もみじとの別れ
その日の夜、僕はなかなか寝付けなくて、ふと窓をみたら、淡く光っているもみじがいた。
僕は嬉しかった。
彼女とまた会えた事が。
何よりも仲直りできるチャンスができたことが嬉しかった。
だから、もみじが淡く光っている事も、言葉を発さない事に対しても不思議に思わなかった。
僕は、こっそり家を抜け出すともみじについていった。
ついていった先にはいつも、木登りしていた木だった。
いつもの木は何故か淡く光っていて、僕は見惚れてしまった。
そうしていたら、突然、彼女は語りだした。
自分は、この木の化身であること。
そして、もう寿命がもたないこと。
このまま何もせず、寿命を迎えようとしていたところ、自分の木の下で泣いている僕を見つけた事。
何とかしてあげたいと思った事。
だから、寿命を削って、山の生きているみんなの力を借りて、人間の姿をとったこと。
僕と遊ぶ日々はとても楽しかったこと。
でも、もう、この冬を乗り越える事はできず、死んでしまうこと。
だから、さよならしなきゃいけないということ。
僕には、何をいっているのかほとんど分からなかった。
でも、最後のさよならしなきゃという言葉は分かった。
だから、僕は泣いた。泣いて泣いて、逃げ出した。
逃げ出せば、また、会えると思ったから。
受け入れなければ、また、次の日も、もみじと会えると思ったから。
今考えれば、もみじは困った顔をしていたと思う。
でも、僕は自分のことでいっぱいで、もみじに向き合えなかった。
そして、夜が明けた。
その日、僕は小学校をずる休みをした。
そして、こっそりと山に出掛けた。
そうしたら、もみじと出会えると思ったから。
でも、会えなかった。
それ以降、毎日、毎日、山にいったけど、あの日以降一度ももみじに会うことはできなかった。
僕はそれ以降、元気がなくなって、お父さんもお母さんも心配してくれて、いろんなところに連れて行ってくれた。
だけど、僕はいつももみじの姿を探していた。
怒っているようで、実は笑顔を浮かべている彼女を、僕はいつの間にか好きになっていた。
でも、幼い僕はそれが好きという感情なのかよく分からなくて、僕は気持ちを持て余していた。
それから少し月日が経ったころ、ある日、小学校から帰ってくると、僕の部屋の机に紅葉の葉が載っていた。
僕が紅葉の葉を手に取ると、突然、もみじが現れた。
「もみじ」と僕が彼女の名前を呼び終わる前に、もみじは、僕を抱きしめるとこういった。
ありがとうって、そしてごめんねって。
僕はとうとう我慢がならなくなって、ごめん。僕こそごめん、ごめんって泣いてしまった。
そして、もみじは、そんな僕をより一層抱きしめると、こういったんだ。
また、会えるから。きっとまた会えるから。
彼女は体を離すとこういった。
男の子でしょ!ほら、笑って!最後は笑ってさよならしよ! って。
僕はなんとか精一杯笑顔を浮かべようとした。
でも、出来なかった。涙は溢れるばかりで、一向に止まる気配を見せなかった。
もみじだって、そんなことを言いながら、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
でも、それでも、彼女は腰に手を当てて、しょうがないなとばかりに、僕の目元を手で拭ってくれて、そして、泣きながら、笑顔を浮かべた。
僕は、その時、彼女の笑顔を初めて見た気がする。
笑顔が下手な彼女。
そんな彼女が浮かべた彼女の笑顔に、僕は見惚れてしまった。
僕がその笑顔に惚けていると、彼女は言葉を続けてこういった。
頑張って練習したんだよ。人間って、最後は笑顔で別れるものなんでしょ?だから、毎日毎日練習してたの。どう、ちゃんと笑えているでしょ?って。
咄嗟に言葉が出てこなかった。
彼女がいなくなる。
今度こそ、彼女とはもう会えないんだと漠然とした、でも、何か確信めいた辛くて悲しい感情が僕を包む。
頬の涙が止まらなかった。
でも、最後だからと、僕は涙を拭い、うんとかすれた声で言った。
もみじは、そんな僕をみて、僕の涙をもう一度拭って、笑顔を浮かながら、こういった。
またねって。
その一言だけ言って、彼女は幻のように消えた。
消える直前、僕は彼女に精一杯の笑顔を浮かべて「またね」といった。
彼女は、少し驚いた感じで、でも、笑って消えたんだ。
でも、幼い僕に、納得できるはずがなかった。
納得できなかった僕はその後、一所懸命彼女を探した。
でも、見つからなかったから、親にも探してもらった。
それでも、彼女を見つけることはできなかった。
秋が終わって、冬になり、また春になり、夏になり、次の秋がきても、とうとう僕は、もみじを見つける事ができなかった。