その名はマリコ
「お兄、また変なもの買って…仕方ないなぁ…」
郵送の小包を少女が勝手に開け始めた。
「私には、お兄の全てを知る権利があるんだから…」
独り言を言いながら僅かに刃の出たカッターで丁寧に梱包を開けていく。
まるで何かを手術か解剖でもしているように慎重に荷をほどいていった。
そして箱の中から現れたものはテレビのリモコンだった。
「えっ、リモコン?」
荷札には家電と書いてあったが、まさか本当に家電製品が入っているとは少女は思っていなかった。
「てっきり、エッチな物だと思って、期待して損しちゃった…」
少女は手袋をはめて説明書に手を伸ばした。
「マルチリモートコントロール?はぁ…ワケわかんない…全ての家電をこれ一台で…怠け者向けのリモコン?鈍感お兄らしいけど…」
パラパラと説明書を見ていると、警告の文字が目についた。
「特殊な電波を使用しています。人体に向けての使用はしないで下さい。…何これ?あっぶっな…」
そして電話のベルが鳴る。
ジリリン ジリリン
少女はビクッと肩を振るわせて電話機を睨んだ。
「誰よ!私の邪魔をするのは…」
ツカツカと電話に近づく
「今時、黒電話ってやんなっちゃう…」
お兄がレトロで格好いいからと家の電話をダイヤル式の黒電話に先月交換したばかりだった。ナンバーディスプレイとか付いていないので、誰からかかってきたのか判らないし、何よりベルの音が大きくてうるさかった。
少女はベルの音を消す為に受話器を上げた。
「はい、」
『山本さんのお宅ですか?』
「はい」
『イー企画の小川と申します。強さんはご在宅でしょうか?』
「お兄はいませんが…」
電話越しに聞こえる男の声は何処か切迫した感じだった。
『当社のリモコンのリコールの件で…』
「リコールですか?」
『山本様に先日お送りした商品でして…』
「爆発するとか?燃えるとか?ですか?」
『燃えたり、爆発はしないのですが…電池を反対にいれて使用すると人体に悪影響が出るという事例が有りまして…』
「まぁ、大変!」
『ですから、至急、強さんに連絡を…』
「解りました。お兄が帰って来たら伝えておきます」
「くれぐれも使用しないようにお願いします」
少女はふと疑問に思った事を口にする。
「間違えてって使うとどうなるんですか?」
電話の向こう側が静まり返った。
「もしもし…」
『説明は出来たら控えさせていただきたいのですが…』
「お兄は気難しい人なので私が説得しないと、リコールに納得しないかも知れませんが…」
少女は少しカマをかけてみた。
『それは、まずい…』
「何が不味いんですか?」
『大事に成るよりマシか…実はですね…』
「お兄、お帰り♪荷物届いてるよ…」
「あっ、ありがとう」
「お兄!ただいまは?」「あっただいま」
「もう、しっかりしてよ高校生でしょ…」
「未希は手厳しいなぁ」やれやれといった仕草で小包を抱えて強は自分の部屋へ向かっていった。
「ついに手に入れた…」
彼の小さな段ボール箱を見つめていた。
『マルチリモートコントロールシステム』
通称『マリコ』これ一台で色々なものを遠隔操作できるズボラな人向けの駄作家電であった。