(6)
時は正午に戻る――。
ミトゥーの中央通り――サルバな通りは賑々しく、露店はどこの店も繁盛している。
この南国にはない、北国――フラウからの赤い実をスパスパとナイフで切って、客に味見させている店には、異常に人が集っている。
ミトゥーの人々はあけっぴろげで陽気で、さっぱりした気風がある。
食いっ気もたっぷりで、ぶ厚いハムを挟んだパンケーキにたっぷりマスタードを付けたものを売っている店など、人がいつも群がっていた。
ラグナロクは珍しそうにキョロキョロしながら、通りを歩いていた。彼女は男装し、銀髪をゆったりとしたターバンですっかり隠してしまっていた。ただでさえ美しい面立ちなのに、北方の民によくある銀髪を豊かになびかせていれば、どんな輩に目をつけられるかわからないからだ。
彼女はなるべくラヌーンのように大股で歩き、体の柔らかさ、しなやかさが目立たないように苦心していた。それが却ってぎこちなく、滑稽さを感じさせた。彼女もだんだんと疲れてきて、無理をして歩くのをやめた。
彼女はつい先程、体力を酷く消耗する魔法を使った。その日のうちに、二回も。本来なら、この魔法は頻繁に使うものではない。使わないほうがいいのだ。今回は大賢人マルロスが力を貸してくれたのか、それほど自分の力を使わずにすんだ。
彼女は店の壁に凭れかかって、町の人々をじっと眺めた。
ミトゥーはラスグーよりも暑かった。用意した革の服で汗だくだ。
ミトゥーの人々は汗を吸収しやすい麻の服を着ている。
ラスグーでは見たことのない人だかり。人々のどよめき。
静かな彼女にとって全てが目新しく、疲れてしまうことだった。
「人だかりに酔ってしまったのかしら……」
彼女は疲れのためにめまいがした。
目のまえに冷たい飲み物を売っている屋台があるのに、彼女は気づかなかった。それどころか、金銭を使う方法も知らなかった。
ターバンを下にずらし目のまえにかざしても、暑さは変わりなかった。
「喉が渇いた……こんなところにわたしのローバーがいるのかしら……?」
突然彼女の前に人影が立ちはだかった。
「そうした? 坊主」
彼女は眩む目を上に向け、声の主を見た。
「大丈夫か? さぁ、わしの方に捕まれ」
「す、すみません」
彼女は装うことも忘れて礼を言った。
男は彼女の腕を引いて立ち上がらせる。
ラグナロクはなんて親切な人だろうと思って、男のひくままについていった。
ボサボサの固そうな黒ひげ、強面だが人の良さそうな顔つき、髪は短く刈っていてふさふさとしており、壮年より上のようだが頑強そうな体つきだ。
男と彼女は近くの飲食店にはいった。
手頃な席につくと、男が店の者にいった。
「おーい、蜂蜜酒とカラム酒!」
注文すると、蜂蜜酒とカラム酒を持った少年がやってきた。
「あれ、おやっさん。今日は、アシュトルーンは?」
「おいてきた。おまえもそろそろ仕事を変えてみないか? いいところを紹介するぞ」
「いやぁ、オレにはここがちょうどいいよ。それに、おやっさんの紹介する仕事は、ねぇ……」
といってから、ちらりとラグナロクを見た。
「いやいや、こいつはさっきそこで拾ったんだ。仕事じゃねぇよ」
ラグナロクは運ばれてきた蜂蜜酒を無心に飲んでいた。暑さのためにほてった頬が、冷えた蜂蜜酒のお陰で白く戻っていた。念の為につけた埃や砂はそのままだったが。
「また、その手を使うの? 仕事を紹介するって言ってもろくなとこじゃないくせに。気をつけな、おまえ。このおっさんは仕事斡旋してるけど、顔のいいやつにはろくなとこ斡旋しないからな」
そういって、少年は仕事に戻っていった。
「余計なこと言いやがって、全く……まぁいいか。さて、坊主、なんであんなとこに座りほうけてたんだ?」
男がちびちびと酒を飲みながら尋ねてきた。
「あ、あの……暑くて……」
ラグナロクは恥ずかしそうに答えた。
「旅のもんか? たしかにそのなりじゃあ、暑かろうて。金はあるのか? なくて往生しとったんか?」
金のことになると、たしかに彼女もうなずかざるをえない。貴金属以外なにも持ってこなかったからだ。
「はぁ……」
「ところで、わしの仕事は聞いたとおり仕事の斡旋だ。働く気があるなら、いくらでも紹介するぞ。金がないなら貸してやる。4ラルトあれば足りるか?」
「……4ラルトっていくらくらい何ですか?」
ラグナロクは声を低めて尋ねた。金銭感覚がないことにだんだん気づいてきたからだ。
「ここらへんのやつじゃないとわからんか……二週間は食っていけるぞ?」
「仕事ってどんなことなんでしょうか?」
男は不躾にラグナロクをジロジロと眺めた。
「そうさな、男相手の仕事だ」
「男性相手……」
そうすれば、リーバーに会える確率が増えるかもしれない……。
「そこには若い方も来ますか?」
「多分……来るかも知れねぇが……」
男はあごひげを撫でながら、気まずそうにいった。
「ああ、よかった。やってみます」
彼女は焦っていたせいと、なみなみならぬ世間知らずのお陰で返答を急いだ。
男は明るい顔をすると、彼女の肩をバンバンと叩いた。
「名前を聞いてなかったなぁ! なんて名前なんだ? オレはタンタロス横丁のラズーだ。おやっさんでいいぞ。おめぇ、綺麗だし、この仕事だって割り切りゃすぐなれる。それともそうやって膝にを稼いでたんか? そうなりゃ、ますます話が早いさ。なんだなんだ、黙りこくって? 急に怖くなったのか?」
ラグナロクは男の勢いに圧倒されていた。
「あ、あの……わたしはなにをすればいいんですか?」
ラズーはラグナロクの顔をまじまじと見つめた。
「なんだ、おまえ、訳もわからず、うんっていったのか? 素人は困るぞ。それなら先に言ってくれよ。なら、最初は酒場から始めるしかねぇか……。それだったら、そこの奴らが仕込んでくれるだろうし……」
「あ、あの……仕込むってなんですか?」
「商売の出来る体にするってっことだよ。男と寝た事ないんだろ?」