もみじとの出会い
山々が紅葉で色取り取りに染まる頃、僕は、近くの山にいつものように遊びに行き、いつものように帰ろうと思った。
でも、帰り道が分からなくなってしまった。
小学生の僕は、どんなに歩いても、歩いても帰り道が分からなくて、段々怖くなってきた。
そして、まるで世界に一人で取り残されたように感じて、座り込んで泣き始めてしまった。
どれくらいたっただろうか。
頬に何かが当たった感じがして、ふと顔を上げると、8歳くらいの少女がいた。
頬にあたったものは、彼女の小さな紅葉のような手だった。
彼女は、怒っているような表情でこう言った。
「なにやってるの?ここの近くの家の人なの?……もしかして迷子? 」
僕はとっさに、声を出そうとしたけれども、泣きつかれた喉は言うことを聞いてくれなくて、とっさに頷く事しかできなった。
彼女は、頷く事しかできない僕を見て、もうしょうがないなとばかりに、腰に手を当てて、胸を張ってこう言った。
「しょうがないな。お姉さんが、家のある場所まで連れて行ってあげる! 」
そういって、差し伸べてくれた紅葉のような手は温かくて、ほっとした事を覚えている。
それから、家が見えるまで、お互いの事を話し合った。
時間はほんの少しだったから、分かったのは、彼女が近くに住んで居る事と、名前が「もみじ」ということだけ。
でも、僕の家に着く前に、また明日も山で遊ぼうねという約束をした。
僕はもう既に迷子になって、不安になったことなんてもう忘れていて、これから、彼女と遊べるのが楽しみでしょうがなかった。
そして、いつものように玄関から入ろうとしたら、仁王立ちしているお母さんに捕まって怒られた。
怖かった。閻魔大王だって裸足で逃げ出すんじゃないかってくらい怖かった。
でも、急にお母さんが泣き出して、そしたら、何でだか僕も泣いてしまった。
なんだか胸がもやもやして、すごく苦しくて泣いてしまった。
それから、僕は、もみじと山で遊ぶようになった。
山で遊ぶことを、お母さんはあまりいい顔をしなかったけど、お父さんがお母さんに言ってくれて、遊びに行けるようになった。
僕がいうのもなんだけど、もみじは不思議な子だった。
どこの家に住んで居るかわからない。
聞いてもいつも、曖昧に誤魔化された。
でも、山に行くといつもひょっこり顔を出す。
遊んでいる内に、彼女は、いつも怒っているような顔をしているんだけど、それは表面だけで、本当は笑顔を浮かべようとしているのが分かるようになってきた。
不器用な彼女は笑おうとすると顔が引きつって怒っているような顔をしてしまうんだ。
これは、密かな僕の秘密だった。
僕は、彼女の本当の顔を知っているんだぞという、よく分からない優越感に浸っていた。
彼女とはいろんなことをして遊んだ。
木登りしたり、木の実をとったり、動物を捕まえてみたり、池の魚をとったり、いろんなことをして遊んだ。
楽しかった。その頃、僕は、もみじと遊ぶのが楽しくてしょうがなかった。
でも、それは長く続かなかった。
肌寒さが強くなってきたころから、もみじが会いにきてくれる回数が減っていった。
もみじに聞いてもごめんねというばかりで、理由を教えてくれない。
そして、もみじと会う回数は週7回から、6回、5回、4回と減っていき、とうとう、週1回も会えなくなっていった。
僕は寂しかった。僕の家は学校から遠く離れていて、周りに住んで居る友達がいなかったから、もみじが遊んでくれるまでは、ずっと一人で遊んでいた。
そのもみじが遊んでくれなくなった。
寂しかった。
今まで一緒にいてくれた人がいないというのは、まだ幼い僕には耐えられない寂しさだった。
そして、久々に会えた紅葉に、会えて嬉しかったのに、本当は嬉しくてしょうがなかったのに、僕は言ってしまった。
問い詰めてしまった。何で会えないのかと問い詰めてしまった。
そしたら、いつもは勝気な彼女はごめん、ごめんって泣いて、走っていってみえなくなってしまった。
僕はふてくされた。
なんでわかってくれなんだって。
幼い故の傲慢だったんだと思う。
でも、冷静になると、彼女の涙が頭によぎった。
彼女だって言えない理由があったんだろうなって子供心ながら考えた。
僕だって、悪戯をしてしまった時や、悪い時をしてしまった時は、お母さんに言えないことがある。
でも、僕は全てを彼女のせいにしてしまった。
僕は罪悪感でいっぱいだった。
だから、謝るために一所懸命紅葉を探した。
いつも遊ぶ池、いつも木登りする場所、いつもお絵かきする場所、いつものいつもの……、でもどこにもいなかった。
その日、僕はしょぼくれたまま、とぼとぼと家に帰った。