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ラグナロク  作者: 藍上央理
第3章 黒の王
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(1)

 ラスグーは不毛の地である。大半が砂漠で、湖もなく――ガダル・マズ(悪魔の飲水)と呼ばれる、真っ黒い河はあるが、飲むことができない――海に面している。

 ホスマーク国境沿いから、ガドゥー連山まで広がる砂漠をナスドと言い、ヒトコブラクダが、馬の代わりに用いられる。ナス度砂漠の東側には幾重にも連なるグラズ山脈がある。

 ラスグーの最も北、ガダル・マズの北側の土地だけが肥沃だ。ニヅラ草原である。そこでは放牧がなされ、主に羊と牛が飼われている。

 それ故に、ラスグーは植民地を必要とし、ホスマーク・スレンダ・ティリアズ、フラウの四国を支配したのだ。

 といっても政以外ラスグーに支配されているわけではなかった。承認は比較的自由であったし、貴族も同様だった。唯一農民がラスグーの影響を一番受けていた。多くの農民がラスグーへ奴隷として連れて行かれた。運河をひくための作業や、不毛の地に田畑を耕すために駆り立てられた。

 その事実を多くの民や国王は見て見ぬふりをした。しかし、農民の減少によって都での作物の流通は確実に減っていった。

 争いを好む時代が到来しようとしていた。誰もが見せ掛けの平和にすがっている。

 平和を取り戻そうと尽力していたはずのラスグーの黒の王――サムリアン国王が、なぜ平和を破ってしまったのだろうか。



 ラグナロクは、ガドゥー連山、アイレン山の麓にあるドラス城の自室にいた。黒壇で出来たやや楕円の机の上においてある、母親の小さな肖像画を見ていた。ランプもつけてない暗闇の中、つきのひかりだけが彼女を照らす。彼女の姿は月の化身。ルナそのもののように浮き上がって見えた。彼女はそっと手を伸ばすと、母の肖像画を手にとり、じっと見つめた。彼女は母親のなかに別の誰かを見ていた。真夜中、寺院で出会った、自分と同じ年頃の無礼な少年。

「アスラン……と言ってた。太陽神を喩えて、ルナ――わたしに対抗していた……。そして賢人に育てられたと。

 母さま……、わたしはあの人を知っているように思えました。母さまに似ている彼を……彼を見ているとまるで自分を見ているかのようだった。興奮と怒りで思わず魔法を使ってしまった。彼のことを忘れられない……」

 ラグナロクは、肖像画を机に戻し、小さなろうそくに火を灯した。それを銀の燭台に差すと、ソファーに横にある小さなテーブルに置いた。やわらかなソファーに身を沈めると、彼女は瞑想をするように目をつぶった。

 ラグナロクが目を開いた時には、すでに蝋燭は燃え尽きていた。彼女は重い腰を上げると、ゆっくりと戸口に向かった。丈夫なオークで出来た、重厚な黒い扉を大儀そうに開いた。

 彼女は暗闇へ飲み込まれていくような長い廊下を突き進んでいく。絨毯をたどって、廊下の端にある目立たない階段を降り、地下にある酒蔵にはいった。

 湿った部屋で、時間に置き去りにされたような空間だった。五段ほどの棚が、紙面の壁にズラリと並べられ、年代ごとに酒瓶が寝かされていた。

 彼女はそのなかの一本を取り、周囲を伺うように見回した。そして、おもむろに屈みこむと、その酒瓶のあった場所の奥へ手を伸ばした。

 ラグナロクはその奥から小さな鍵を取り出した。彼女はなにかつぶやき、指を鳴らした。

 すると何もない空中からグラスが現れた。彼女はそれを片手で受け止めた。またぱちんと指を鳴らすと、今度はガウンが現れ、床にバサリと落ちた。彼女はそれを拾うと脇に酒瓶をはさみ、地下室の奥にある、小さな灰色の扉に向かった。小さな鍵穴はその扉の鍵穴にぴったりと合った。

 ラグナロクは羽織ったガウンのポケットに鍵を入れた。怪談をゆっくりと上がっていき、彼女は頭上の上げ蓋を外すと、そっと外に出た。夜気が爽やかに彼女の頬を撫でる。

 そこは城の裏にある森であった。鬱蒼とした黒い木々が、月明かりにてされてもなおくろぐろと夜の闇に浮き上がっている。

 どういうわけか、彼女はそれを見ると微笑んだ。

 彼女は夜気にあたりながら、グラスに取ってきた度数の低いルルシ酒をそそいだ。充分にその香りを楽しむと、一口飲んだ。

 そして、立膝で座り込み、手を組むと、ラグナロクは歌を口ずさんだ。


  時は遠き 古の

  王たらん王よ 神なる化身

  然れどもそのこころ

  遥か彼方に

  閉ざされし時に眠る

  は忘れられし王

  捕らわれし王よ

  その床は絶えず

  血塗られている

  闇も光さえも虜にす

  邪悪あくなるものか

  ただしきものか

  汝を得るものはすべてを得

  永久とわの栄を(さかえ)を約束される

  の忘れにし名を

  覚えしか 君

  閉ざされし時を

  戻したければ

  唱え 歌え 我が名を

  闇を打ち砕き

  光 取り戻せし

  永久なる眠り 覚めし


 「くっくっくっ……姫よ、創始いにしえの王の詩がお上手ですな。それにしても早いお帰り……護衛の兵士をおいてこられたのか?」

 闇夜にいやらしい含み笑いが響いた。

 ラグナロクは立ち上がると身をこわばらせ、声のする辺りを見た。

 すると、まるでやみより溶け出たような不穏な影が浮かび出た。

 ラグナロクはそれを嫌悪の目で見ていた。

「いつも夜中にこんな場所でおすずみを? 黒の王といえば、わたしのご主人はごきげんうるわしゅうございますか? 北の時間とき離れの塔にこもられたきり、16年も出て来られないので、このマズラル、心中痛み言っておりますとお伝え願いますまいか」

 彼は黒いマントをはおり、それを地面に引きずっている。闇のように黒い髪で、目元は鋭く、頬はこけ、鷲鼻、唇は酷く薄かった。全く顔立ちの良い方ではない。それ以上に心のありようが顔立ちに出ている。

 ラグナロクはマズラルの問いには答えず、興ざめしたとでも言うように彼の横を通り、裏庭から中庭に出ようとした。

 突然、マズラルにラグナロクは右腕を掴まれ、引き寄せられた。彼女は驚き、右手に持っていたグラスを落としてしまった。

「おっと、つれなくしないでくださいよ、わたしはこれでもあなたの腹心なんですからね。黒の第一の……いや、第二の信頼者……あなたの夫にもなる男なのですがねぇ」

 ラグナロクはマズラルの腕を振り払った。

「わたしの夫とまだ決まってもいません。馴れ馴れしくするのは許しませんよ」

 マズラルの顔が粟生白いものから赤黒く変色した。口元を引き攣らせる。

「フフ……妻を自らの手で殺した背徳の王とふたりきり、あの薄暗い塔で何をしているのやら……」

 ラグナロクは怒りにめまいがした。その愛らしい顔を真っ青にさせ、手を振り上げた。が、マズラルには当たらなかった。彼は素早く魔法で姿を消していた。

「まだ底にいるのでしょう!? ならば聞きなさい! これ以上父とわたしのことを勘ぐるのはおやめなさい。黒の王がそれを聞いたら同意y事になるか、あなたが一番知っているでしょう!!」

 彼女はあたりを見回してそう叫ぶと、グラスを拾い、小走りに裏庭を抜け、中庭から白の中へ戻っていった。

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