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第三話

 そんな風に朝にはちょっと不機嫌だったわたしも、放課後にはすっかり治ってしまっていた。なぜなら、わたしには今日ちょっとしたビックイベントが、あるからだった。昨日徹夜して探し回った、自殺提供人。わたしはその人のメールアドレスを手に入れて、メッセージのやり取りをしていたのだ。

『近日中に、お会いすることは出来ませんか』

 わたしはある程度メールをやり取りしてから、そう送った。死にたい、というよりは自殺提供人はどんな人物で、どんなことを考えているのかということに、興味があったからだ。

『明日、暇ですか?』

 自殺提供人・ハンドルネーム、アラキはそう返事をした。基本的に敬語を使う人物で、紳士っぽいな、なんてわたしは思った。そんな人が自殺の手伝いをするというのが、意外でもあった。それに、今からその人と会うのだ。これがわくわくしないわけがない。

 それからいくつかのメールのやり取りがあって、わたしと自殺提供人アラキは、一月十五日の午後六時、三ノ宮のカラオケボックスの中で、会う約束をした。





 三ノ宮の街はどこか空々しい。若者に必要なものがほとんどそろったこの街は、よその街と比べて多少、飾り気がある。JR西口から階段を下りて、人がいっぱい集まる横断歩道を渡る。周りでは塾に向かう高校生なんかが楽しげに笑いあっていて、対照的にわたしは一人で孤独だ。でも別に寂しいとかそんな風に思ったことは、あんまりない。きっと人と触れ合いたくても触れ合えない孤独は、寂しい。でも自分から選び取った孤独なら、自分で責任が取れる。だから寂しくなんか、ないや。ちょっと、寒いけど。

 わたしは駅前のカラオケボックスに入って、部屋に入る。アラキにメールを送る。『405号室です。もう入ってます』待つこと数分。心が昂ぶっている。数か月ぶりの、高揚感。わたしの精神はほとんど朽ちて腐っていたけど、昨日と今日は、わくわくしている。こんなのって本当、久しぶり。

「こんにちは」

 現れたのは黒いスーツに四角い黒縁メガネ、きっちりと整えられた身だしなみに大人な魅力を感じさせる一人の男性――もとい


「詩生じゃん……」


 そこに立っていたのは、わたしと同じように驚愕する詩生 章だった。








「なんであんたがこんなとこにいるわけ。わたしはアラキさんに会いに来たんだけど。いいからさっさと出ていきなさいよ。わたしは今人を待ってるの」

 ほんと、こんなとこでこいつと会うなんて、ついてない。

「……なあ、橋本、一つ言っていいか」

「なに? いいから早く出てってよ」

 詩生は息を吸ってから、わたしにこう言った。

「俺が、お前が言ってるそのアラキなんだ」

 一瞬、詩生が何を言っているのかわからなかった。

「……? 何言ってるの?」

「俺の名前、アキラ、だろ。だから、アラキ」

 驚愕の事実に、理解が追い付かない。

「……ってことは、まさか、あんたが、自殺提供人!?」

「そうだぜ。俺が自殺提供人、アラキだ」

「はぁ!? 薄っぺらで、何も考えてない、あんたが、自殺提供人!?」

「おいおい、ひでぇ言い草だな。そうだって言ってるだろ。俺が自殺提供人だよ」

 わたしは混乱していた。それはもう、わけがわからないくらいに。

「そ……そんな、嘘、でしょ……」

「嘘じゃない。事実だ」

 わたしはすーはーと深呼吸をする。とりあえず、気分を落ち着かせなくては。

「ちょ、ちょっと、詩生。十五分くらい、街をぶらぶら歩いてきてくれない? 心の、整理がつかない、から」

「おう、わかった」

 詩生はあっさりと承諾すると、カラオケボックスを出ていった。





 詩生が、自殺提供人? 驚愕の事実にわたしの心はまるで、追い付いていなかった。

 だって、詩生って言ったら、馬鹿で、薄っぺらくて、何も考えない凡人になっちゃったわたしの幼なじみで……そりゃ、昔は多少絶望したようなところもあったんだけど、そんな過去はもう彼の中で完全に忘れちゃってて……もう、わけがわからないや。

『そろそろ、戻っていいか?』

 詩生からラインのメッセージが届く。ついでに自殺提供人・アラキのメールアドレスからも同様の内容が送られてくる。間違いなく詩生とアラキは同一人物だ。

『いいよ』わたしは返事をする。もう一度深呼吸をする。わけがわからないけど、わからないなりに足掻く必要は、ある。





「まずは、証拠を見せなさいよ」

 わたしは詩生に対してそう言った。詩生は困惑する。でもその表情はいつもの数倍色っぽくて、不覚にもドキリとしそうになる自分が腹立たしい。こいつ、化粧してるな。

「証拠なんて、ねーよそんなもん。そもそもお前は俺と会って話がしたいって言ってきただけだし、自殺を提供する上での道具なんて初回では持ってこない」

「それじゃ、信じられない」

「ここで、こんな風に俺が現れたのが一番の証拠じゃないのか?」

 わたしはそこで言葉に詰まる。そうなのだ。確かにそれが、一番の証拠。

「それは……そう、かも、だけど」

 わたしもうすうす理解しつつあった。なんでかはわからないけど、詩生は、自殺提供人。

「それで、話したいこと、あるんだろ?」

 目の前の詩生が急に大人に見えて、わたしはドキリとする。でもそんな自分がやっぱり、ムカつく。

「うるさい、ばか。とりあえず今日は無理。いろいろびっくりしすぎてる」

 わたしの言葉に詩生はどこまでも落ち着いている。自分だけ取り乱して、ばかみたい。

「そうか。じゃあ、しょうがないな」

 そうやって詩生は微笑む。その微笑みが、悔しい。なんでそんなに大人なの、詩生のくせに。

「それじゃ、帰る。じゃあね」

「ああ、バイバイ」

 わたしは体にたまるもやもやを振り払うようにして、暖房の空気の中を早歩きで出ていった。


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