夫実家
【夫のターン】
俺の実家に到着した……なんだろう、妻の実家を見た後だと、妙に染みる佇まいだ。ちょうど、妹も帰ってきているらしいのでついでに妻の相手でもしてもらおう。
「ごめんくださーい」
超楽しそうな妻の声。自分の実家の時とは段違いに機嫌がいい。
「あらー、里佳さん、凛ちゃん、いらっしゃいー」
母親がバタバタと出迎えてくる。
血筋だろうか、義母の里恵さんは、非常に激しい方だが美しさと気品がある。こうして見ると、ウチのババアは、全力でババアしてる。
まあ、自分の親なんてみんなそう思うかもしれないが。
「早く入って入って。ミカンあるよミカン」
「わーい。義母さん大好き」
壮絶な猫かぶりなのか、それとも里恵さんとよっぽど馬が合わないのか、合いすぎているのか。どちらにしろ姑と妻は仲が凄くいい。夫としてはありがたい限りだが、代わりに俺の扱いが下僕以下に成り下がっているのはなんとかして欲しいところだ。
荷物を置きに階段をあがって、部屋に入る。
なぜか、かつて俺の部屋だった場所は、すっかり妻色に染められている。箪笥も、クローゼットも全て里佳と凛の私物が置いてある始末。
実家とは果たしてなんなのか。全力で問いかけてやりたい気分だった。
「あっ、修にい。帰ってきてたんだ。里佳さーん、凛ちゃーん」
妹が部屋のドアを開けて挨拶。当然ながら、ノックなどない。
「美幸ちゃーん、ひっさしぶりー」
久しぶりの再会にキャッキャしてる妻と妹。2人は相当気があうらしく、たまに一緒に買い物に行ったりするらしい。
その時、
「里佳さーん、凛ちゃーん、降りてきて、ご飯食べよー」
一回から母親の声。
「ありがとーございまーすっ!」
全力の微笑みを浮かべて降りていく里佳。こう言う外面のいいところを見ると、本当に恐ろしい女だと身震いせざるをえない。
それから、続々と家族が降りてきて食卓に座李出す。親父はもう、凛ちゃんにデレデレで『そうなんでちゅかぁ』とか『まんま食べまちゅかー、まんまー』とか。はっきり言って、そんな親父は見たくはなかった。
「修、あんた今日はどうすんの? せっかくの土曜日なんだから家族サービスでもしないかんよ」
おふくろの目がギラリと光る。
「いや、久しぶりだし近所の友達の家でも回ろうと思ってるけど」
「家族ほったらかして男友達と遊ぶなんて、いいご身分ね。そんなとこばっか、お父さんそっくりなんだから」
ば、ババア。
とばっちり食らった親父はと言えば、秘技『聞こえなかったふり』で凛ちゃんと興じる。そこに夫婦生活を送る秘訣が隠されている気がしたのは俺だけだろうか。
「言っとくけど、帰ったらちゃんと掃除。洗濯。やったげなさいよ。あっ、里佳さ
んはゆっくりしてってね」
「はーい」
見事なまでの猫被りっぷり。我が家では、妻はかぐや姫扱いだ。
思えば、初対面の挨拶から里佳は俺の家族を呑んでいた気がする。その時、完全な上流階級の身振り立ち振る舞いを見せ(もちろん、普段はそんなことがない)、見事なまでのど平民の母親と親父は土下座して拝みだすんじゃないかしらと思ったほど恐縮していた。
一般市民が貴族に平伏するとはこう言うことかとまざまざ見せられた気分だった。当然、俺など『こんなもんでよければいくらでもどうぞ』みたいな感じで蹴りを入れられながら差し出されたことは言うまでもない。




