表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラグナロク  作者: 藍上央理
第4章 ミトゥー
16/17

(6)

 時は正午に戻る――。

 

 ミトゥーの中央通り――サルバな通りは賑々しく、露店はどこの店も繁盛している。

 この南国にはない、北国――フラウからの赤い実をスパスパとナイフで切って、客に味見させている店には、異常に人が集っている。

 ミトゥーの人々はあけっぴろげで陽気で、さっぱりした気風がある。

 食いっ気もたっぷりで、ぶ厚いハムを挟んだパンケーキにたっぷりマスタードを付けたものを売っている店など、人がいつも群がっていた。

 ラグナロクは珍しそうにキョロキョロしながら、通りを歩いていた。彼女は男装し、銀髪をゆったりとしたターバンですっかり隠してしまっていた。ただでさえ美しい面立ちなのに、北方の民によくある銀髪を豊かになびかせていれば、どんな輩に目をつけられるかわからないからだ。

 彼女はなるべくラヌーンのように大股で歩き、体の柔らかさ、しなやかさが目立たないように苦心していた。それが却ってぎこちなく、滑稽さを感じさせた。彼女もだんだんと疲れてきて、無理をして歩くのをやめた。

 彼女はつい先程、体力を酷く消耗する魔法を使った。その日のうちに、二回も。本来なら、この魔法は頻繁に使うものではない。使わないほうがいいのだ。今回は大賢人マルロスが力を貸してくれたのか、それほど自分の力を使わずにすんだ。

 彼女は店の壁に凭れかかって、町の人々をじっと眺めた。

 ミトゥーはラスグーよりも暑かった。用意した革の服で汗だくだ。

 ミトゥーの人々は汗を吸収しやすい麻の服を着ている。

 ラスグーでは見たことのない人だかり。人々のどよめき。

 静かな彼女にとって全てが目新しく、疲れてしまうことだった。

「人だかりに酔ってしまったのかしら……」

 彼女は疲れのためにめまいがした。

 目のまえに冷たい飲み物を売っている屋台があるのに、彼女は気づかなかった。それどころか、金銭を使う方法も知らなかった。

 ターバンを下にずらし目のまえにかざしても、暑さは変わりなかった。

「喉が渇いた……こんなところにわたしのローバーがいるのかしら……?」

 突然彼女の前に人影が立ちはだかった。

「そうした? 坊主」

 彼女は眩む目を上に向け、声の主を見た。

「大丈夫か? さぁ、わしの方に捕まれ」

「す、すみません」

 彼女は装うことも忘れて礼を言った。

 男は彼女の腕を引いて立ち上がらせる。

 ラグナロクはなんて親切な人だろうと思って、男のひくままについていった。

 ボサボサの固そうな黒ひげ、強面だが人の良さそうな顔つき、髪は短く刈っていてふさふさとしており、壮年より上のようだが頑強そうな体つきだ。

 男と彼女は近くの飲食店にはいった。

 手頃な席につくと、男が店の者にいった。

「おーい、蜂蜜酒とカラム酒!」

 注文すると、蜂蜜酒とカラム酒を持った少年がやってきた。

「あれ、おやっさん。今日は、アシュトルーンは?」

「おいてきた。おまえもそろそろ仕事を変えてみないか? いいところを紹介するぞ」

「いやぁ、オレにはここがちょうどいいよ。それに、おやっさんの紹介する仕事は、ねぇ……」

 といってから、ちらりとラグナロクを見た。

「いやいや、こいつはさっきそこで拾ったんだ。仕事じゃねぇよ」

 ラグナロクは運ばれてきた蜂蜜酒を無心に飲んでいた。暑さのためにほてった頬が、冷えた蜂蜜酒のお陰で白く戻っていた。念の為につけた埃や砂はそのままだったが。

「また、その手を使うの? 仕事を紹介するって言ってもろくなとこじゃないくせに。気をつけな、おまえ。このおっさんは仕事斡旋してるけど、顔のいいやつにはろくなとこ斡旋しないからな」

 そういって、少年は仕事に戻っていった。

「余計なこと言いやがって、全く……まぁいいか。さて、坊主、なんであんなとこに座りほうけてたんだ?」

 男がちびちびと酒を飲みながら尋ねてきた。

「あ、あの……暑くて……」

 ラグナロクは恥ずかしそうに答えた。

「旅のもんか? たしかにそのなりじゃあ、暑かろうて。金はあるのか? なくて往生しとったんか?」

 金のことになると、たしかに彼女もうなずかざるをえない。貴金属以外なにも持ってこなかったからだ。

「はぁ……」

「ところで、わしの仕事は聞いたとおり仕事の斡旋だ。働く気があるなら、いくらでも紹介するぞ。金がないなら貸してやる。4ラルトあれば足りるか?」

「……4ラルトっていくらくらい何ですか?」

 ラグナロクは声を低めて尋ねた。金銭感覚がないことにだんだん気づいてきたからだ。

「ここらへんのやつじゃないとわからんか……二週間は食っていけるぞ?」

「仕事ってどんなことなんでしょうか?」

 男は不躾にラグナロクをジロジロと眺めた。

「そうさな、男相手の仕事だ」

「男性相手……」

 そうすれば、リーバーに会える確率が増えるかもしれない……。

「そこには若い方も来ますか?」

「多分……来るかも知れねぇが……」

 男はあごひげを撫でながら、気まずそうにいった。

「ああ、よかった。やってみます」

 彼女は焦っていたせいと、なみなみならぬ世間知らずのお陰で返答を急いだ。

 男は明るい顔をすると、彼女の肩をバンバンと叩いた。

「名前を聞いてなかったなぁ! なんて名前なんだ? オレはタンタロス横丁のラズーだ。おやっさんでいいぞ。おめぇ、綺麗だし、この仕事だって割り切りゃすぐなれる。それともそうやって膝にを稼いでたんか? そうなりゃ、ますます話が早いさ。なんだなんだ、黙りこくって? 急に怖くなったのか?」

 ラグナロクは男の勢いに圧倒されていた。

「あ、あの……わたしはなにをすればいいんですか?」

 ラズーはラグナロクの顔をまじまじと見つめた。

「なんだ、おまえ、訳もわからず、うんっていったのか? 素人は困るぞ。それなら先に言ってくれよ。なら、最初は酒場から始めるしかねぇか……。それだったら、そこの奴らが仕込んでくれるだろうし……」

「あ、あの……仕込むってなんですか?」

「商売の出来る体にするってっことだよ。男と寝た事ないんだろ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ