新世界へダイブ
どうも、気になる木の実です。今回、二作品目となりますが、拙い文章ながら少しでも読んで頂ければ幸いです。
待ちに待った期待の最新作VRゲーム、〈world online〉が今日とうとう始動する。
今までにない膨大な時間を費やし作られた広い世界とリアルな景色、会話もできる高度な知能を持つNPCが売りであり、新しい世界を、というコンセプトのもとに制作された最先端技術の結集たるものである。
サービス開始はちょうど正午から、その時間まであと約五分、自分専用に作られたVRギアを頭にはめてからしっかりとロックし、ベッドの上に倒れこむ。
〈world online〉においてはより高度で緻密な感覚を身体とつなぐために自分専用のVRギアを各々で登録して作製してもらわなければならない。なので、異性になりきったりアカウントの売買といったことは不可能であるらしい。このギアを手に入れるために俺がコツコツと働いて貯めてきた偉大なる諭吉先生が描かれた紙幣が十枚以上飛ぶこととなった。
半ば友人の紹介で強制的に購入を決めさせられたものではあるが、なかなかに面白そうだと思ったので後悔はしてない。
だが、俺は風景やモンスターの写真を眺めみただけで、システムとかはあまり知らなかったりする。面倒ですから。それにぶっつけ本番の方が楽しみも膨らむというものだ。
何があるか分かったサプライズなど面白さも半減である。何も知らないからこそ、楽しさも倍増なのだ。
明日は金曜日だと思い込んでいたら実は土曜日であった、というそれである。まあ、逆もまた然りとも言うが。
とそんなことを考えているうちに時間となったようだ。電源を入れるとVRギアが本格的に始動し始め様々な健康チェックを行っていく。こういう時はオールグリーンです、と呟きたくなるのは不思議なものだ。
『これよりダイブモードとなります』
機械の無機質な音声が響いた後、俺は目を閉じて意識を預ける。すると意識はやる気持ちと共にゆっくりとゲームの世界へ落ちて行った。
–––––––––––––––
『ようこそ〈world online〉へ! ご購入いただきありがとうございます。まずはこの世界であなたの代わりとなるアバターの設定を行っていただきます』
白く何もない空間、だと思ったがそこらここらに大小様々な立方体が浮かんでいた。そんなヘンテコな空間に俺は立っている。目の前には浮かぶ説明版の上に文字が連なっておりアバター作製を促していた。とりあえず指でクリックしてみると次へ進む。
『あなたの名前を入力してください。
※注意 : なお、一度設定した名前の変更は出来ません』
おう、名前の変更は不可か。よく考えて決めねば。
俺の名前は性は平沼、名は夏樹、である。夏樹とは我が母にたまわりし夏の樹木のごとく健やかなれという意味の名前なり。……悪くはないけどゲームでは別の名前が良いよな。
では古代伝説の偉人より名前を拝借してギルガメッシュとしとこうか。このゲームのコンセプトのひとつには古代文明があるらしいし。
俺はキーボードでギルガメッシュと打ち込む。
『名前 :〈ギルガメッシュ〉でよろしいですか?
※この名前は使用出来ます
※注意 : 一度設定した名前の変更は出来ません』
ポチリとYESを押すと次の画面へと移り変わる。今度はアバターの容姿設定か。すると説明版の横に素の状態のアバター、つまりは今俺が操作しているのと同じアバターが写し出された。
容姿は顔のパーツそれぞれを数千通りの中から設定可能であり、目の位置なども常識の範囲で変えることができる。それにホクロや傷跡などのチャームポイントがつけれるらしい。もちろん肌や髪型、瞳の色は三原色から混ぜ合わせての無限に近い色幅がある。
体型も自由に選択することが可能だ。誰もがオリジナリティ溢れるアバターを作成出来るのだ、そして俺はそのうち九割が美男美女であると確信している。
では残りの一割は? 間違いなく捻くれものどもだろう。
俺の容姿は既に決めていた。こう、野性味溢れる感じで行こうと思っている。顔は狼さんに、毛並みは灰色でついでに隻眼にしてしまおう。別に隻眼でも支障なく両目とも見えるそうだ、あくまでチャームポイントなのである。
身長は大きめにしよう、身長に関しては普段の生活を考慮して自分の身長の前後10センチまでしか変更出来ない。俺は約180センチなので190手前まで伸ばす。別に俺は高身長に憧れてる訳ではない、その方が迫力がありそうだからだ。次にモフモフの灰色の尻尾をつけて、最後に瞳は赤色に。
なんだか敵の中ボスで出てきそうだな、まあ良いさ。俺は渋くてカッチョいい獣人傭兵を目指すのだ、背に腹は変えられぬ。
体型は、マッチョ一筋、細マッチョなど邪道だ! 戦に求められるのは瞬発力たる白の筋肉である! 持久力も必要だろうけど!
毛並みの濃さも変更が可能なようなのでがっつり濃いめにしといた。もはや二足歩行のマッチョ狼となり果てたな。
容姿はこんなもので良いだろ、あんまりにこだわるのも面倒だ、ポチッと決定ボタンを押す。
『これでよろしいですか?
※注意 : 後に容姿を変更する際は料金が発生します』
いよ、しっかりしてはんな運営、ファッションコーディネーターが泣くだろうぜ。もちろん俺は構わないのでYESだ。
『アバターの声を選択してください』
俺の声は当然ハードで渋いバリトンボイスである。これも三原色同様、自分に合った機械音声を自由に設定できるのだ。音声は左にいくほど低く、右にいくほど高くなる。
あまりにも低すぎると何を言ってるのか最早不明だ。ほどよく渋い声色を探す。
『声 :〈1285〉でよろしいですか?』
悪いが、迷いはないぜ? おっと、先走ってカッコつけてしまった、いかんいかん。YESボタンをポチッとな。
『名前〈ギルガメッシュ〉
容姿 : 右の立体モニターを参照
声 :〈1285〉
以上で間違いはありませんか? 問題ない場合はYESを押してください』
くどいぜ、YESだ! 全ての優柔は今この場において断ち切った! 今から俺はギルガメッシュだ!
『それではどうぞ〈world online〉をお楽しみください!』
その表示と共に世界が切り替わり再び意識が闇の中に投げ入れられる。
–––––––––––––––
「――ん」
気づけば小さな灌木がまばらに生える奇妙な草原に立っていた。草原、と言ってもそれは草というより芝生に近いものだが。
そしてなんと、ここは島であるらしかった。しかもただの島ではない、島の外にあるのは青い海ではなくフワフワとした雲海である。つまり、ここは浮島だ。
自分の手を見てみる。五本指ではあるがふさふさと白に近い灰色の毛が手の甲を中心に生えており爪は黒く厚くなり鋭く尖っている。どうやら上手いことアバターの中に入れているようだ。身長を高くしすぎたか少し違和感があるが大丈夫だろう、そのうち慣れる。
服装は初めに支給される男性用装備だ。無駄のないシンプルな作りでいかにも冒険家ですって感じのものだな。そして腰には一振りの剣が挿してある。
……振りたい、とても振りまわしたい。銃を持つと撃ちたくなるように剣があると振りたくなるのが人間である。これだから犯罪はなくならない。しかし俺は粋なおっさんになりきってこの世界に生きると決めた。悪いが子供みたく命を奪う相手なしに剣を抜くつもりはない。
試しに手を開いて閉じたり、くるくる歩いたりしてみる。パンチ、跳躍、蹴り、側転、とりあえず色々やってみたがどれも支障なくこなせる。ここまでやったら剣も振っていい気がするぜ。
しかし、このリアリティは凄いな。あれだけ大言壮語を吐いていただけはある。踏みしめる靴越し草の感触、頰を撫でる空気、どれも現実と遜色ないほどに忠実に再現されている。体の張り具合や呼吸の再現度もとても高い。
ところでここはどこだろうか、おそらくチュートリアルだと思うのだが指示もなければNPCも見当たらない。このままぼけっと突っ立っているのもなんだし、と歩き始めてみたのだが、しばらくするとニコニコと綺麗な笑顔を浮かべたお姉さんが近づいてきた。青と白を基調とした受け付けの正装のような格好をしており、小さな帽子からはみ出した眩しい金髪はお団子に丸められている。
「ようこそ〈world online〉へ! ギルガメッシュさん!」
「お、おう」
元気溢れる笑顔のまま、お姉さんは歓迎の挨拶をした。晴れ渡った青空のような軽やかな声である。こいつ、自然体に見えて全く隙がない! とか思ってみたり。しかし直接ギルガメッシュさんと言われるとなんだか変な気分だ。
「私は皆さまの案内役を受け持ちます、リーナと言います。どうぞ分からないことがあれば何でも私に聞いてくださいね」
「おう、よろしく頼むぜ」
「では、早速聞きたいことはありますか?」
…………………………
・この世界について
・職業について
・エリアについて
・レベルについて
・HPとMP、STについて
・スキルについて
・技能について
・クエストについて
・全部バッチリ!
…………………………
だいたい予想がつくものもあるがここは一応全部聞いておこうか。案外意外な新機能が追加されてるかもしれないしな。上から順々に見ていくことにする。
『〈world online〉の世界で皆さまは古の大陸アヴァランドを探検する探索者となっていただきます。ですが、もちろんそれぞれに合わせた自由な遊び方も可能となっておりますゆえ、自分に合った楽しみ方を見つけてください』
『〈職業〉は探索者に与えられる大きな力です。職業は〈神殿〉で得ることができます。職業につくとそれに応じた〈スキル〉を修得できます。基本となる六つの職業に加え、条件しだいでさらなる職業が解放されてゆきます。より多くの職業を経験してみてください』
『エリアは1〜100まであります。ひとつのエリアにつき最大千人まで入ることができます。なお、エリアにより仕様が異なりますゆえ、ご注意ください。詳細は下記の通り。
エリア1〜20: 朝のフィールド
エリア21〜40: 昼のフィールド
エリア41〜50: 夕方のフィールド
エリア51〜60: 夜のフィールド
エリア61〜70: 朝のフィールド
エリア71〜80: 昼のフィールド
エリア81〜85: 夕方のフィールド
エリア86〜100: 夜のフィールド
※エリア61〜100ではプレイヤー同士によるフレンドリーファイヤが起こりますが経験値や獲得アイテムが多くなります』
『レベルはこの世界にいるモンスターを倒し、経験値を得ることで上昇していきます。レベルの上昇に伴いHPとMPが増え、さらにより強力な装備をつけることが可能となります』
『HPはあなたの生命力です。モンスターの攻撃を受けるなど身体への負荷によって減少します。HPが無くなると〈死亡〉となりますのでご注意ください。
MPはスキルを発動するための力となります。強力なスキルほどより多くのMPを必要とします。MPが足りなくなるとスキルが使えなくなります。MPは時間経過とともに自動で回復します。
STはあなたの体力です。ダッシュやスキルなどにおいて消費されます。STが足りなくなるとSTを消費する行動がとれなくなります。STは時間経過とともに自動で回復します』
『〈スキル〉は職業に応じて使うことのできる、神様から与えられた様々な能力です。発動にはMPを消費します。スキルを使いこなして仲間と共により強いモンスターに挑みましょう!』
『〈技能〉はあなた自身が持つ能力のことです。冒険に役立つものから遊び心満載のものまであります。技能は特定のクエストから体得できます。より多くの技能を集めましょう』
『〈クエスト〉は様々な形からなる提示された課題を達成するものです。クエストは〈斡旋所〉や〈world online〉の各地にいるNPCから受けることが可能です。クエスト達成の報酬には新たな職業や技能、装備などが貰えることもあります。たくさんのクエストをこなしてみてください』
とこんなところか。だいたい分かった。嘘だ、あんまり分からん。読んでないからな! だがそれは来たらばやれ! で行けばなんとかなるだろう。もうバッチリだ、次に行こう、次に。
「では、最後にあなたのパートナーとなる子を選んでもらいますね! みんなー、でておいで!」
ニッコリと笑うお姉さんの爽やかな呼び声に応えるようにガサガサとそこらここらの木立ちが揺れて中から可愛らしい動物たちが飛び出してくる。
なんということだ! このような罠があったとは! 仔犬ちゃんや仔猫ちゃんが俺とリーナさんの周りに集まり興味津々といった感じでこちらを囲んでいる。やばい! 抱きしめてモフモフしたい!
「ギルガメッシュさんにはこの子たちから自分のパートナーを選んでもらいます。みんな従順でとても良い子ですよ! 好きな子を選んでくださいね!」
あぁ、もう俺の目は愛くるしくぽふぽふの手で顔を掻く猫さんからなかなか離せなくなっている。落ち着け、一旦どんなのがいるのか確認しておこう。
前を囲むのはいるのはワンちゃん、猫さん、鳥くん、ヘビ吉、うさぴょん。
後ろを見てみるとおぉ、ちょっと変わり種かな?
蝶の羽の妖精さん、土人形のゴーレムさん、小さな小鬼はゴブリンくんかな? 小さいと案外いじらしい野郎だぜ。そして鱗に翼を持つこれは、ドラゴンだ! あどけなく開く口にはかわいらしい牙がついている。これはもうドラゴンで決定か?
とそこで最後に目に入ったヤツがいる。不思議な文様の壺から気怠げに顔を出すそいつは紫色の肌でエルフみたいに尖った耳がついており、うっとうしそうに俺を見ている。タールのように濁った瞳からは他の子と違って全く楽しさを感じられない。
なんだこいつは、一体だけこの場にそぐわないヤツが混じっているぞ。正直言ってあんまり、いや全然かわいくない。開発者の意図が分からん! 小学生の授業に参加させられたおっさんみたいになってるぞ!
「こいつは?」
「その子はメルメルと言うイタズラ妖精です。戦いはあまり好きではありませんが色んな物を集める癖があってフィールドでの採取などが得意ですよ」
なるほどね、戦闘よりも採取を主にやってくれるのか。俺は基本ソロで行く予定だから戦闘の補助が欲しかったのだが、構わん。こいつに決めた。このかわいげのない輩、まさしく俺に相応しい。
「こいつにします」
「はい! とっても良いと思いますよ! お名前はどうしますか?」
そうか、そうだな。俺の名前はギルガメッシュ、ならば答えはもう出ているな。
俺はキーボードに〈エンキドゥ〉と打ち込む。もちろん古代の王ギルガメッシュと渡り合えた唯一無二の親友エンキドゥのことだ。
「〈エンキドゥ〉ちゃんですね? 良かったねエンキドゥちゃん!」
「ケッ!」
な、なんという。エンキドゥはリーナさんを一瞥すると吐き捨てるような声と共にそっぽを向いた。先が思いやられるな。
「ギルガメッシュだ」
エンキドゥに手を差し出すとこちらをジーッと見つめられる。ニヤリ、口端をつりあげて怪しい笑いをひとつ残すとすぐにこっちへの興味を失ってしまった。扱いが難しそうだ。
「では、エリアを選択してください。私はいつでもここにいますので、分からないことがあったら尋ねてくださいね!」
とりあえずはエリア3へ。1と2は早々に埋まってしまっている。
「エリア3ですね。いってらっしゃい! よい探検をお祈りしています」
「キヒヒッ!」
リーナさんが素敵な笑顔で手を振って見送ってくれる。どうしたことか、楽しそうなエンキドゥの声を聞きつつ、俺はとうとう本当の〈world online〉の世界へとダイブした。
更新はひとつの話のまとまりごとに一気に放出します。