(7)
ラグナロクは顔を真赤にして叫んだ。
「ね、ね、寝る!? あ、あ、あれですか!? でも、あれは神聖な儀式で……! 男性と女性の神聖な儀式ですよ!! それを男性とだなんて! 商売って! 信じられない!!」
ラズーがうんざりした顔をした。
「神聖な儀式ねぇ……あんた、ずいぶん古い考えなんだな。今まで修道院にでもはいってたんか? 大声で怒鳴らなくったっていいじゃないか」
「いいえっ! 実に不愉快です! こんなところにわたしのローバーがいるはずがありません!」
ラグナロクは憤慨して叫んだ。
「ローバー? なんか男見てぇな名前だな。なんだ、おまえだって男の恋人がいるんじゃねぇか」
彼女ははっとして口を押さえた。仕方なく、説明した。
「ええ、その通り、男性です。でも、ローバーはその男性の名前ではなくて、呼び方なんです。『運命の片割れ人』という意味なんです。
わたしは彼に会うためにラスグーから来たのです」
「運命の片割れ人っつーと、永遠の恋人っつーわけだな。それでも男同士にゃ変わりないじゃねぇか」
「はあ……分かりました……」
ラグナロクは静かにそう言うとターバンを取った。
月の光が雫のようにハラハラと彼女の肩に舞い落ちた。誇りをかぶった姿であれ、まばゆいばかりの豊かな銀髪で、彼女の本来の美しさがかいま見える。
彼女に気づいた周囲の男女がため息を漏らした。
「おまえ、女だったんか……」
ラグナロクはターバンで顔を拭い、汚れをとった。
「わたしはこのように目立ちます。このままだと、わたしの目的を邪魔されてしまいます。
わたしが何者かは秘密です。なにかあっても保証できませんよ」
「こええな……
帰って、アスランになんて言おうかね……わしゃ、とんでもないことに関わっちまったみてぇだ。うーむ、困った」
「あなたが困ってどうします?
ほんとうに困ってるのはわたしの方です。
マルロスにミトゥーへいけと言われましたが、こんなところでわたしのローバーが見つかるかどうか……」
と言った痕、彼女ははっとなった。黒の王の命令……あれは多分ルナスを通してラヌーンに報告されてしまっているはず……。ラヌーンはきっと命令を実行する。
「ほんとうに困ったことはこれからなのに、自分のことばかりにかまけていました……。
驚かずに聞いてください。
黒の王の命令が下ってしまったはずです……。
ホスマークのアスランをすべて捕らえろ、と――」
ラグナロクはそれだけ言うと、俯いた。
「黒の王が……またか!」
話を聞いていた老女が立ち上がる。
「なんて、酷いことを……!」
周囲の者達がざわめきだした。なかには走って店を出たものもいた。
「まったくロレンス王はなにをなさってるんだ! 黒の王の侵略をなぜ止めないんだ」
ラグナロクはいたたまれなくなった。アスランとのやり取りを、黒の王に漏らさなければ……、と胸が傷んだ。
「ラズーさん、あなたの息子さんもアスランというのでしょう? 帰って知らせたほうがいいです」
難しい顔をしているラズーに言った。
「心配しなくていいさ。わしんとこのアスランは、名前が言いにくいから縮めてるだけさね。本当はアシュトルーンちゅうんだ」
「アシュトルーン……初級魔道師の意味ですね。じゃあ、……魔法を使うのですか?」
「そりゃヒデェくらいの悪戯ものだ。人様からの預かりもんだから下手に扱えねぇし……。近所のねぇちゃんからは迷惑がられるし。困ったやつなんだ」
「若い子なのね。こういう街ではみんな体を売らないと行きていけないの?」
ラズーが苦虫を噛んだような顔をした。
「すまねぇな、さっきは……。体をうあらなくても生きてけるさ。ほとんどのやつは騙されて売られるんだ」
「それではわたしのこともだますつもりだったんですか?」
ラグナロクは睨みつけた。
「いや、わしはちゃんと説明したろ? だますつもりなんてつゆほどもなかったぞ。だから、そんなに睨まねぇでくれよ」
彼女はため息を漏らし笑った。
「さぁ、あなたのアシュトルーンがアスランと間違われて字は困ります。帰らないと。あの、ついでなんですが、わたしもご一緒してもいいですか?」
「いいけどよ……、あんたはそのローとか何とか言うのを探すんだろ?」
ラグナロクは眉をひそめた。
「いいえ……、おそらくラヌーンは町中のアスランを捕らえるはずです。
それに、わたしが探しているローバーはアスランという名です。
マルロスはここにアスランがいると言いました。わたしはそれを信じています。
このミトゥーにいるアスランを捕らえるというならば、わたしはそれに賭けます。危険に飛び込んでみるのもいいことでしょう。
わたしも一介の魔道師です。逃げることも逃すことも容易です。
それに捕らえられた少年たちはすぐに処刑されたりはしません。彼らは二日後まで生かされるでしょう」
ラグナロクはターバンを巻き直し、ラズーと一緒に店を出た。
サルバナ通りはいつもどおり活気に満ちている。
ラヌーンの部下、ルナスはまだミトゥーに乗り込んでいないのか……。
ラグナロクは不用意に自分の足跡を残していた。
彼女はそれに気づかず、この後、タンタロス横丁のアシュトルーンのもとに向かうのだった――。