(2)
「よっ、貴女! 相当な酒飲みみたいですな。見たところ、16、7くらいでしょう?」
アスランはなんて馴れ馴れしいやつだと思った。
「一人旅ですか?」
スランは男を見やった。
「女性の一人旅は大変ですね」
男がその言葉を言い終えぬうちに、アスランは男の横っ面をぶん殴った。ガタガタと椅子が倒れ、男はひっくり返り頭を強く打った。
男は顔をしかめて、片手で頭をさすりながら、上半身を起こした。そして、アスランを見て、「ひゅー」と口笛を吹いた。
「やりますねぇ、腕力がお有りだ」
「おい、それ以上減らず口をたたくなよ。もう一発くらいたいのか?」
アスランは拳を作り、睨んだ。
男はニヤニヤ笑いながらムクリと起き上がり、倒れた椅子を片付けてアスランの横に座った。
「まぁ、そう言わずに。わたしはトーマといいます。以後、お見知り置きを。で、あなたは?」
「しつこいやつだな。殴られたいのか?」
アスランはトーマの態度にトサカにきて、テーブルをぶっ叩いた。
「へい、お待ち」
主人がおっかなそうにカムル酒と湯気のたつニンクをテーブルに置いた。
アスランはテーブルからカムル酒をひったくり、いっきにぐいと飲んだ。
彼は一息ついて、座った目つきで男を睨んだ。
「オレはアスラン。女じゃなくて悪かったね。あんたはいつもそうなのか? 女と見たらすぐに声をかけるのか?」
「わはははは!! そりゃ、違いますよ。私にだって好みがありますから。貴女くらい綺麗でないと。しかし、カムル酒といえば酷く強い酒だ。よくいっきに飲めましたね」
トーマが大笑いしながら手を叩いた。
突然、女将さんがものすごいいきおいで駆け込んできて、厨房に入っていった。
「これが酒というものなのか? ちょいと臭いが、爺さんたちから飲まされる得体のしれないものよりいいか……」
「何を飲まされてたんですか」
「液体だったり……、粉だったり……。お茶と混ぜてさ、そのたびに頭は痛くなるわ、腹は苦しくなるし……。あんのくそじじい、オレを人だと思ってねぇんだよな」
「そりゃ不思議ですね」
そんな彼を尻目に、アスランは木のスプーンを手に取ると、それで器の中のスープをかき混ぜた。ニンクというのはうさぎの肉と山菜のスープで、山に近いこの地方ではよく食べられた。
彼は二口三口とくちにしたが、ちょっと間を置いて、つまらなそうにくるくるとスープをかき混ぜた。そして、うさぎの肉をすくうと、くるりとトーマの方を向き、
「これはなんて言う野菜なんだ? なんだか、オレの口にあわない」
「野菜……!? これは傑作だな。クックックッ」
トーマが、いかにも気の利いた洒落を聞いたように、声を殺して笑った。
「それはうさぎの肉ですよ。まさかうさぎというのを知らないわkじゃないでしょう?」
「これ……、うさぎなのか……? オレはこれがあんまり好きじゃねぇ」
アスランの発言をきいて、彼が不思議そうに聞いた。
「まさか、肉を食べたことがないんですか?」
「肉というものなんて知らないね。ましてやあんなにかわいい生き物の肉を口にするなんて! オレはガキの頃から土に根を張るものしか口にしたことがない」
彼はぶっきらぼうにトーマの方を向いて足を組んだ。
「はぁ、それにしては肉付きのいい。わたしでしたら野菜だけで生きろと言われたら死にますよ。よくそんな年まで野菜だけで生きてこれましたね。いっちゃ悪いですが、あなたは、色が白くて……まるで、少女のようですよ」
アスランはその言葉を聞いてぎろりと彼を睨んだ。
不思議なことに宿の中はガランとし、主人も女将さんも娘たちもどこに行ったやら、アスランたちはふたりきりになっていた。彼は小声でトーマにいった。
「おい、あんたはいつもここに来るのか」
「いえ、そんなことはありませんよ。一昨日に初めてきたばかりです」
「この町は初めてなのか?」
「ええ」
「さっきからおかしいと思わねぇか?」
「なにがです」
「だれもいなくなっちまったことがさ」
「そういえば、一昨日は店いっぱいに人が入ってましたね。この時間帯は」
「嫌な予感がするんだ。ここは早く出ちまった方がいい」
アスランは鞄を取って、財布の中にある1/3ラルト(1000円ほど)を取り出すと、テーブルにおいた。
「おごってくださるんですか」
トーマは目を輝かせた。
アスランは彼を振り向くこともせず、無言で出口へ向かった。彼は用心のために、扉のベルを取って、鞄に入れた。扉は酷くきしんで開いた。