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world online  作者: 気になる木の実
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精霊の木

 

「しかし、いくら弱いと言えど魔物がいるだろう。ガキが一人で来るのは感心しないな」


 ヒラヒラとうっとうしく飛び回る小型犬ほどの蝶に盗賊のダガーを差し込む。逃げる前に引き抜き再び上段から斬りつけ、空いた手でブン殴り怯んだ所をまた突き刺す。

 パアッと光となった蝶が四つに別れてそれぞれの元へと飛んでいった。


「あ、森とは言え道はちゃんとありますよ。多分そこを使ってたのではないかと」


 禁書さんは手持ちぶたさな様子でこちらの戦闘を見ている。お下がりの青銅の剣を両手で可愛らしく携えたガイアが俺の後ろで待機していた。

 エンキドゥと言えば、さっきから見ていない。何のために高い魔導書を買ったのか。


「しかし、すごいですねぇ、スキルも使わずに。手を出すまでもありませんよ、ちょっと見直しました!」

「フン、てふてふごときにゃもったいねェよ」


 禁書さんの発言を聞けば分かるが俺の評価はだいぶ下の方まで下落していたらしい。だが、俺の勇ましい姿を見てそれも考え直したようだ、ちょっとだけ。

 ちなみにてふてふとは蝶々のことである。


「だがよぉ禁書さん。このデケェ森をウロついても精霊の木なんざ見つかりそうにねェぞ。これは考えが浅はか過ぎたぜ」

「都合良くNPCでもいればと思ったんでけどね。聴き込みが足りなかったかな……」


 探し始めて二十分となる。だが外から見て分かっていたがこのオリジンの森は広い、東京ドーム何個、とかそう言うレベルではなさそうなぐらい。


「パン屑でも落としておくか? このままやたらに突っ込んだら直ぐに迷い人だ、土地勘のねェ輩に森は危険だと聞いてたが今ならそれが分かる」


 あまり変化の無い景色、木々に遮られて遠くまで見渡せない視界、妙に出たり引っ込んだりと悪い足場は真っ直ぐ歩くことさえ許さないだろう。


「ん? ちゃんとマップ見てますよ。大丈夫です」

「……そういやそれがあったか」


 全然覚えてなかった。自分のマップを見るとオリジンの森、というマップフィールド上の右端に俺たちはいた。正直方角が分かるだけで全然頼りにならない。


「怪しそうな場所はあったか?」

「あったら言ってますよ」

「そりゃそうか」


 適当なことを抜かしつつどんどん森を分け入っていく。分け入っても分け入っても森、である。だが出てくるモンスターは俺とガイアだけで事足りた。

 ガイアの動きは緩慢で滑らかとは言い難いものだが非常に力強い。あれなら剣ではなく棍棒とかを使った方が良さそうだ。もっとも、女の子のような性格の彼女? がそれを受け入れるかは疑問だが。


「はぁ、手掛かりなし、かぁ?」


 と、その時である。唐突に、ザワザワと周りの木が揺れ始めた。足を止めて辺りを見回してみるも何も変化は見あたらない。


「風、か?」

「いや、これは木それ自体が揺れてるように見えます」


 禁書さんが厳しい声を出す。その表情はいつになく真剣だ。

 確かに、木の枝どころか太い幹が地面にボコボコとヒビを作りながら震えているし根っこが現れている。風なわけがない、何せ俺の周りの空気はいたって正常だ。成長した木を引っぺがすほどの風ならこの森全体がとんでもない事態になっているだろう。


「ーーあっ!」


 禁書さんが驚きの声をあげる。俺も黙ってはいたが目を見開いてそれを見つめた。

 特に大きく震えていた木が一本、グニャリグニャリと形を変えて縮まってゆく。バザバサと葉が抜け落ちて辺りに散乱し、それが晴れたころには人型をした何かが立っていた。

 ゴーレムのように目も口もないそれは一見、ただの人間を象った人形に見える。しかし、ただの人形であるはずがない。それはクルリとおそらく顔であろう頭をこちらに向けるとノソノソと歩み寄ってきた。


「な、なんだこいつァ、ヤバそうだぞ」


 スッと腰を落として戦闘態勢に入る。禁書さんも黙って杖を取り出し柔和な顔つきを完全に消した。


『僕に、会いにきたの?』

「ぬあっ!?」「うわっ!」


 頭に流れ込んできた思念波のような声、だがそれは嫌なものではなく、むしろ包み込むような優しい響きがあり聞いてて心地良いものだ。


「も、もしかして、精霊様ですか」

『うん、そう呼ばれてるよ。僕に会いにきたの?』

「おう精霊様、ちょっと入り用があってな、カイルってガキを知らないか?」


 冷や汗を流しかきながら用件を告げる。おそらく、精霊様と言われてるからには悪い存在ではないはずだ。だがさっきまでこの森の連中を雑談混じりに殺戮して回ってた心境としては怒らせてしまったということもあるかもしれない、と不安な状態だ。


『カイル……知ってるよ。僕によく歌を聴かせてくれたんだ。綺麗な歌だったなぁ、また聴きたいなぁ』

「精霊様、そのカイルは残念ながら楽園エデンのパーティーにお呼ばれされちまってな。そいつのババアがカイルの遺したもんを知りたがってんだ。これ、知らないか?」


 禁書さんが広げたカイルの暗号を指差す。トテトテと近づいてそれを見た精霊はコクリと頷いてこちらを見た。


『うん、知ってるよ。カイル、よく僕を使ってそれやってた』

「せ、精霊様を使って? あの、出来たら解き方を教えて欲しいのですが」

『うん、いいよ』

「お、ホントか!」


 ここにきてやっとだ。精霊様を見つけなくても向こうから来てくれたのはありがたかったな。妖艶な美女ではなく、もはや人間かも疑わしい姿ではあったが。


『ーーでも、僕のお願いも聞いて欲しいな』

「ぬっ、まあそうか。ギブアンドテイクだな」

「なんでしょう? 私たちに出来ることなら是非」

『うん。僕、またあの歌が聴きたくなったな。それ、教えてあげるから、僕にお歌を聴かせておくれよ』


 俺の心臓は固まった。おそらく、あの勝ち目のない状況、ギルトの配下に囲まれた時よりも強張った顔かもしれない。ギ、ギと滑りの悪い機械のように禁書さんの方を振り返った。


「……禁書さん、歌唱力は?」

「私の中学校の頃は、音楽の破壊神(ミュージカルシヴァ)とよく陰で囁かれてました」

「そいつはスゲェ、俺でも悪魔の声(デビルボイス)だったぞ」


 どちらにせよ論外ではあるが。誰か歌の上手な人をパーティーに加える必要があるな。禁書さんの名前なんかそのまま技名にも出来そうな勢いだ。


「ま、まあでもまだ何の歌かも知りませんしね。先に教えてもらっても良いですか?」

『うん、良いよ。ついてきて欲しいな』


 トットットッ、と意外にも身軽な動きで精霊様は駆けてゆく。俺たちはそれを慌てて追いかけた。

 精霊様は真っすぐ進む。木は勝手にクニャリと避けて、土はボコボコと走りやすく固まっていく。俺たちは仰天しながらそれを追いかけるばかりだ。精霊様と戦ったら確実にやられてたな。


 ややもすると不思議な洞窟が現れた。その入り口は棘のついたツタがビッシリと覆っていたのだが、精霊様が近づくとこれまたわさわさと勝手に道を譲った。


『来てきて』

「ファンタジーですねぇ」


 禁書さんがぼやく。その気持ちは分からないでもないが。

 くいくいと手をこまねいて洞窟へと消えてゆく精霊様の後へと続く。鍾乳洞、というわけでもないただの洞穴ほらあなのようなものであった。ただ地面に潜ることはなく平坦な道を奥へ奥へと進んでいく。

 すると、洞窟だというのに奥から光が見えてくる。この洞窟自体それほど暗くはないのであまり深いということはないようだ。


「ーーう、わぁっ」

「……秘境、みたいだな」


 光が溢れる洞窟の奥に抜ける、すると視界に飛び込んで来たのはとても神秘的なものであった。

 大きな広間に、周りを隠すように覆う苔むした岩壁。だが上だけはポッカリと開いていて地中から空を見上げるような奇妙な感覚にとらわれる。開かれた天井からはこの静かな秘境へと斜めに太陽の光が射し込んでいた。

 光に包まれたゆらゆらと頭を揺らす白い花の群生、それらが小高く盛り上がった中央の丘には堂々たる風格の古木が新緑色のさわやかな葉を一杯に広げている。


 精霊様が歩くと、その帰りを喜ぶかのように純白の花々がより一層風に煽られ、雪のような花吹雪をもって歓迎した。

 言葉も要らぬ神秘の光景に俺たちはただ黙って歩く。約一名、キッキッと浮かれた声をあげて群生する花畑に消えていった壺を見た気がしたがそれは無理やり忘れた。


『これ僕だよ。ここはヒミツなんだよ』


 ペタペタと精霊様が大きな古木を触りながらこちらを伺う。精霊様の木、これが本体であるらしい。


「すごい、すごいです。ここで本読んだら気持ち良さそうだなぁ」

「それが感想とは、まあ禁書さんらしいというか」


 禁書さんの呟きに俺が苦笑をこぼす。流石は神秘の地、あり得ないことが起こるもんだ。


「で、この暗号はどう解くんだ?」

『カイルはね、よく僕を使ってたよ。クルクルって』

「……ん?」

「あ、なるほど! 分かりましたよギルさん! そんな簡単なことだったのか!」


 ポンと禁書さんが閃きの合いの手を打って精霊の木に近寄っていく。俺はまだ分からん、抽象的すぎるだろ、説明が。

 頭にハテナを浮かべながら禁書さんにつき従う。


「どうやるんだ?」

「はい、これ押さえといてください」


 禁書さんは暗号が書かれた長い紙の端っこを木に押し付けて落ちないように俺に押さえさせた。


「かつてギリシアで使われたポピュラーな暗号です。示し合わされた太さこ棒に長い紙などを巻き付けるとーーほら」

「おぉ!」


 精霊の木に斜め斜めに巻き付けられた暗号は縦に文字が出来上がっている。思ったよりもずっと単純であったらしい。


「えーと、『いえのにわのきのした』ーー家の庭の木の下、ですか。うわぁ、灯台下暗し、ですね」

「こりゃ一本とられた」


 カイルは思ったよりもずっと近場にお宝を埋めていたようだ。


『分かった?』


 クリンと首を傾げて精霊様が尋ねる。


「おうバッチリだ。助かったぜ、精霊様」

『うん、助かった。良かった』


 ポロリと人型を象っていた精霊様の顔が取れて地面に落ちる。次にはボロボロと体が土くれになっていった。


『僕、待ってるよ。お歌、聴かせて欲しいな』

「うっ、任せろ。飛び切り美人な歌って踊れる娘を探してくるぜ」

「……他力本願」

『うん、お願いね』


 精霊様を残して、俺たちはカイルの遺したものを見つけるため、また歌の上手なプレイヤーを探しにこの場所を跡にした。





「ギルガメッシュさん」

「なんだ?」


 真剣な表情、しかも名前をしっかりと呼んできた禁書さんを振り返る。もう俺たちはあの場所からオリジンの街に戻ってきていた。


「歌の件なんですが……」

「ん、なに、安心してくれ。俺がバッチリ可愛くて歌唱力の高い子を引き抜いてきてやる」

「いえ、そうではなくて……今はまだクエスト中ですから、二人以上パーティーは組めないと思うのですが。おそらくあの場所は同じパーティーしか入れませんよ」

「……んー? 精霊様? 俺たちが正式に引き受けたクエストはババアの件だけだぜ、禁書さん」

「ちょっ! うわぁ! うわぁぁー! ヒドイ! この人、最低だ!」


 ギャンギャンと禁書さんが騒ぎ立てる。周りのプレイヤーが何事かと面白半分にこちらの様子を伺っている。ギィッ! と睨みつけるてやると慌てて顔を逸らされた。


「まあ、禁書さんよ。あんたが歌うってんなら、俺はそうやぶさかでもないぜ?」

「ズルいですよそれは! ここは公平にジャンケンで決めましょう!」

「いやいや、ジャンケンってのはな、公平に見えて案外実力がモノを言う競技だぜ。それこそ、かつて覇王として名を馳せた俺と禁書さんじゃあ、不平等ってもんだ」

「いや、全然大丈夫です! 覇王でも神様でもやらないよりマシですから」

「いかんぜ禁書さん、そりゃあいかんぜ。そんな淡い期待に己を賭けてるようじゃあな、この厳しい世界は生きていけんのよ」

「昔、やる前から諦めればそれで負けだと習いました。例え一縷の希望であろうと、捨てるつもりはありませんよ」


 やいのやいのと見苦しい言い合いをしていると、主に俺がだが、いつのまにかメルギナの家へと戻ってきていた。

 禁書さんが大きなため息を吐いてドアを叩く。


「絶対ジャンケンですからね!」


 キッとメルギナが出て来る前に振り返ってそう宣言された。案外禁書さんも意地っ張りだ、俺もこの戦いだけは負ける訳にはいかんがな。


「誰だいあんたら、ションベン臭いガキどもだね!」

「依頼を受けていた者なのですが……」

「あぁん? そんなこともしたかねぇ、それで何の用さな」

「オメェの頭を修理にーー」

「息子さんの、カイルさんの遺した物の場所が分かりましたよ! 庭に通させてもらえませんか!」

「なあに? アンタら、さては盗人だね? あたしゃがちょっと歳を経ったからって馬鹿にするんじゃないよ! あたしゃの目の黒いうちはだまされないからね!」

「ババア、鏡を見やがれ。悪いがアンタの目ん玉はもうーー」

「メルギナさん! これですよこれ! この暗号の意味、分かりましたよ!」


 俺が喋ろうとするそばから禁書さんが言葉を被せてしまう。不満顔で見つめてみたが、一瞥として帰ってくることはなかった。

 禁書さんの対応がどんどんスマートになっていく。

 スマートの極致、無視だ。


 一人悲しく項垂うなだれ(たフリをし)ていると、ヨシヨシと俺の頭を撫でてくれる慈愛心に満ち溢れた者が。

 母なる神、ガイアはどんなダメ人間でも優しく受け入れてくれる全ての命あるものどもの母親なのだ。

誤字脱字など、修正点があったら教えて頂けると嬉しく思います。

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