静かな晩餐
「まったくお兄の鈍感ぶりは国民栄養賞ものだわ!…そこがまたいいんだけど…でも、やっぱり早く気付いて欲しいなぁ〜てっ言うか!…なんで忘れてる訳?…言った本人じゃなくて、言われた方が頑張っているってどういう事!…でも…鈍感お兄は…やっぱり私のものよ!誰にも譲れないわ!私は山本未希もとい、元!川口未希は何としても十年前の約束を果たすべく全力でこの案件を解決するのよ!その為にはどんなことだってするんだから!未希は負けないわ!たとえ、もし、今のお兄に好きな人が出来たとしても、あの時、確かに言ってくれたのよ!だから信じるの!何があっても負けないの!必ず迎えに…こさせてみせるわ…」
強に直接言えず、ただ空回り気味に独り言を吐き出した未希は、肩を大きく上下させて息を整えた。
テーブルの上に置いてある銀色のメイクボックスから折り畳み式の三面鏡を取りだす、試供品だろうか、小さな化粧品が沢山詰まった箱の中から、アイシャドウやらリップクリームを探しだすとメイクをはじめる。
「中学年だからって、メイクアップは必須項目よね!足りない色気はこれで良し!」
最後にパピュームをそっとうなじに吹き掛けた。
「ナチュラルメイクと微かな甘い香りでお兄の視覚と嗅覚を奪っちゃうんだから!…ただ美少女すぎてお兄以外の男性の視線も少し気になるけど、仕方がないわ!鈍感お兄が悪いんだからね…妹の努力に早く気付いてくれないかなぁ…いやいや弱気になっちゃダメよ!来年にはお互いに結婚できる歳になるんだから!今年が正念場!年貢の納め時!ファイナルステージ!ラストラウンド!大将戦!千秋楽結びの一番なのよ!そうよ!永遠の縁結びの結びの大決戦なのよ!!バージンロードがビクトリーロードなのよ!そして五年後に勝利の美酒をいただくのよ!」
気合いの入りすぎた未希は一人で空回りを加速させ、結局服選びに更に時間を費やし、気がつけば夕飯の準備の時間になり、コンビニデートが先送りになってしまうのであった。
「未希食欲ないのか?」
「鈍感お兄は黙ってて!」
「化粧なんかして、俺とコンビニ行った後に、デートの約束でもあったのか?」
「違うもん!」
「ちゃんと連絡したのか?」
「何が?」
「デートの約束すっぽかしたんだろ?」
「違うもん!鈍感お兄は黙ってて!」
「うっ…」
険悪なムードのなか二人だけの夕食は淡々と続いていった。
一方リビングの片隅で両親が何故か二人から距離をとるように離れたところでお通夜のように静かに食事をしていた。
「正志さん…二人だけにして大丈夫?」
「咲子、良いじゃないか、若い者は若い者同士で…」
「なにその見合いの席の仲人さん発言は…」
「見合いねぇ…半分そうかもね…」
「へっ?何呑気な事を言ってるのよ…兄妹よ…」
「一応はそうね…」
「正志さん一応ってまさか未希ちゃんに本当の事言っちゃったとか…?」
「教えてないわよ…気づかれてるけど…」
「だったら、尚更二人きりはダメでしょ…」
「二人共、好き同士みたいだし…良いんじゃない?別に兄妹でも血がつながっていなければ結婚だって出来るみたいだし…恋愛は自由なものだと思うし…今好きだからって、結婚するとは思わないしね…」
「そうなの?未希ちゃんが強に好意的なのはわかるけど、うちの強が…まさか…」
「強の最近のお気に入り分かる?」
「何よいきなり…何の関係が在るわけ?」
「あれ?もしかして知らないとか…?」
「知ってるわよ…アイドルのファイヤーバキューンだったかしら…」
「そのファイヤーバキューンの真ん中の子が好きなんだけど…雰囲気が似てるのよね…未希に…」
「えっ…でもまっさか〜」
「でも、そのまさかかもよ…」
「えっ、強が…だって未希ちゃんとあまり会話しないじゃない…余り一緒にいないし…」
「それはきっとあれでしょ…恥ずかしいとか、青年的衝動とその葛藤の結果じゃないかしら…」
「…強がねぇ…で、正志さんは二人がくっついても良いわけ?」
「そりゃ、恋愛は自由だし…私と咲子が惹かれたように…あの子達だって惹かれ会うでしょ…半分は同じDNAが入っているんだから…」
「DNAねぇ…」
「ただ…強は自分の気持ちに気づいていないか?気付かない振りをしているのか?わからないけどねぇ」
「強も、私に似て鈍感だから…」
「えっ…咲子、自分が鈍感なの自覚してたの…」
「一応…って私の事馬鹿にしてません…」
「してません…してません」
更に静かなった晩餐が粛々て続いていった。