昔のことよ
「ーーそいで、木の下に隠してあるってのかい?」
「えぇ、そうです」
長い間放置されていた庭は無秩序な自然の領域と化しており、どこにでも生える雑草が持ち前の雑草魂で支配領域を拡大していた。膝まで伸びたそれを踏み潰して掻き分けながら端っこにポツネンと生えている若木の元へと向かう。
「ったく庭の面倒ぐらい少しは見てやれよ」
ぶつくさと文句を垂れる俺を禁書さんは苦笑気味に見やって、
「まあ、雑草抜きって結構シンドイですからね。特に若くないと、腰にくるんです」
と自分の腰を叩きながらまたもやメルギナの弁護に入る。ただこの庭の惨状には多少目にあまるものがあったのか、やはり苦い笑顔ではあった。
幸い、若木の下は光が少ないのか、小さなものがピョコピョコと芽を出しているだけであったので掘り返す前に雑草むしりとはならなさそうだ。
「ここですね。ガイア、掘ってくれないか?」
了解! と敬礼のポーズをとったガイアがワンピースをたくし上げて屈み込む。下着は履いてないが俺の食指は動かない、動いてはいけない。
ガイアが青銅の剣の柄を使って崩した土を両手でお椀に包んで退かしていく。
小さな土の小山が出来た頃、お椀を持ち上げようとしていたガイアがピタリと止まった。
「どうした?」
「何かあったのかいガイア?」
俺と禁書さんの疑問に応えてなのか、再び動き出したガイアがゆっくりとお椀を退かした。
その下からノッソリと犬のような何かが顔を出してこちらを覗いている。
その口に咥えているのは、飾り気のない古そうな小箱だ。
「……あっ! 逃げた!」
ダッと突然土の中から抜け出したそいつは青々と生い茂る雑草の中に脱兎の如く逃げ出しいった。
「ギルさん!」
「あぁ見たぜ。あの野郎、他人様のもんを私物化しやがって。挽き肉にしてやらァ!」
「口が悪いですよ」
【クエスト: 遺された想い出】
〈カイル〉の隠したものをモンスターが持ち去ってしまった! モンスターを倒して取り返そう!
・討伐対象
〈ソイルバーグ〉
「出て来やがれ!」
小箱を咥えた魔物、ソイルバーグが突っ込んでいった草むらへと突撃する。
ガサササ、と背の高い雑草に完全に体を埋めたソイルバーグはすばしっこく逃げていく。かなり、足が速い。それにどこにいるかがほとんど分からない。
「禁書さん、焼き払ってくれよ!」
「無理です、草などの対象は破壊不可のオブジェです。出来たとしても、もれなく火事が起きますが」
「クソッ、厄介なチビめ!」
追いかける側から素早く距離を置かれてしまう。これでは拉致があかない。
「端に追い詰めましょう! そっちにそのまま追い立ててください!」
「おし! エンキドゥ、手伝え!」
「ゲギャッ!」
幸いなことに俺たちエンキドゥは揃ってスピード型だ。それでこのザマなのだから、他の職では大変そうだな。
「よし、〈ロックウォール〉!」
ドゴゴと地面から勢いよく出現する土の壁、その厚さは容易に壊せるものではない。端っこに追い込まれたソイルバーグの逃げ場が大きく減らされ一箇所に絞られる。
そして唯一の抜け道に立つのは、水色のワンピースを揺らし左手を麦わら帽子に添えたガイア嬢、だがその右手にはしっかりと青銅の剣が握られている。
「ガイア! 逃すなよ!」
急いで駆けつけて包囲網に参加する。相変わらずネズミのようなすばしっこい動きでこちらに突っ込んでくるソイルバーグへガイアの剣が振り下ろされる。
「クッ、〈速攻〉!」
惜しくもガイアの攻撃は外れた、動きが遅めの彼女には厳しかったようだ。
だが、今をして逃す手はない、スキルを使い、迫るは俊足の刺突、いつもより腰を屈めた低空飛行突きだ。
「〈迅苦〉!」
速攻の攻撃からお決まりのコンボへ。逃げを許さぬ迅速の斬撃を続いて入れる。
しかし、まだ体力が残ってるのかソイルバーグは包囲網の外へと駆けてゆく。
「戻れ!〈アクアプッシュ〉!」
それに即座に対応したのは禁書さんだ。土壁と塀の隙間から今にも広い庭へと逃げ出そうとしていたソイルドッグへ、遠くから放出された水の奔流が襲いかかる。軽い体はいとも容易くその激流に飲み込まれ押し戻された。
「ナイスだ禁書さん!」
「ゲギャッ!」
土壁の上からエンキドゥの声が、次には放たれた炎の弓矢が起き上がろうともがいていたソイルバーグの頭を撃ち抜いた。
ボシュッと犬のような奇妙な魔物はそれを最後に光となった。その光がそれぞれへと散った後、草むらの上に残れたのは、装飾もない粗末なひとつの小箱だけだ。
「これがカイルのお宝ってか、ずいぶんちっせえな。まあガキのことだ、腐ったアメ玉でも入ってんじゃないか?」
ひょいとエンキドゥがその小箱を両手で抱える。金目の気配でも感じたのだろうか。
「まあ開けてみましょうよ、それが一番です」
「ガキンチョども、あたしゃにも見せんさいな!」
「ったく喧しいババアだ」
メルギナのもとへと戻りエンキドゥが引ったくった小箱をメルギナに渡す。息子のものだ、依頼人でもあり母親でもあるメルギナが開けるのは筋である。
「開けるよ!」
威勢良く宣言したメルギナが返事も待たずに鍵を外して蓋を開ける。なんだかんだ言って興味津々の俺たちはすぐにその中を覗きこんだ。
「……なんだこりゃ」
喉から出てきた率直な感想はそんなものだ。驚きも感嘆もない。
箱の中に入っていたもの、それは金色の光沢を放つ金属だ。とは言っても立派な金塊ではなかった、その数多にひしめく金属はどれもが小さなパーツであったのだ。
箱の中で所狭しと複雑な様相を見せる金属片の群れ、しかしいったい何に使うものか、またもや皆目見当もつかない。
「あっ、コラ!」
と、突然ガイアが掴みやすく出っ張っていた部品のひとつを指で挟んでクルリと回した。禁書さんが慌てて呼び止めるもガイアは気にした様子がない。
「お!?」
ポロン、ポロン、と、表通りの喧騒からほど遠い静かな庭に、美しく優しい音色が響き渡る。
「ーーこれは?」
「あれまあ、カイルが大好きだった歌じゃないかい。……小さい頃はよく歌ってあげたねぇ」
メルギナがしみじみと懐かしそうな声をだして空を見やる。忘れていた思い出を少し取り戻したのか、俺にはそれはハッキリと分からない。
でもメルギナが蒼穹の瞳を揺らしながら、穏やかに目尻を下げる姿は初めて見たのは確かだ。刺々とした偏屈ババアは確かにかつて、深い愛情を持った女であったのだろう。
「……これが、精霊様のお気に入りの歌かね?」
「そうかもしれませんね、とても綺麗で、心が洗われます」
禁書さんがおっとりとした表情で呟く。
ポロリン、ポロポロ、と流れ出した甘やかな響きは止むこともなくこの場を満たす。風に乗って、天まで登り、地に染み入って、生命を潤す。包み込むような天空と大地の音色が沈黙を届けた。俺たちはしばらくの間、その場に佇んでいた。
「ふーん、それでこの歌を知ってる人かえ?」
「おう、そうだ。出来れば若くて生きのいい娘を頼む」
「誰でも良いので知りませんか?」
カイルの遺したものは彼の愛した音楽であった。これでクエストは終了のはずなのだがまだCLEARの英文字は現れていない。約束を守れ、ということである。
そこで俺たちが選んだ方法は「歌詞だって知らないしNPC探せばやってくれんじゃね?」というものだ。その心当たりをメルギナに聞いている。
「はん、そういうことなら任せな、ピッタリなのがいるよ!」
「おう、やるじゃねェかババア!」
「あたしゃこれでも昔は歌姫なんざ呼ばれとったからね! あたしゃの美声で数多の男を泣かせたもんよ!」
「おいババア、嘘は良くねぇ。どんなに歳食っても嘘は良くねぇぜ」
「じゃ、その精霊様の場所まであたしゃを運びな! ノロノロするんじゃないよこのグズども!」
「おい聞いてんのかババア!」
よっこらせ、とメルギナが近くにあったボロの荷車に乗りこむ。そしてクイッとアゴで前を指した。
押してけこの亀野郎、そう言いたいらしい。
「仕方ねェ、禁書さん、とっととこれを運ぶぞ」
「珍しく素直ですね、諦めましたか?」
「そうだな、もう無理だぜ。ゴミ箱は公園だったか? ったくめんどくせェ」
「ーーちょッ!!何言ってんですかあなたは!!」
またもや禁書さんが大声で叫んだ。これも最早、恒例行事となりつつある。
「おうババア、着いたぜ。だが一応警告しとくがな、あんたの嗄れ声で精霊様を枯らしちまわないようにな。俺は街の人々から一生恨まれるぜ、きっとな。『あぁ、どうしてそんな愚かなことを、貴方の頭にはプリンが詰まってるに違いありません』とかよ、まあ間違っちゃいねぇがな。いやちげェな、俺のはただのプリンじゃあねェ、カラメルソースをだなーー」
「ギルさん、黙っててください」
ぶつくさとうそぶいていた俺に禁書さんから鋭い止めの声がかかる。メルギナはほぇ? とか、はぁ? だとか腹立たしい聞き返しの仕方で道中の俺の戯言をほぼ聞き流していた。必要に応じて聾唖になれるらしい、便利なことだ。
『来てくれた。僕、待ってたよ』
「あぁ、悪いな精霊様。さっきおっかねぇ怪物に会っちまってな、どうも取り憑かれたようだ。ババアって言う怪物なんだが、浄化する方法をーー」
「はい精霊様、歌はともかくおそらく期待に添えるものは見つかりましたよ」
『うん、早く聴かせてほしいな』
ユラユラと大きな精霊の木がその葉を揺らす。禁書さんがメルギナに声をかけると、メルギナは小箱を片手におぼつかない足取りで精霊の木の麓へと歩いた。
「はぁ、立派なもんだねぇ。カイルがアンタを好きになったのが分かる気がするわい」
『おばあちゃんがお歌を歌ってくれるの?』
「そうさね、あたしゃが歌ったらあな。ずいぶん久しぶりだけど、まあ任せときんさい」
チリチリ、とメルギナが地面に置いた小箱を開けてメロディーを蘇らす歯車を回す。
ポロン、とひとつ。『あっ!』とその音を聞いてザワザワと嬉しそうに精霊様の葉が揺れる。
『うん、これだよ。僕、これが聞きたかったんだ!』
精霊様の喜びに白い花々がざわめきで応えた。石を投じた水面のように、風になびいて歓喜を表す。
ポロリンポロリン、だがそこに人の歌が添えられていない。メルギナは忘れ去られてくたびれた彫像のように、ただぽつんと腰を曲げて立ち尽くしているだけだ。
「ババア……ここにきてボケたか?」
「どうしたんでしょう、メルギーー」
禁書さんの言葉はそこで途絶えた。突如、空を割った透き通った声が、なんの知らせもなく告げられた彼女の命が、この空間を支配する。
『数多せしめし天空と大地に生けるものよ、我ら汝が慶を悦び、ここに生命の賛歌を宣らんとす』
いったいどこにそんな声音を隠していたのか、メルギナの喉から流れでるのは甘やかな水の厳然たる響き。俺の口は阿保みたくあんぐりと開きっぱなしだ。
『我らこの地に生を授かり、愛を戴き、恵を賜る。我らは汝が子、汝と育ち汝と在る。』
高らかに歌う、彼女の声は、天空の響きに合わせて人の矜持と調べとなり、大地と調和して親の愛を示す旋律となる。
ザアァッ、と純白踊る花吹雪が、春の嵐のように、メルギナの周りを包んだ。
「ーーは?」
開きっぱなしだった口の隙間から無意識にほろけた声がこぼれる。
純白の花弁が舞い散るその隙間から、踊るように歌を紡ぐ女性が見えた。曲がっていた腰はしっかりと伸びて、灰のように白茶けて寂れた白髪は情熱的に燃え広がる炎となって、幻想の中で歌っている。
『此処に歌す! 神光給いて不夜に安寧を! 暗夜をもって日輪を沈めん! 生ける万物栄光あれ!』
目を見張ってそれをよく見ようとした時には、調べに合わせて歓喜の花々が怒濤のごとく辺り一面を覆ってしまった。
パッと禁書さんの方を振り向くと顔を下に向けて低い呻き声を出している。泣いてるらしい、なんと感受性豊かな、しかし俺の疑問は解けぬままであった。
場所は戻って再びメルギナの家の前だ。彼女が歌い終えて戻ってきた時には相変わらずの憎たらしい老婆がひとりいるだけであった。だが精霊様はとても満足したらしく、わっさわっさと感謝の念を伝えていた。
「バアさん、あんた、若返ったりしなかったか?」
どうしても腑に落ちない俺は本人に直接聞いてみることにした。少し、いやかなり躊躇はあったが。
「イヤだねアンタ、あたしゃを口説こうってのかい? 悪いが他を当たっておくれな」
「ーーエッ!? ギルさんってそっちの!?」
「じゃかあしいこのクソボケどもめ!! こんなことを聞いた俺が馬鹿だった!」
今まで感動の余韻に浸ってほとんど喋らなかった禁書さんが血肉に群がるピラニアのごとき反応を見せる。
「フン、小僧ども、世話になったね。礼と言っちゃなんだがこれをくれてやるわい。ありがたく受け取っておきな!」
「いや、メルギナさん、それってーー」
「いいのかよあんた、大事な息子の遺しものだろ?」
小箱を突き出すメルギナの前に俺たちは二人揃って怪訝な顔をする。たしかに、見つけたのは俺たちだが、さすがにそれを貰うのは気がひける。
「いいんだよ、どうせあたしゃ使わないしね。若いもんが持っていきな!」
【クエスト: 遺された想い出】CLEAR!
偏屈で有名な老人、〈メルギナ〉は大事なものを探しているらしい。彼女のために探すのを手伝おう。
・報酬
〈メモリーオルゴール〉
と、そんな表示が出た。とうとうクエスト完遂である。それで、このよくわからない音の出る機械はオルゴールだったらしい。
「あたしゃに会いたくなったらまた来なさんな! 少しは応対してやるわい!」
「だれが行くかこのババア!」
「最後まで頑固ですね」
禁書さんが苦笑をしていると突然、メルギルがずいっと俺に近寄ってきて、
『ありがとね』
と瑞々しい艶のある声で呟いた。仰天してそちらを見るとニカッと意地の悪い笑顔を浮かべている。
「カッカッカッ!!」
バタン、とメルギナは大笑いしながらさっさとドアの向こうに姿を消した。俺はただ呆然とそれを見ているだけである。
禁書さんが胡乱気な目でこちらを見ている。
「何て言われたんですか?」
「……プッチンプリン作る、ってさ」
「は?」
俺の適当なごまかしに禁書さんが意味不明だと声を返した。
歌詞についての突っ込みはナシでお願いします。これでも苦労しました。




