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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役転生だけどどうしてこうなった。

悪名高い領主の従者だけどどうしてこうなった。

作者: 闇村イムヤ

 なんだこれ、と彼は声にも出せずに呟いた。

 いつの間に寝ていたのか、ふと目を覚ましたら見た事も無い大広間で、血のように赤いベルベットの敷かれた悪趣味でセンス最低な棺の中に寝かされていたともなれば、彼のように呆然となるのも当然の事だろう。


 広間は真っ暗だった。階をぶち抜いたかのように天井の高いこの広間の壁面にデンと存在する、これまた聳えるように高い装飾の凝った窓の外から時々雷鳴が轟いて、それでピカっと広間の中が明るくなる。

 そのお陰なのか、あまり苦もなく部屋の中の状況は見て取れる。しかし暗いものは暗い。


 ──一体どうなってるんだ?なんなんだここは?どうしてこんなところに寝かされてるんだ?


 混乱の極みにありつつも、彼の身体は勝手に動く。人の気配が無い事を確認し、直ぐに闇に融けるようにしてスルリと物陰に身を隠す。

 まだまだこういった技術の師である女性と比べると拙くはあるが──いやアレと同じレベルになったら人じゃなくなる気がするんだけど、と彼は頭の片隅で反駁した──いつまでも何もせずぽかんと間抜けな面を晒して座り込んでいる訳にもいかない。


 ──まずは現状を把握して、出来る限り迅速にこの見知らぬ建物を出て、帰らないと。


 ……いつの間にか当たり前のようにそう考えるようになっていた自分に気付いて、彼は声も無く苦笑した。もっと素直にその自分の心の声を聞くならば、自分の主人たる少女の許へと帰らなければならないとそれは告げていた。


 帰る、なんて、思える日が来るとは思えなかったな、と、彼は心中でひとりごちる。

 戻ったら盛大に怒られるかもしれないと思いつつも、ようやくまともな感情の発露の片鱗を見せるようになった主人にぶすくれられて怒られるのはあまり悪い気はしない。

 そうと思えば、苦笑にも柔らかいものが交じる。

 ともかくまずはこの見知らぬ場所から脱出だ、と彼は薄らと見えた部屋の唯一の扉に近付いた。


 ──その瞬間、近付いてくる盛大な足音に気付く。


 まずい、と次の行動を判断する暇も無く、バン、と大きな音を立てて、蹴破られたのかと思うほど勢い良く開かれる両開きの巨大な扉。


「戦だぞ!そろそろ起きたか!?……おお、起きていたか!」


 そう怒鳴りながら飛び込んで来た影に、彼は思わずほっと息を吐いた。よかった、自分は見知らぬ場所で孤立していたわけではないらしい、と。

 ──クラウディア。槍を持ち、武装に身を包んだその姿は何よりも頼もしい。

 女人にも関わらず高い戦闘能力を見出されて同じ主人に仕えている彼女は、その天性の嗅覚でもってかあっさりと部屋の物陰に潜んでいた彼を見つけ出した。そうして、窓の外で閃く雷光に長い金色の髪を煌めかせて、酷く好戦的で楽しげな笑みを浮かべる。


 ……その表情は、どうしてか、彼が知るものよりも更に獰猛なものに見えた。


「クラウ──」


 その事にほんの少し戸惑いつつも、現状を理解出来ていない彼は彼女の名前を呼び掛けようとし。

 がしり、と腕を掴まれて、「えっ」とやや間抜けな声を上げるのが精一杯だった。


「では早速行くぞ!お主が目覚めたとあれば我らが主人も喜ぶな!今夜こそはこのクラリアの地を制定出来るやもしれん!!」


 そう言うが早いか、駆け出したクラウディアに引っ張られた彼の身体が浮いた。

 比喩表現ではない。

 文字通り、引かれる凧のように浮き上がったのだ。


 いくら彼女が常人離れした動きを時々見せるとはいえ──それにしても明らかに常軌を逸したその現象に、彼は思わず絶句した。


 一体何が起こっているのか。混乱を極めた彼の視界を、その瞬間、カッと夜闇を裂いて雷の閃光が塗り潰す。

 ──窓から映し出された、モノクロの像に。

 夜空で斬り結ぶ二つの人影がはっきりと映し出されたのを、視界の眩む寸前に彼は見た。


「急ぐぞ!」


 喜々とした声が響くと共に更なる加速で身体に掛かる圧力が増す。


 肩が外れるのでは、と思うほどの痛みがするのは腕一本で宙に浮いている以上当然の事なんだろうか、と彼は困惑のあまりに頓珍漢な事を考えて大人しく引っ張られたままになる。言葉による制止など無駄だという考えがあったし、抵抗はもっと無駄、というか、普通に無理であった。


 そうして、雨風の吹き荒ぶ嵐の渦中へと連れ出された彼は、ふと強烈な違和感を覚えて目を瞠る。


 目覚めた時に、知らない広間に居た。だから知らない場所に居たと思ったのに。


 ──どうして。あれは、黄金丘の館だ。


 自分が今出て来た建物を、雨水が目に入りそうになるのにも構わず凝視する。

 それは彼が知っているものとは塗りや細部が違っていたが、紛れもなく、彼の主人である少女の館──カルディア領主の館だった。


「どういう、事……」


 思わず呆然と呟いた言葉。それをこの嵐の騒音の中で気付いたというのか、彼の腕を今の今まで恐ろしい勢いで引っ張っていたクラウディアがふと速度を緩めて振り返る。

 慌てて掴まれているほうでない手でクラウディアの腕を掴み、振り回される身体をなんとか制御して吹き飛ぶ事だけは防いだ。このすさまじい勢いに身体が流されて、掴まれていた腕が肩から引っこ抜けるなんて考えるのも御免だ。


「……一体どうしたのだ?どうもぼうっとしているようであるな。まさか、先の負傷で記憶が混濁しているのか?」

「負傷?……記憶の、混濁。そう、かもしれないですね」


 心配そうなクラウディアの表情を見上げて、彼は顔を顰めた。

 自分の記憶と一致しない黄金丘の館の姿もそうだが──自分があの謎の棺の中で目覚める前の事が思い出せない。眠る、或いは意識を失う前に、一体自分の身に何があったのだろうか。


「……むう。それでどうにも混乱しているのか……。しかし、私からはうまく説明は出来そうにない。それに──話をするにも、先にあれを片付ける必要があるようだ!」


 思案気な声が一転、喜色を滲ませて昂る。流れるように槍を構え、戦闘体勢を取ったクラウディアに釣られるようにして、彼も殆ど反射的に腰元に手を伸ばした。そこに当たり前のように下げられていた硬い感触を迷いなく逆手で引き抜く。


 不鮮明な陰と灰色の世界を割り裂くようにして、黒いベールを被った者達が姿を現したのはその瞬間だった。


 明らかに殺意を漲らせるその者達を敵だと認識するのと同時か、それよりも早く彼の身体は動き始める。弾かれたバネのように飛び出した彼に、一瞬も遅れる事無くクラウディアが動きを合わせた。


 刃と刃の交わる、ガィンッ!という金属音が響く。


 けれどその瞬間、視認した自分の手の中の全く見知らぬ(・・・・・・)短剣に、彼の意識はわずかに硬直した。

 隙を見逃さずに敵の刃が押し込まれる。首を狩ろうと横一文字に振り切られた剣を、間一髪の所で身体を沿って躱す。

 ──そういう感覚で身体を動かしたつもりだった。しかし、次の須臾には彼の身体は勢いよく宙へと浮き、回転する。

 自分自身の動きに振り回される感覚に、彼は驚愕で息を飲んだ。


 けれど訓練によって動きの染み付いた彼の身体は意思が伴わずとも流れるような動きを止めず、着地と共に身体を地に伏せるように低く沈み込ませ、逆手に握った短剣を払う。

 相手の膝下を斬りつけ、動きを封じるための攻撃だ。刃の動きを止めないよう、浅く斬りつけるだけの──


 ……そういう攻撃の筈だった。

 ところがどうだ。一瞬の後に彼の目の前にあった光景は、薙ぎ払われた膝下からの足がブチブチと切れ目からちぎれ飛び、血と僅かな肉片を撒き散らしながら吹っ飛んでいくというものだった。


「は……」


 流石に動揺が冷静な思考を上回る。脊髄反射となるまで叩き込まれた動作すら、ギシリと音でもしそうな様子で停止しかける。


 片足を吹き飛ばされて尚、目の前の敵は彼の無防備な背中へと剣を叩き落とそうとしている事を認識しつつも、彼は動けなかった。動き方を忘れてしまったかのように。

 ──或いはそれは、見上げた先の『敵』のベールの内側に、狂気を瞳に滲ませた豚のような異形の頭部が垣間見えたからだろうか。


 刃が迫る。そこでやっと彼の身体は回避行動を思い出したが、到底間に合わない。

 脳天が氷のように冷え冴える。明確な自身の死の形を認識して。


 あ、死んだかな。


 そう思った瞬間、視界がぶれたかと思うような錯覚に彼は陥った。


 ──風を切る音が鳴った。瞼を灼く雷光に、僅かにその影が映る。

 彼の背へと剣の先が振り下ろされるよりほんの一瞬先、その背後から飛来した無数の刃が異形の敵を轢き肉にしながら弾き飛ばす。

 黒と見紛うほど深い赤色。鉄のにおいに交じる、この豪雨の中でさえ立ち上るような生臭さ。血、と思ったらその通り、その武器たちは現れたときと同じように突如輪郭を無くす──いや、ばしゃりと水が跳ねるような音を立てて崩れ、ドロリと地を赤く染める。


「……やっと目を覚ましたかと思えば。一体何をしているんだ、お前は」


 おぞましくすらある現実離れした光景に見入る間もなく、上空から声が降る。


 彼はそれを、信じられない思いで聞いた。


 ──思い出したのだ。自分の身に何があったのか。

 洪水のように脳裏に溢れ出し、瞬いた記憶の数々を。


 どうして。

 どうして、一体何が起こってるんだ。

 彼は戦慄く唇でそう呟いた。


 彼は自分でももどかしく感じるほどの速度で、暗雲に覆われた空を見上げた。

 そこに当たり前のような顔で浮かびあがる黒衣に身を包んだ影に、彼は自分がどんな顔をしたか分からなかった。


「────っ、ツァーリ……?」


 もう二度と呼ぶことは無いと思ったその呼び名を。


 彼の主人の面差しをそのままそっくり移したかのような、怜悧な美しさを湛えた若い貴族に向けて、零す。


 雷鳴さえ、もう、彼の耳に入って来ようとはしなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] カミルがツァーリって呼んでるだけで泣けます!! カミルぅぅぅ……!!
[一言] なんでもいいから生きてるカミルをみたい(笑)です。
[一言] 先が気になりますね。 楽しく読ませていただきました。
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