イタズラ
【夫のターン】
妊娠してからというもの、妻のイライラが増えた。と、言ってもヒステリックになるとか、物を投げたりとか、そんなにわかりやすくはない。ゲリラ的に、女神のような微笑みを魅せながらイタズラを仕掛けてくるという意味不明な行動でイライラを表現する。
「んーねえ、修ちゃん」
そのニコニコ笑顔に、数歩後ずさる。
「……今度はなにを企んでいる」
「なんにも」
なんにものはずは、ない。なんにも企んでいないはずはないのだ。
「その手は食わん。もう、お前の手には踊らされない」
じりじりと距離を取る、俺。
「……妻を警戒するなんて、どんな夫ですか?」
「こっちのセリフだ。夫に警戒させるとは、どんな妻だ?」
「はいはい、もうあきらめました」
ガッカリしながら、里佳は台所へ向かった。
ふっ……俺だって伊達にイタズラれ経験百戦錬磨ではない。あんな可愛い時の妻は、近づくには及ばないのだ。
・・・
「修ちゃーん、ご飯だから、凛呼んできてー」
「へーい……」
すぐにソファから立ち上がり、おもちゃの人体模型の臓器の位置を難しそうに悩む娘を抱っこし、食卓に座らせる。興味があるからって買い与えたが、この子の将来がリアルに恐ろしくなってきている今日この頃。
「「いただきまーす」」
ん……ちょっと待て。
ご飯と味噌汁ひじきとサラダ、そしてハンバーグを妻のと入れ替える。
「な、なんて疑い深い……修ちゃん! 結婚生活とは信頼関係があってからでしょう!」
「……とりあえず、かつておにぎりを砂糖で握った事実を思い出せ」
「もうあの時とは違うよ! 夫婦は成長しレベルアップしたよ!」
「その口を閉ざして、全て一口毒見してみるがいい」
「……凛、このハンバーグ食べる?」
「ほら見ろ!」
「じょ、冗談だって。ほらっ、この通り」
パクッ……
妻がハンバーグをモグモグ。
特段、変わった様子はない。
「ひじき、ご飯、サラダ、味噌汁も」
「どれだけ疑り深いんですか……まあ、いいけど」
パクッ……パクッ……パクッ……ゴクッ……
特段変化はない。
「……取り越し苦労か」
「だから言ったじゃん!」
妻が唇をとんがらせて不満を言う。
「いや、すまなかった。つい、疑心暗鬼になってて……」
さあ、ご飯だ……うん、うまい。
モグモグ
むしゃむしゃ
ゴグッ……
「ぐあああああああああああああっ」
水がぁ! 水がぁ―――――――――!
「ふっ……」
「な、なんだこの水は!? すっぱー―――――――――――!」
「クエン酸にしてみました!」
――ました、じゃねぇよ。