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ラグナロク  作者: 藍上央理
第3章 黒の王
9/17

(3)

 

 扉の向こうから声がした。

「姫様、ラグナロク様、おめざめでございますか? お召し物と手洗い水を持ってまいりました」

「お入り」

 三人の侍女がいそいそと部屋のなかに入ってくる。彼女を取り巻き、服を脱がせ、柔らかなビロード張りのスツールを持ってきた。彼女はそれに座り、侍女たちになされるがままになった。

 彼女の体を拭い、香油を塗り、櫛で銀髪を梳き、束ねて見栄えよくした。

 彼女の唇に紅を塗り、頬紅で頬をうっすらと染めた。

 彼女たちはラグナロクを飾り立てると、満足気に口々に褒めそやした。

「ラグナロク様、お綺麗ですわ。まるでルナのよう……姫様がわたしたちの国の王だなんて、光栄でございますわ」

 そうこうするうちに、扉の外から声がして、ラグナロクの部屋の前で止まった。

「王、朝の勤めにございます。お早めにお越しください」

 彼女は一瞬瞳に陰を落としたが、直ぐに気を取り直した。彼女は急いで外へ出た。扉の右側に毎日塔に行く時に付き添ってくれる近衛隊長ルナスが背筋を伸ばして立っている。王の離宮の北にある時間とき離れの塔に、彼女が向かうために右側の廊下を行くと、彼も彼女の後を追うように従った。

 彼女は心の内を隠すように胸を張って歩いた。そうしている限り、彼女はとても威厳に満ちて見えた。

 階段を下り、城にめぐらされた回廊を通り、城の一番北へ出る。そこには時間とき離れの塔――政治犯、死刑囚、貴族で罪を犯したものが入る――があった。

 ここは血なまぐさかった。暗く湿って、気味が悪かった。地下ではガダル・マズ(悪魔の飲水)が渦をまき、異臭を放っている。そこに処刑された人間の躯を投げ込むのだ。まさに悪魔の飲水であった。

 そして、塔の最上階に黒の王自身が、自らを幽閉した部屋があった。彼女はとうに唯一ある螺旋階段をゆっくり踏みしめて登った。怪談は沈んだ灰色の扉で行き止まりとなっていた。

「お父様、中にはいってもよろしくて?」

 扉が低くきしんで内側に勝手に開いた。

「ラグナロクか……」

 部屋中に優しい声が響いた。

「寒くはないか?」

「すこし」

 暖炉もない石造りの冷たい部屋が次第に暖かくなった。中へは彼女だけがはいった。ルナスは扉の前で姿勢を正して待つ。

 ラグナロクが部屋にはいると、また扉が勝手に閉じた。

 部屋の内部は広く、円形状で、扉に向かって正面の壁にラスグーの紋章である翼の黒いグリフォンを描いた赤く厚いビロードの大きなタペストリーが掛けてある。

 その内側に誰か居るのか、ゆらりと布肌が揺らめいている。その中から黒の王の声が聞こえてくる。

 部屋の真ん中に質素な椅子が一脚おいてあった。それ以外に家具らしいものはない。

 ラグナロクはそれに座ると、黒の王に言った。

「お父様、ごきげんはよろしくて? 今日もまた、お願いに参りましたわ」

 ラグナロクはとうとうと訴えた。

 他国への無謀な侵略をやめること。農民を奴隷として引っ立てないこと。地税を上げないこと。

「姫よ、それは無理なこと。おまえの願いでも聞けぬ。

 そういえば、姫よ……二日後はおまえが16歳になる日だったな。その日、そなたはわたしのために永遠の乙女となる……。それにしてもおまえは死んだ后によく似ている。あの女はふしだらな女だった……あれほどに愛してやったのに。裏切りの代価は死だ。そなたも分かっておろう?」

 氷のように冷たい声だった。暖かくなっていた部屋が一瞬のうちに凍える。

「お父様、民は困窮しております。きつい作業で死んでしまうものも……できるだけお慈悲をください。それが駄目なら、もっと治水工事を遅めるか、縮小して頂きたいのです」

「だめだ。それよりホスマークの賢人はとらえたのか?」

「いいえ、おりませんでした……その代わり、不思議な少年が……」

「少年?」

「賢人の弟子だと。アスランと名乗っておりました」

「アスランか! ホスマークの不始末は、ホスマークに支払わせよう。

 今すぐに命じよ! ホスマークのアスランなる少年をすべてひっとらえよ! ラスグーに連れてまいれ。わたしが吟味してやろう」

「お父様! 無謀です!! わたしにお任せください。アスランという少年のことはわたしが探します。他のものはお許し下さい!」

「できぬ! わたしが決めたのだ。おまえの決めることではない。

 ラグナロク、おまえはわたしなのだ! 背くことは許されん。分かったな?」

「……はい」

 彼女はまるで死刑を宣告された罪とのように顔を青ざめさせて、立ち上がった。彼女は意気消沈した様子で部屋を出た。そして、無言でルナスを連れ、螺旋階段を降りていった。

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