ハートディスク
「どうしようかなぁ〜」
未希が白々しく強に視線を向ける。きつくもなくいやらしくもなく、でも下心ありありの瞳が強に向けられる。
「どうしようかなって…何が…」
「このままの格好がいいかなぁ〜」
「えっ?コスプレのまま…」
「そう、コスプレイヤー未希降臨…なんちゃって…」
未希はどこかの魔法少女の決めポーズをハニカミながら実行する。
「それは…もしや月にかわって…的な…いやいや、リアル中学生が中二病患者って…」
「良いじゃん別に…リアル中二病のお兄の妹なんだし…」
「いや、流石に近所の眼が…」
「私は気にしないもん!私が気にして良いのはお兄の視線だけだもん」
「未希…その格好だと…」
「だから私は気にしないって!」
「気にしろよ!その格好で近所をウロウロしたら…とんでもないことになりそうだ…」
「そうかなぁ?」
「未希可愛いし…美少女だし…間違いなく危険だ」
「ホント?お兄…嬉しい♪そりゃ、勿論…美少女に自覚症状はあるけど…お兄のその麗しの声で言われると…もっと言って、少なくともあと三回言って…一つは永久保存用で、後はストック用と通常使用に一回づつ…ゆっくり言って…未希の海馬という名のハートディスクに焼き付けるから…」
「ったく…ハートディスクじゃなくて、ハードディスク…しかも、人の話半分しか聞いてないし…」
「そんなことないもん♪ちゃんと聞いてるもん♪お兄の御言葉は一言一句、記憶してるもん♪お兄の傍だと通常運転の三割増しで準急行並みなんだから!」
「へぇ〜そうなんだ…」
「何よ!その疑いの眼差しは…あっ…でも…良いかも…」
強の刺すような視線も、未希にとっては最愛のお兄に見つめられている、最愛のお兄の視覚を私が占領していると思い込み、奇妙な独占欲を満たす結果にしかならなかった。
「思考回路が高速処理しすぎて大切な何かを置き忘れてきてませんか…妹さん」
と、なかばあきれ気味に強はカスタードクリームのような柔らかく甘いそれでいてドロッとした声色で妹との心理的距離を模索する。「は〜い♪愛には危険が付き物とお兄は言いたいんでしょ♪そんなことより…美少女って言って!しっかり、ガッツリ三回言って!」
「ニマニマ顔で近づくな!いくら家族でもパーソナルスペースが近すぎる…そもそも俺の話をきいてねぇし…」
「パーソナルスペース?そんなものは…チュ!」
未希は勢いに任せて強の鼻の頭にに軽くキスをした。
「なっ…なにナニを…」
「なにって、好きンシップ…だもん…」
気がつけば強の視界は未希の満面の笑みによって占領されていた。
このままでは、出掛ける前に兄弟の一線を越えてしまうのではないかと、強は焦りだしていた。
いつもより暴走しだした妹を少しでも冷静にさせようと、咄嗟に思い付いた事を口に出した。
「未希!脱げ!今すぐ脱ぐんだ!コスプレで暴走して危険だ!」
未希は驚愕で一瞬眼を見開いたが、その後期待と羞恥心で顔を赤面させながら目を細めた。
「…はい…強さん…」
未希は顔を強のパーソナルスペースに駐在させながら、器用に服を脱ぎ始めた。
「未希!ちょっと、ちょっと待て…ここで脱ぐな!部屋で着替えてこい!」
突然の妹の行動に強は困惑する。
「えっ…だって…お兄…脱げっ…て………た…ん」
「脱げと言ったけど、今すぐじゃないし…て、未希?なんか言ったか…?」一瞬の沈黙のあと小馬鹿にしたような未希の声がする。
「アハハ…お兄慌てて…可笑しい…」
「お前…馬鹿にしただろ?」
「それはどうかな…」
「なんだその人を小馬鹿にした態度は…」
「もう…着替えてくればいいんでしょ…期待して損しちゃった…高級アイスと焼きプリンとカフェラテと美少女発言五回で許してあげる」
「なんだその上から目線は!俺が何か悪いことでもしたか?」
「鈍感お兄は解らなくていいの!今日の晩ごはん作ってあげないんだから!」
「えっ…それは…困る」
「私は困らないもん♪」
「わかった…俺が悪かった…これこの通り」
「まだ頭が高い!」
「へへぇ〜」
「ふむ…予期に計らえ…」
「へへぇ〜」
そんなこんなで芝居じみた会話が暫く続いたのであった。