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ラグナロク  作者: 藍上央理
第3章 黒の王
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(2)

 ラグナロクは部屋に戻る間、マズラルのことを考えていた。


 マズラルは、彼女が生まれる前からこの国に仕えてきた。17、8年前、ふらりとラスグーのドラス城にやってきた。彼が言うには、自分はフラウのマンムー山に住まう魔法使いのもとで修行を積んだが、魔術を本格的に習得したいため、魔導の盛んなラスグーの魔導宮に入学したいと願った。国王寒リアンは彼の願いを聞き入れた。

 マズラルはわずか半年で、見事な成績を収めて卒業し、魔道師の印である杖を与えられた。すると、かれは手蹟で卒業した祝に、大胆にも国王に宮廷魔道師の位を要求した。

 王はそれを快く許し、后が解任したと知ると、今度は生まれてくる御子の教育係に任命した。

 それが丁度16年前、彼女が生まれる7ヶ月前であった。

「あの男はははと親しかったと、父様はいっていた……でも、母様が父様を愛していたから、あの男は手を出せなかった。母さまは神に誓って清い体だ。でも父様は母様を疑った……狂ってる。ああ、逃げ出してしまいたい……まずラルからも父様からも……この位からも!

 わたしが王となっても、父様が政を握っている……こんなことでは、いつ国が倒れてしまうか……不安。そう、不安だわ。わたしも父様も、この国もどうなってしまうのかしら……?」

 彼女は自室に戻り、ソファに座った。思わず持ってきてしまったルルシ酒をグラスに注ぎ、しばらく手に持っていた。そして、何口かで飲んでしまうと、グラスを足元に落とした。グラスはわれず、ひとひらのはなびらになって大理石の床に落ちた。

 ラグナロクは羽織っていたガウンを脱ぐと、小さくたたんだ。それは可愛らしい小さなレースのスカーフになった。鍵は魔法でもとにあった場所に戻された。彼女はこういう魔法をたやすくやってのけた。彼女にこれらを教えたのはマズラルだった。幼い頃から、マズラルが彼女の教育係だったからだ。

 彼女が幼い頃は、彼はよき師であったと思う。嫌うこともなく、教師として慕っていた。しかし、大人になるに連れ、彼の自分を見る異常な視線に気づきはじめた。そして、彼の性格も知るようになった。

 彼女はそれをうちに秘めて誰にも言わなかった。父はその視線よりも恐ろしく、さらに、マズラルは狡猾で信用のおける人格ではなかった。

 ラグナロクはそれでも毎日マズラルの視線に耐え、魔導の勉学のために魔導宮に通った。彼女は13歳で初級の魔導を収め、居間は図書員で独学に徹している。そこでもマズラルのねっとりとした視線を感じた。

 彼女はまずラルを生理的に嫌悪した。どうにかして応急魔道師をやめさせたいと願ったが、黒の王がそれを許さなかった。黒の王はこの15年間、一度として彼を時間とき離れの塔にいれなかったのに、だ。

 ラグナロクが10歳になる頃から、魔導を修得する者達の間で、闇に対して興味を抱くものが増えた。ラグナロクは時々不用意に闇魔導を唱えるものを聞いたことがあった。それもこれもマズラルの影響であることを彼女走っていた。

 マズラルがラグナロクの夫になると吹聴しても信じていない。夫になる資格のある貴族は国内外にたくさん候補がいた。

 しかし、黒の王が彼女を手放さなかった。

 ラグナロクは黒の王の道具であり、切り札なのだ。

 黒の王は彼女を利用するだけ利用して、政略結婚させるだろうという噂まで建っている。

 しかし、ラグナロクはそう考えていない。

 黒の王はラグナロクのことを自分自身だと思っているらしかった。彼女を身近に侍らせ、自分の考えを伝え、政を行わせる……。

 彼女は彼に縛られているのだ。

 

 ラグナロクはふと顔を上げた。窓のカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。もうすぐ早朝のラッパが鳴り、侍女が手洗いの水を持ってくるはずだ。彼女は腰を上げると鏡台の鏡を覗いた。鏡面にプラチナブロンドの美少女が覗いている。その青灰色ブルーグレイの瞳は重く沈み、顔色は青白かった。

 彼女は顔色を化粧で隠し、頬紅で青い頬を赤く染めねばならない。そうして家臣を心配させまいと務めていた。

 彼女は憂鬱そうに頬杖をついた。実際にうんざりしていた。たった10歳で黒の王の代わりにラスグー王の王座につき、黒の王の言葉を自分の言葉として伝え、ラスグーに君臨してきた。彼女は何事に対しても耐えてきた。いや、耐えざるを得なかったのだ。16年前に父王が時間とき離れの塔にこもってから、その姿を見たのは彼女一人だけだったから――。

 サムリアン国王……今や黒の王と呼ばれるその人は、成人とともに即位し、すぐに后を娶った。しかし、世継に恵まれないまま、后は世を去った。それで、ラグナロクの母親になる姫を娶ったのだ。妻を愛し、国を愛し、臣下を愛した聡明なる王は、世継が生まれると同時に人格が変わってしまった……いや、マズラルも影響したかもしれない。

 生まれてきた我が子を見た王は、妻を斬り殺してしまった。

 多くの原因があった……しかし、一番の要因は創始いにしえの王の歌だった。黒の王はいつ頃からか、いにしえの王を手に入れようとしていた。彼が時間とき離れの塔に篭ったのはその代償であったが、そのために、ラスグー近隣の国、四項を手に入れることができたのだ。

 黒の王はすでに国民に恐れられ、恐怖で国を保っている。それで彼は美しい自分の娘を王に据えたのだ。

 ラグナロクは王になって、国民の願いに答えようとしたが、その願いはついに得られなかった。

 彼女は恐ろしい黒の王に逆らえなかったのだ。味方はいなかった。誰一人彼女を支えなかった。一人では黒の王に立ち向かえなかった。


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