセリフをほざいて俺たちから距離をとる。
「あ、気をつけて! 狙ってるわ! え、こ、こっち! まっ――」
「ヒヒィィン!!」
「あぁあああ!??」
ゴブリンが放った矢は鋭く空を飛び慌てふためく頼りない騎乗者を乗せたリーラの尻に突き刺さる。痛いのか暴走気味なリーラに振り落とされまいとマミは必死だ。
「リ、リーラ、おち、ついて、いたいのいたいの、トんでっけー!」
「ブルルル!!」
「あわわゴメン、ゴメンね!」
サァァと光の粉がリーラを包みその傷を癒す。スキルを使ったのはもちろん阿呆ではない、リーラの頭の上に坐する彼女の先導者、ウサたんの君であらせられる。
マミはウサたんに任せとけば大丈夫だろう。
「ギィッ!」
「ち、近いってこの野郎!〈投擲〉」
距離が狭まったこちらへと狙いを変えたゴブリンにナイフを投げる。移りゆく景色の中で慣性に従ったナイフは少しズレたがしっかりとゴブリンの肩に刺さった。
「ゲヘヘッ」
「ギィア!?」
ゴブリンと間違えそうな下品な声が頭上から聞こえる。だが放たれた炎の矢は正確無比、顔面のど真ん中を打ち抜き広がる烈火が顔を燃やす。
「へッ、やるなエンキドゥ! ザマァみそ汁だ――うぉ!?」
「ギィアア!」
攻撃を受けて怒ったゴブリンが猪をこちらに疾駆させる。攻撃しようと無闇に近づいていたので慌てて回避行動に移るも間に合わない!
「フェエエェーーイ!!」
「ヴェスタロッサーーイ!」
「〈治癒の光〉、なんで楽しそうなのよ!」
「どこがだ!」
拍車をかけて前へと出たゴブ公に迫る。至近距離でこちらに弓を番えたがエンキドゥから撃たれた火炎の球がそれを防ぐ。
「流石だぜ盟友よ!〈毒の歯牙〉」
薄紫の燐光纏うダガーの切っ先を横に並んだ勢いでゴブリンに刺す。
「〈迅苦〉!」
「ギィ!」
続けてスキルを放つ、がゴブリンも今までの相手とは違ってすぐさまこちらに反撃してくる。素手で矢を掴むとこちらへぶん投げる至近距離の投擲、腹に刺さった粗末な矢に鋭い痛みが走る。
「クーッ! やるなチビ助!」
「ブォォオー!」
猪が雄叫びをあげる。反射で手綱を引き離れると同時に鋭利な牙が唸りを上げて顔に合わせて振られ俺の耳を掠める。
「こっちを向きなさい!〈打点〉!」
「ギィアア!?」
クルリと木の棒を一回転、そして如意棒のごとく真っ直ぐに繰り出される突きがゴブリンの顔を穿つ。それをモロに喰らったゴブリンは体力が切れたのか勢いのままに吹っ飛び地面に投げ出された。回転しながらバウンドをし、光となってこちらに飛んでくる。
「ほぉ、やるなマミ。見直したぜ」
「ふっ、こんなの夕餉前よ」
「けっこうガッツリだな」
前方では二組を相手にレックスが大立ち回りをしている、となってたら楽だが片手しか使えないレックスは攻撃を捨てて必死に小盾で剣を防いでいた。そもそも馬上なので立ち回りもあったものではないのだが。
「おい、早くきてくれ! ヒール薬がもうマズイ!」
「ったくピーピー鳴きやがって」
「今こそ使命の時!」
レックスは左後方と右前方から挟まれる形で攻撃を受けておりほとんど前方にしか対応できていない。小竜のワイドも肩の上で必死に小さな火のブレスを吐いてるがそれほど効果はないようだ。
「〈風来坊〉クックッ、いくぜエンキドゥ」
「ゲギャッ!」
「ちょっと何やって――!」
スキルに応えて風の衣が身を吹き抜ける。そして俺はゴブリンのいなくなった猪へと隣接し、ヴェスタロッサの背に足をかけて――跳ぶ!
「――このバカぁぁ!!」
「うらぁぁあ!!!」
底上げされたMOVによって強力なバネ仕込みとなった脚を一気に解放する。高速で宙を舞う肝が浮くような感覚が全身を襲い妙に時間がゆっくりと感じる。そして騎乗者もなく走り続ける猪の背を、掴んだ。
「あでででで!」
「なにやってんのよこのバカぁ!」
背中の毛になんとか捕まったものの足を地面に引きずられチリチリとした痛みが続く。慌てて体を引き上げその大きな背中に乗っかる。
「ブォォオーーウ!!!」
「ぬわぁぁ!?」
「ゲヒャーーイ!!」
知らない者が背中に乗っているのが気に喰わないのか、猪は大きな叫び声をあげて猛烈なダッシュを始めた。馬のように腿で挟むこともできず牙を掴んでなんとか耐える。体は何度も打ち付けられるように跳ね回って乗りこなせる気がしない。
「マミー! ヴェスタロッサ、頼む!」
「覚えてなさいよ!」
「今日だけはな! いけェ、ヴィーナス!」
「どんな名前つけてんのよ!?」
俺の合図で、と言うわけでもないが暴走した猪、ヴィーナスは荒々しくレックスたちへと突っ込んでいく。
「はぁぁ!? お前なにやってんの!?」
「ドケやオラァ!!」
「ゲッヒャア!」
二本の牙が猪のケツにえぐりこみ血を撒き散らす。かなりのダメージが入ったのか穿たれた猪は堪らず暴走を始める。
さらに追い討ちとばかりにエンキドゥから炎の奔流が吹き荒れる。それはレックスを包み反対にいるゴブリンと猪までをも燃え上がらせる。
「ぶふぉっ、見えねぇだろ、クソが!」
レックスが罵声と共に盾を投げつけ今日初仕事ととなる剣を手に持つ。
「〈カットスラスト〉!」
炎を切り裂く高速の二連撃が切っ先の軌跡を残してゴブリンを斬る。腹の二本の寸断線から血が舞っては置いてかれてゆく。
「〈ポイントスタブ〉!」
続けて放たれるフェンシングのような鋭利な刃物の突きがゴブリンの顔を串刺しに仕留める。
「さんざいたぶってくれてありがとよ、こいつが礼だ!〈グランドフォース〉!」
レックスが掲げた剣に蒼海の燐光が集う。引きつけられる光の粒子にその勢いは増し、慌てて剣を振るうゴブリン目掛けて一気に振り下ろされた。
「ギィアアーッ!!」
「ブォォオー!」
集った光は一気に弾けて衝撃を伴う爆発を起こす。ゴブリンは吹っ飛びもんどりうってそのまま光に帰り、猪も横倒れで地を滑る。
あんなカッコいいスキル使えるなら俺も戦士にしとけば良かったとか思ってみたりみなかったり、いや俺は姐御に会えたこと、それだけで十分だ。
「あ、アイツ逃げるわよ!」
追いついてきたマミが前方を指差すとそっちにはあの暴走した猪が、ゴブリンはなんとかして持ち直したのか薄暗い木々の隙間へと帰ってゆく。ちなみに俺が乗ってるヴィーナスも絶賛暴走中である。
「チッ、ブチ殺してやろうと思ったのによ」
「レックスって口悪いわね」
「仲間置いて、逃げるたァ、ゴブの風上にも、置けんヤツだぜ」
「どんなゴブでも置きたくないわね」
「……ギル、いつまで乗ってるつもりだ」
ヴィーナスは止まらない止まれない。俺の体も打ち上げられた魚のように暴れている。
「じゃあな、このまま行くぜ」
「ゲヒャヒャヒャ!」
道を走ってくれてるのでとりあえずは乗っておこう。というか、降りたくないです。怖くて降りれないなんて、口が裂けても言えません。
次はストーリーも入ります。




