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ラグナロク  作者: 藍上央理
第2章 ルトラン
3/17

(1)

 アスランは、できるだけ都に近づこうと思っていた。人が多ければ多いほど、この肖像画の人を見知っているものがいると考えたからだ。

 アスランが育った国の名は、ホスマーク。統治している国王は、ロレンス4世。といっても、真の支配者ではなかった。四国は皆、ラスグーの黒の王に同盟を誓い、黒の王によって支配されていた。いわゆる、ラスグーと同盟を結んでいる四国は、名ばかりの独立国なのだった。しかし、なぜ黒の王にそれだけの力があるのか――それは、黒の王が悪魔の魂を売ったという噂があったからだ。

 だれも彼の姿を見たことがない。ただ一人側近の魔道師がいるが、黒の王はビロードのカーテンの後ろからしか声をかけたことがなかった。彼が決定を下す政は、すべてカーテンの後ろで行われた。それをすべて知っているのはもう一人、彼の娘だった。

 黒の王がおかしくなってしまったのは、16年前。

 すべてが狂いだしたのも、彼が黒の王と呼ばれるようになったのも、そのころからだ。




 アスランが寺院を家出してきたのは、昼に近かった。いくら足腰の強いアスランでも、山谷を三つ越え、日が暮れるまでに町に着くことは無理だった。日がとっぷりとくれてからやっと一番近い町にたどり着いた。

 その町の名はルトラン。ライマ河沿いの、ルー中野の西にある。

 町に入ると、街路には多くの人びとが行き来し、がやがやとごった返していた。河のおかげで貿易が盛んなのと、周りに村が密集していることから、ルトランは人口の多い町なのだ。

 通りの左右には夜なのに露店が開き、いろいろなものを売っていた。特に多くの人が群がっていたのは博打だった。

「ルデュバイン白の手の5! 5だ!」

 とか、

「さぁ、どっちの椀にさいが入っているか、当ててみな!」

 といういんちき臭いものもある。

 アスランもちらりと覗いたが、損するだろうということがあまりにもわかりやすく、無視した。

 ルトランは、日が暮れても賑やかだった。

 彼が寺院にいた頃、山の上からでもルトランの灯がチラチラと見えるほどだった。

 町は、だいたい北東に向かって家々が立ち並んでいる。道は北東から南西に無かって出来ていた。その北東の方角から、何頭もの馬に乗った男たちが、何やら騒がしくやってきた。なにか叫んでいるが、アスランには聞き取れなかった。

 アスランは鞄の中にある、金貨の袋を何度も掴みながら、キョロキョロしながら道を歩きまわった。なるだけ危なくない宿屋を見つけようと思ったのだ。そのうちに新しく出来たばかりの宿を見つけた。

 扉にはベルが取り付けてあった。彼はドアを恐る恐る押して覗いてみた。カランと澄んだ音が宿のなかに響いた。

 小綺麗な宿屋で、宿の主人と女将さんと三人の娘が、それぞれ食べ物や飲み物を運んだり、そして二十代後半らしき男の客などが酒を飲んだりしていた。

 宿屋は2階建てで、1階が食堂になっているようだ。宿の名前は「スレンの女」といった。スレンとは伝説の美少女のことだ。

 アスランが宿にはいってカウンターにつくと、主人がチラリと彼を見、言った。

「一人旅かい? みたとこ、スレンダの人かね。それともどこの方かね? どこに行くのかね? 

 腹が減ってここに寄ったんだろう? なににするね」

「オレはトグノ山のアスラン。あのシュバツァの寺院だよ。

 ミトゥーに行って人探しをするんだが、この女の人を知らないか?」

 アスランは肖像画を鞄から取り出し、主人に見せた。

「うーむ……見たことないねぇ……何かい? あんたの母親なのかい? こんだけ綺麗なら国中の噂になるだろうね」

「ふーん……。そう、がっかりだ。知っていると思ってた」

「ところで泊まるのかい? 泊まらないのかい?」

「泊まるよ。ああ、おやじ、個々の料理で何が一番美味しい?」

 宿の主人はそれを聞いてニヤリと笑った。

「そりゃ、あんた、ニンクに決まってとるじゃないかね。それじゃ、それを頼むんだね」

「ああ」

 主人はアスランの返事を聞くまでもなく、三人の娘に大声で命令した。娘たちが奥に引っ込むと、しばらくしていい匂いが漂い始めた。娘が一人、ひょいと厨房の戸口から顔を出すと、叫んだ。

「父さん! お客さん、何を飲むって?」

 アスランは興味なさげにちらりと娘のほうを見た。娘は田舎特有の真っ赤な頬を更に赤くさせ、直ぐに頭を引っ込めた。アスランはそれを不思議そうに見ていた。

「何を飲むかね」

 と、主人に言われ、アスランは困ったように辺りを見回した。部屋の隅で飲んでいる青年に目をつけた。ちょっとためらいつつ、

「あの男と同じものを」

 宿の主人はそれを聞いて目を天にしたが、気を取り直して、

「いいのかね?」

「それでいい」

 アスランはぶっきらぼうに答えた。主人は肩をすくめて大声で怒鳴った。

「お若いのに、カムル酒を!」

 アスランは部屋の隅の男に目をやった。少し男の頭が動いて、顔を上げた。目があったように思えたが、その男の前髪は男の目を完全に隠していた。男がじーっとアスランを見つめていると思ったら、突然ニヤリと笑って、手元の酒とコップを持ってアスランの方へやって来た。


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