別れと出会い
ここで区切りです。次はしばらく時間がかかりそうです。
「しかし、これからどうするかな」
屋台に売られていた焼き鳥の串焼きを両手に持って悩む。エンキドゥにも買ってやったので後ろでギャイギャイと騒いで肉汁を撒き散らしていた。
「はふ、どーする、とは?」
熱々の焼き鳥を懸命に頬張りながら禁書さんがこちらを見てくる。ガイア嬢だけは何も食べずにしずしずと俺たちについて来ていた。そもそも何か食べるのか疑問だが。
「具体的な行動指針の話だ。このままオリジンの街にいるのも悪くはないがな、モンスターもたいしたヤツはいないしな、他の場所にも行ってみたい」
それを聞いて怪訝そうな顔になった禁書さんが熱々の焼き鳥をはふはふ言いながら一旦飲みこむ。
「転移石って知ってますか?」
「なに?」
「転移石です。その様子じゃ知りませんね。読んで字のごとく、プレイヤーが街から街へとワープできる石ですよ」
「なんだと!?」
そんな便利なものがあったとは! まあだが、そういった移動手段がなければ不便すぎるのも確かだ。これはあくまでゲームなのだから、と言うわけか。
「問題解決ですね。少しは情報を集めた方が良いですよ」
「ぐぬ……俺ァ五体さえありゃイイんだよ。それさえありゃなんとかなんだ」
「へぇ、でもそういったプレイスタイルの人もいなくはないですからね。少数派でしょうけど。私としてはそういうのは憧れますねぇ、普通の人の数倍は楽しんでそうで」
「ん? 禁書さんもそうすりゃいいだろ」
「やりたい仕事が性に合うかはまた別でしょう?」
禁書さんは苦笑気味に肩を上げてこちらを見た。
「それに、時間も限られてますからね。現実の仕事もありますし」
「……そうか。俺もガキのうちにしこたま遊んどかないとな」
やはり禁書さんは苦労人なのかもしれない。そんな禁書さんを見守るようにガイアが一歩近寄っていた。本当にできた子だ。
歩いているとやってきたのは芝生の生えた小さな公園である。禁書さんと最初に出会った場所だ。
「ギルさんには感謝してますよ、ホントに」
「どうした、感謝される覚えはないどころか俺は禁書さんに感謝してるぜ」
ゆったりと芝生に座り込んだ禁書さんの対面に俺も寝転がる。ガイアは隣へと、エンキドゥは肉がなくなった串を使ってフェンシングの練習を始めた。あいつに関しては無視の方向で行こう。
「いやね、このゲームを買ったのも元はと言えばもっと広々とした場所とかで本を読みたいと思って買ったんですよ」
「へぇ、そいつはなかなか粋な考えだと思うが?」
そんな理由で? と思わなくもないがそれを言うのは流石に失礼かと控えておく。俺とてなんでもかんでも当たっていく馬鹿ではないのである。
「まあ私も最初はそう思ってたんですけどね。読書しか趣味がないとはいえ、ずっと狭い一人用アパートで過ごしてるのも精神上よくないから、とそんな動機だったわけですよ」
「ほぅ。良いと思うぜ」
「ですが待ってるうちに年甲斐もなく冒険話に惹かれてしまいましてね、情けないと思いながらも色々と情報を調べあさって。今日なんて会社の休みまでとって遠足を待つ子供のように楽しみにしてましたからね。
実際、最初の目的通り本も読んでみましたが、家で読むのと大差はなかったです」
そういってまた苦笑する禁書さん。俺に仕事のことが分かる訳でもないが、禁書さんが新しいゲームを前に期待で胸を膨らませることが間違ってないとは断言できる。逆にそれがなければ、それこそ悲しいことだろう。
「それで、ギルさんに声をかけられたわけですね。もしかしたら、私は誰かに話しかけられるのを待っていたのかもしれない。それでやっぱり、久しぶりに誰かと気軽にふざけたりするのは、楽しかったです。
だから、ありがとうございます。ギルガメッシュさん」
「寄せよそんな小っ恥ずかしいこと、ケツの穴が痒くなるぜ」
ほとんど俺がふざけて禁書さんが諌めていたように思うのだが、禁書さんが楽しめたならそれで良いだろう。
「あぁ、禁書さん、こんな水臭い話をした後に言うのもなんだが、俺はフレンドを作らない方針なんだ。一期一会方式ってヤツだな」
「へぇ、また変わった遊び方ですね。本当にギルさんは楽しそうだ」
「ま、でも禁書さんは心の中では俺の先輩、いや先生だぜ」
「やめてくださいよ先生なんて。ケツの穴がむず痒いです」
ニヤリと禁書さんが笑った。それを聞いて俺も思わず口の端をつりあげる。禁書さんが下世話な言い回しを使ったのは初めてのことだ。
「それでは、お別れといきましょうか。私も実は、結構恥ずかしかったので。冷や汗はさすがに出なくてよかった」
「クックッ、楽しめよ禁書さん、仕事も遊びも頑張ってくれ!」
「遊びも頑張る、ですか。ゆっくり息もつけませんね」
そう言いながらも禁書さんの顔はどこか楽しそうだ。遊べる時は全力で遊ぶ、休憩なんてほんのたまにで良いではないか。もちろんこれは俺の勝手な論理ではあるが、禁書さんならそのまま鵜呑みにすることもなくそんなやり方もあるかな、と検討しながら使い分けててくれるだろう。
「まあ頑張りますよ。あ、それと、お年寄りには敬意を持ってくださいね」
「おいおいこう見えても俺は常識人だぜ? ご老体は労るさ」
「メルギナさんも、ですよ!」
「あれは、また別の話だぜ。いや、別の種族か? おそらく北西の雷山に棲まう山姥族――」
「ギルさん?」
ずいっと禁書さんが顔を近づけてくる。にっこりと笑っているがその目は冷ややかで寒風が吹き荒ぶものだ。危険である。そしてガイア、真似するな。
「わーたよ、あのバアさんの前でも良い子ちゃんでいればいいんだろ?」
「えぇそうです。捨てられた仔犬みたいにクンクン鳴いてりゃいいんです。それと、メルギナさんに貰ったあのオルゴール、各地の音楽を記録したりもできるみたいです。失われた古代遺産ですね、たまには聞かせてあげてください、きっと喜びますよ」
「禁書さんがやりゎあ――」
「ギルさんがやることに、意味があるんです」
スッパリと禁書さんが断言してみせる。有無を言わさぬ口調だ、ガイアの尻に敷かれていた時とは大違いである。
「分かりました?」
「……へいへい。突然母ちゃんみたくなりやがって」
「ちょっとぐらい、人生の先輩としてカッコつけたかったんですよ」
アハハと禁書さんが快活に笑った。変なことを押し付けられて俺としては唸るばかりだ。
「では、また会いましょう流離いのギルさん」
「おう、またな禁書さん」
パタパタとガイアが片手をあげて淑やかに手を振る。その手首には、見覚えのあるルビーのついた金色のブレスレットが。土色の地味な肌と、みずいろのワンピースの中で、ちょっと派手な色合いであるそのブレスレットは意外なほどに似合っていた。
ガイア嬢はいつのまにかあの吝嗇家のケがある我が盟友より、大事なキラキラを貰っていたらしい。偽物といえどエンキドゥはあれのために頭まで下げたのだ。
サァッと禁書さんとガイアの足元から光が立ち昇り、その体を包んでいく。ログイン同様、ログアウト時も逆の手順で消えるのである。
ついっと顔を横に向けると、ツンッとエンキドゥは顔を背けた。決してツンデレではない。そうだとしても嬉しくない、というか恐怖である。
だが照れているという点ではやはりツンデレであるのか、その定義はいまいち俺には定かではない。
「……あげたのか?」
「ケッ!」
俺の勝手だろ! そんな雰囲気である。まあタダで貰ったものだし誰かにあげてしまうのは全然構わないが、守銭奴エンキドゥがそんなことをすれば気になるじゃあないか。
まあでも、確かに仲は良さそうだったしな。友達への贈り物か。恋人へのプレゼントではないだろう。
そう考えながらニヤニヤとエンキドゥを眺めていると壺の中からバクダンを取り出した。亜高速でログアウトしたのは当然である。
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男がいる。噴水広場の真ん中に、おっとりとした顔とは対照的な炎のごとく燃える赤髪を風に揺らして、同じく紅蓮の瞳をキョロキョロと忙しなく動かしている十歳後半の見た目をした青年だ。服装は、皮鎧一式で揃えてあるが頭には何も被ってない。腰に吊るされた剣は鞘に納められており、その上に木製の軽盾が被さっていた。
ぬっと人混みの中を、その青年へ向けてぬいぬい進む獣が一匹。俺である。
「おうアンちゃん、そんな首を長くしてどうした、デートか?」
突然話しかけられた青年はギョッとした様子でこちらを振り向く。
「あ、いや、人を待ってるんです。彼女じゃないけど」
「ほぉう? アンちゃんもしかしてそっちのタイプかい? 苦労してるねェ」
「え? い、いや! 違います! ただの友人です!」
思わずといった感じで青年は大声で反論する。それもそうだろう、突然見知らぬ人に変な疑いを持たれたのだ。周りの人は叫びだした青年を興味深げに眺めている。
「友人、かァ。人を待たせるたァまたダメな野郎だな」
「はは、たしかにもう予定の時間は十数分オーバーですよ。なんとか約束は取り付けたんだけどやっぱさぼりやがったかな、アイツ」
青年は癖なのか顎をさすりながら下を向いて考えこんだ。上から見るとよく映える赤髪はピョンピョンと飛び跳ねてるのが分かる。
「そんなヤツほっときゃあイインだよ。約束だって無理やりさせたんだろ?」
「まあ、多少強引には。俺は一期一会のアウトローだぜ、とか訳の分からん言い訳するもんだからちょっと脅して」
「アンちゃん、脅しはいかんぜ、脅しはな。そいつが思わぬ溝を作ることだって、あるんだぜ。頼みごとをする時は、真摯な姿勢で、目的をハッキリと伝えて、手前の頭を下げにゃならんのよ。分かるか?」
「……は、はぁ」
「そいでもやっちまったもんは仕方がねェ、つぎそいつに会った時にちゃんと謝りな。謝る、ってのは並みの野郎にゃ中々できることじゃあないぜ。謝罪ができて、初めて一人前ってワケだな。分かったか?」
「は、はい。そうかもしれません」
青年はなぜか説教をかまされてることに疑問を挟む余地もなく、勢いに流されるまま返事をする。
それを聞いて俺の口元はニヤリとつり上がった。
「ほいじゃあ、頭を下げてもるうとするかァ!」
「――は?」
「は、じゃあねェだろ。ンなもんはお前の口の中に二十個ほど詰まってやがる。反省の心を学んだようだし、お前の謝罪を聞き入れてやる、って言ってんだよ」
「……おまえ、平沼か!」
「ケッ、誰だそのしけた名前の野郎は。俺の名前はギルガメッシュ、伝説の再来、諸王の王、剣風担う獣の覇者だ!」
フンと腕を組んで胸を張るも目の前からの視線は冷たい。ついでに周りからの視線は奇異な動物を見るそれである。
「で、遅れてきたことへの言い訳はあるのか?」
赤髪の青年、改めプレイヤーネームは〈レックス〉は俺のリアルの友人である。俺にはこのゲームの情報を伝えて半強制的に購入させた張本人であり、この度もまた脅しと共にゲーム内で会う約束をさせた人物でもある。
「おいおいアンちゃん、話を聞いてたのかい? 親しき仲にも礼儀あり、だぜ。ちゃんと謝罪をだな――」
「で、このくだらない茶番劇のためにか?」
ゴウッと紅蓮の瞳の火勢が増す。心なしかゆらりゆらりと燃える髪には蜃気楼が見えた。地獄の鬼はお怒りである。焔の歯車で俺を轢き殺すつもりかもしれない。
あぁ、聖愛なるガイア嬢がここにいれば。その慈愛の心で地獄の業火も包めたろうに。
「ま、まあなんだ。ついぞさっき俺の腹が苦しみだしてな。ありゃあ尋常な苦しみ方じゃなかったな、うん。俺ァ慌てて聖域に入ったんだが、相手は特大サイズの悪魔でな。最近は聖騎士たちも色々と忙しい――」
「反省の色はないみたいだな。けったくそ悪いクソほどの価値もねぇクソ話しやがって、テメェのケツは縫いとめなきゃ黙ってられねぇのか、あぁん?」
「ケ、ケツの穴が引き締まるぜ」
レックスのタチの悪い脅しに俺は慌ててお尻を隠す。モサモサの尻尾に手が触れた。
こいつには色々と借りがある。講義をサボ――ゲフンゲフン、とにかく、頼まれたら断れないぐらいには借りが溜まってるのである。
「チッ、まあいい。それで、平沼は職業何にしたんだ?」
「平沼じゃあねェ、ギルガメッシュだ」
「はいはいギルガメッシュは何にした?」
「無法者だ」
フンと俺は再び腕を組んで言う。己の職に誇りあれ、である。
「無法者? また変なの選んだな。俺は無難に戦士だ」
「ケッ、血に塗れた野蛮人どもが。チャンチャンバラバラ遊んでやがれ」
ピキッ、とレックスのこめかみに鋭い雷が走った。目が据わっている。だが、今回は俺も引かんぜ。無法者を無下にされて黙っちゃあいねぇ。
「へぇ、よく言うな。無法者なんざ世間様の肥溜めかごみ捨て場だろう? そこらのイヌネコとどっちが賢いかねぇ?」
「んだと野郎! テメェら戦争大好きルナティッカーどもと違ってな、貧しさでも汚せない輝きがあんだよ!」
「へん、戦士は人々を守るために戦うんだぜ? 己の肉で魔物の爪を防ぎ、血と汗でもって田畑を潤す高潔な職業だ」
「フッフッフッ、甘いわね! 最も崇高で誇り高い職業は全世一致で僧侶よ! 時に奇跡を起こして人々を癒し、時に命に代えて安寧を死守する! 運命の導き手! 秩序の守護者! 全ての欲を捨て、ただひたすら徳のために生きる永遠の旅人、それこそ、僧侶なのよ!」
白いローブを羽織った銀髪の女性が細長い木の棍をブンブンと振り回しながら会話に乱入してきた。目が爛々と輝いていてとても高潔な僧侶には見えない。
そんなことより、である。俺が言おうと思ったその時、レックスが先を制して口を開いた。
「あんた誰?」
つまりは、そういうことだ。誰やねんオマエ。
微妙なところで締めて申し訳ないです。
時間があったら感想などもお願いします。




