キラキラネーム
【夫のターン】
「ねえ。凛ってなんで凛って名前なの?」
娘が幼稚園から帰ってきたら、そんなことを言いだした。
「……色々あったんだ。色々ね」
「ええほんとーに色々あったのよ」
妻がドーナツを机に置きながらしみじみと答える。
「……色々起こした元凶は、お前だったけどな」
思わずそのドーナツを見つめて当時の大変さを振り返る。
*
4年前……
「ジュリエットったらジュリエット!」
「認めん! 絶対に、認めん」
「なんでよ!?」
「……いい加減にしろよ。本気でわからないのか?」
外国人の名前だからだよ!
「修ちゃんは知らないかもだけど、今、キラキラネームが流行ってるんだから!」
「知ってるよ! いいよ、キラキラネームにしろよ! 頼むからキラキラネームにしといてくれ」
「だから、ジュリエ――「阿呆か! それ、キラキラネーム違うわ」
その名前を語るには一言でいい。イタい名前だ。
「ええっ、絶対にオススメなのにー」
「だいたい! 漢字はどうするんだよ! カタカナとかか?」
「受里英斗」
「お、お前……漢字4文字の名前見たことあんのかよ」
どっかの暴走族みたいな名前だぞ。
「ないからいいんじゃん! オリジナリティー感じない?」
「な、名前に奇抜さ求めてどうするんだよ! 他にあるだろう?」
「エリザベス!」
「カタカナ禁止!」
「……蘭蘭」
「パンダか!」
「じゃ、謝謝」
「なんでさっきから中国人っぽいんだよ!」
「時代は中国でしょ!」
「俺たちは日本人だろ!」
「……恩恵」
「韓国人っぽいんだよ! だ・か・ら! なんでさっきから外国人ぽいんだ!? ハーフに間違えられたりしたら色々面倒だろうが!」
「国際色豊かな子に育って欲しいの!」
「英会話やらせとけバカ!」
はぁ……はぁ……
「じゃあ……国際色つけるのは、あきらめました」
「別につけてもいいが、普通の名前にしてくれ」
「逆転の発想……大和撫子みたいになって欲しいという意味で考えました」
「……お前から生まれる子が大和撫子になるとは到底思えんが、聞こうじゃないか」
「大和撫子!」
「そのまんまじゃねぇか!」
「直球勝負がいいと思うんデス!」
「必死に直球勝負してる高校球児に謝れ! 直球勝負はそう言う意味じゃねぇんだよ!」
「じゃ、和子!」
「ウチのオフクロの名前!」
「大子!」
「せめて撫子だろ!」
「それは嫌!」
「なんでだよ!」
「字数が多い!」
「大和撫子のが多いんだよ!」
はぁ……はぁ……
「修ちゃんって……案外ワガママだよね」
「……お前にだけは言われたくない」
「私も今回の件だけは……譲るつもりありませんから!」
ああそうだったなお前は阿呆だったな。
「いつも譲ってるみたいな言い方すんな! お前がいつ俺になにか譲ったことがあったか!」
「……今回の件《《も》》、譲るつもりありませんから!」
「言い直すな!」
「じゃあ、今からは漢字を書いていくから」
「口に出して言えよ」
「キラキラネームだから! 読みと漢字が一致しません」
「絶対だな! 絶対にキラキラネームなんだな」
その前にキラキラネームの定義をこの女に小一時間説教した。
・・・
『仏』
「アホか!」
俺の小一時間を返せ!
「仏って言ってもフランスの方よ!」
「なんだじゃあ――ってなるか!? 意味わからん!」
『英』
「……せめて英子なら」
「そんなんイギリス子になっちゃうじゃん!」
「き、貴様そんな風に読ませる気か……次!」
『米』
「いい加減に国シリーズやめんか!」
「国際色豊かな子に育って欲しいの!」
「普通に留学させとけバカ!」
はぁ……はぁ……
『空』
「空と書いてスカイは?」
は、初めてまともなキラキラネームがきたな。
「うーん、悪くはないとは思うけど女の子だからなぁ」
「じゃ、別空!」
「アホか!」
「異世界!」
「漢字の問題じゃない!」
「別次元!」
「漢字の問題じゃないというとるだろうが!」
「女子に人気なのに」
「テレビ番組としてはな!」
『照家』
「……」
「テラス――「ああああ! 言わせねぇよ!」
もはや謎々みたいになってんじゃねぇか!
「なんでよ! 女子に人気なのに!」
「だからなんだ!」
「娘も女子よ! きっと気に入ってくれるはず!」
「この名前を気にいるような子には育てない! 絶対に!」
はぁ……はぁ……
「いつもより手強いね、修ちゃん」
「99%お前のおふざけだと思っているが、1%冗談じゃない危険がお前には、ある。そこんとこしっかりと自覚しろ」
「……エヘヘ」
「褒めてねーよ!」




