八月十五日 その2
今回は亜悠が試合で活躍します。八月十五日の第二部です。
「ここだよ、バスケの会場」
「へー、意外と小さいんだね」
田島体育館。ここが亜悠のバスケ部が全国の強豪相手に戦いを繰り広げる決戦場だ。携帯の時刻をみれば九時十分になっていた。僕達は少し急いで会場の中に入った。
「亜悠さんの試合はもう始まってるー?」
「黒板にチームの対戦表が書かれてるな」
十時三十分試合開始に僕達の中学、豊山中学の名前がそこにあった。予選リーグは全二十四チームのうち三チームごとがそれぞれリーグを組んでおり、その一位と二位のチームが明日の決勝トーナメントに進出できるらしい。だから全部で八リーグがあり、その中で勝ち残れるチームは十六チームということらしい。コートは全部で四つある。僕達の中学の対戦の順番が来るまで一時間待ちだ。亜悠達のチームはどこにいるんだろうか。もしかしたらそこら辺にいるのかもしれない。でも、僕達がここに来ることは亜悠に伝えてない。でも、試合が終わったら会いたいな。それまでは、ここでじっくり観戦することにしよう。
「ふう~」
やっと一息ついて適当に空いている観覧の席を二つ見つけて座ると、飲み物を片手に僕と優香は亜悠の試合まで休むことにした。一階席はなく、すべて上から観戦する二階席のみだ。
「なるべく近い席で見たいから、前列の席が空いててよかったねー」
周りは他の出番を待っているチームの選手や、応援にかけつけている選手の仲間や大人、また観客で一杯だ。
「あ、そろそろ始まるんじゃない。私達の中学」
携帯を見ると十時三十五分を指していた。気づけば豊山中学のチームの選手はコートに入ってウォーミングアップをしていた。亜悠の姿もそこにあった。
ユニフォームはシャツの前から肩にかけては茜色、背中の部分は群青色。白い文字で中学の名前と背番号がプリントされている。ズボンはサイドのラインが茜色であり、白く細いラインが両側に沿っていてその他の布地は群青色で整っていた。うん、とても似合っている。
僕の鼓動は僅かに速くなっている。あの広場での優しい亜悠の面影が大会の大舞台に立っている亜悠の姿に重なる。この場所で僕は亜悠の事を考えた。僕だけにしてくれたことや、僕の絵に期待してくれている亜悠。あの亜悠が、これから自分の戦いをするんだ。ユニフォームはいつものように右の裾をまくっている。間違いない、あれが亜悠なんだ。
じーっと選手の様子を見つめている僕に優香は、「ちょっとジュース買ってくるね」とこの場から離れた。そして審判によりホイッスルが吹かれ、試合がスタートした。
両チームのセンターが頭上に投げられたボールに向かい高くジャンプして腕を伸ばすその姿は逞しく、僕は息をのんだ。
相手チームの選手がボールをキャッチし、即座にパスを渡す。早くも相手のスリーポイントシュートが決まりすぐに守備位置へと戻る。亜悠達のチームの選手が自コートのエンドライン外からボールをパスし、ボールを受け取った選手を中心にフォーメーションは変化していく。
亜悠はどこのポジションなんだろう。
亜悠のチームには一番、五番、七番、九番、十番の背番号の選手がいた。亜悠は九番を背負っている。一番がドリブルしながら敵チームのコートに入り、相手の守備に咎められそのままドリブルしているとみるや、隙をみつけたかのように相手チームのゴール横のサイドラインぎりぎりにつけていた七番にパスをだす。七番は相手の守りをかいくぐってゴール下に飛び込むもボールは弾かれ、こぼれたボールは亜悠の元へ。
「亜悠!」
「オーケー!」
一番の大声に呼応するように亜悠はそう言うとスリーポイントラインから綺麗なジャンピングワンハンドスローでボールをゴールへと放った。
「あ……」
僕は声を漏らした。右裾をまくったユニフォームの躍動。その美しく無駄のないジャンプと手先から放たれるボール。彼女が懸命に力を込めたその一瞬。僕は一滴の汗すらも見逃さなかった。まるで映画のように時間が止まった。この時のために彼女はすべてをかけてきた、きっと。
僕は、小さいながらも光り輝くその強烈な体の振動全てに目を凝らした。彼女は風になっていた。まるであの広場で絵を描いているような心地いい風よりも、僕の心を撫でて遠くの場所へと導いていく。傘を渡して駆け出していたあの小さい背中が、今、大きな運命を背負って立ち向かう戦士のように。
ボールはスパッと音を立ててネットを揺らし入った。
「スリーポイント!」
僕は声を出していた。
「亜悠! もっとシュートする位置を考えろ!」
「はい!」
亜悠は試合中にも監督に怒号を飛ばされていた。そんな彼女の眼は真剣で常に監督とアイコンタクトを怠らなかった。これが、彼女の戦場。彼女は目の前に目を逸らすことなく懸命に前を見つめている。この試合を介して教えられたものは第二ピリオドまでだけでも衝撃をうけるほどだった。
僕は懸命に生きていなかった。誓おう。僕もやるんだ。そして彼女は僕の絵に期待してくれている。やるっきゃないだろ!
亜悠と出会った日に描いた絵が不思議なのかやっとわかった。あの絵の、幾つもの変わった雲の合間に垣間見える青空は僕達そのものだった。その青空は希望も絶望も等身大のすべてを表していた。
彼女は素敵で、僕はそんな彼女の色を空の絵に含めていたんだ。だからこれほどまでに忘れられない絵になったんだ。
それほどまでに素敵な出会いだった。そして一つの結論が浮かんだ。僕は亜悠が好きなんだ、ということを。
ハーフタイムが終わり、コートチェンジすると第三ピリオドが始まる。僕は立ち上がり叫んだ。
「亜悠! がんばれ!」
すると亜悠の顔はこっちへ振り返り、僕達は目が合った。
「え」
そんな間抜けな声を発すると僕は彼女の唇を見た。彼女も不思議そうな顔をして、「え」と囁いているような動きを見てとれた。もうかまわない。
「亜悠! 勝てよ!」
僕はそう叫ぶと両腕を突き出し親指をつきたてた。亜悠はとびっきりの笑顔と共に片手だけつきだして親指を立ててくれた。
今は他にはなにもいらない。心が満ち足りた瞬間だった。
僕は持っているこいつで写真を撮りながら試合を観戦した。
試合は87-79で豊山中学の勝利となった。
「お、勝ったねー。勝利勝利っと」
いつの間にか優香が戻ってきていた。
「優香、どこ行ってたんだよ。遅すぎるよ。で、ジュース買えた?」
「ごめん、創太の分買わないで違う場所で試合観てた」
「なんだよ」
「次の試合は一緒に観ようよ」
もしかして、優香、気を使ってくれてる? もし優香がいたら、「亜悠! がんばれ!」なんて叫べなかったかもしれない。
「創太の声、めちゃくちゃ響いてたよ。亜悠! がんばれ! なんてさ。ふふっ」
「え? どこにいたの?」
「反対側の席から。みんな創太のほう見てたよ」
「うっ、は、はずかしーな」
「そんなことない。創太の顔良かったよ。あんなはつらつな創太初めて見た」
「そ、そっか。でもあの時はなんか世界が光り輝いてみえたっていうかなんていうか」
一歩前に踏み出した瞬間だった。
亜悠のチームは見事、今日二戦二勝で決勝トーナメントへと無事勝ち残った。明日からまたこの体育館で十六チームによる勝ち抜き戦が行われる。
僕は試合終了後、チームのメンバーが宿泊先へともどる支度をしている中、メンバーに囲まれている亜悠を遠巻きに見ていた。亜悠と話がしたい。だけど、声がかけづらい。
「創太。亜悠さんいっちゃうよ。ほれ、声かけるなら今のうちだよ。にひひ」
優香はそんな僕の様子をみて気づいていた。やっぱり。
「でも、ちょっとあの中に入るのはちょっとなあ……」
「じゃあ、行くにだけ行ってみよ?」
「うん」
僕と優香は支度をしている亜悠に近づいた。亜悠はまだこちらに気づいてはいない。
「もっともっと近づこう」
「ちょっと、もういいよ優香」
僕達は亜悠のすぐ近くまで近づいた。試合を終えた亜悠の姿は、かっこいい。僕はそんな彼女にただただ見惚れていた。
「えいっ!」
「わわっ!」
僕の背中を思いっきり突き飛ばす優香。チームのメンバーの中に無理やり放たれて慌てふためいた。優香のやつ、やってくれたな!
「創太くん、来てくれたんだね。びっくりしちゃった!」
そんな僕に笑顔で声をかけてくれる亜悠。
「ああ、ええと、その」
どぎまぎしながらも、なんか言わなくちゃ。
「ぼ、僕もあんな大声出しちゃって。見つからないようにするつもりだったのに」
「すごく力わいたよ! よーし、創太くんが観てくれるんなら私も、ってはりきったんだ」
亜悠は嬉しそうにそう言ってくれた。
「あのでっかい声、君なの?」
「いい気合だったよ、ありがとう」
亜悠のメンバー達にもそう言われて恥ずかしいけど、とても嬉しかった。聞けば亜悠はこのバスケのエースらしい。やっぱり亜悠、かっこいいな。
亜悠は僕に礼を言う。
「試合を見に来てくれてありがとう。お二人さん!」
「げっ! 私も!? バレてたか。あはは」
一人だけ隠れようったってそうはいかないぞ優香!
「私は北林優香。亜悠さんの事はこいつから聞いたの。私は美術部で同じ部活仲間だしー。それだけだから。ほら、創太」
優香は僕の足を片方ふんづける。
「イタッ!」
訳が分からず慌てる僕をみて亜悠はクスッと笑った。
「おもしろいね、二人とも」
「ま、また明日、ここで決勝トーナメントだね。応援してるから頑張って」
「うん。またおっきい声で応援してよ!」
「うん。また明日」
顧問から亜悠達に招集がかかり、それだけの会話だったが僕は亜悠に会えただけでも満足だった。今日はこの後、安い民宿に泊まりのんびり明日に備えよう。
「亜悠さんと話できてよかったねー」
優香とそんな話をしながら、僕達は民宿に向かった。
次回は創太と優香による民宿の話。ラノベでよくでてくるコメディのそれです。