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『第六章:禍の狂神スサノオ』

      *

 暗闇に沈む茂みの中、前に森、村の光を背にして、幼い彼は告げた。

「ここまで連れてきてくれてありがとう。それで、お願いって、なに?」

 やつれた顔色と声だが、そこには安心感が滲み出ていた。

「ボクは神様なんだ。だから、どんな願いもボクが叶えてあげる」

 冗談にもほどがあるような言葉。黒髪を流した妙齢の女性は、少し困ったような顔をする。が、ややあってから、誤魔化すように彼女こう告げた。

「――私の世界を、もっと広くして」

 理解に苦しむ答えだった。彼は呆けたように小首を傾げて、しかし間を開けてから、ウンと頷いた。

「分かった。ボク、この前神様になったんだ。だから、神様のボクがちゃんと、そのお願いを叶えてあげるよ。助けてくれたお礼に。絶対に。――それで、大丈夫?」

 世迷言を容易く信じた少年に、女性は戸惑うも感嘆し、首肯した。

 彼は破顔一笑。バイバイと言って、村へと駆けだしていった。

 あの子はこんな時でも笑顔になれるのか、と彼女は彼の笑顔を見て何となくそう思った。思わず、自分も笑みを溢しそうになる。が、

「……いけない。私は〝森の番人(クー・シー)〟。害悪(ヒト)を食らって森を守護する存在。ヒトとこの世界が変わったとはいえ、元来から私は精霊。ヒトでは、ないんだ、私は……」

 彼女が自制を口にした時だった。すでに遠く、村の柵の手前で立ち止まった彼が、不意に振り返って、こちらに手を振ってきた。

「――ボク、ホントはもっと遠くに住んでるんだけど、しばらくはここにいるから、――だから、君が良ければウチの別荘に来てよ! 歓迎すらからァ!」

 歯を剥いて笑い、彼は村へと入っていった。彼が消えた後も、彼女は彼を見ていた。

「あの子は、私の願いをどうするのだろう? ……私のために、何を賭してくれるのかしら」

 世迷言のような願い。だがそれは、この世に生まれ落ちた時より彼女が思い続ける羨望だったのだ。

 彼はこの不明瞭な願いを一体、そして、本当に叶えてくれるのだろうか?

      *

      *

 静かな夜。そこには、広場とグラウンドを繋ぐ長大な階段があった。

 少年は、その最上段に腰を据えてある場所を見詰めている。荒れ果てた、金属片をそこいら中に撒き散らしたグラウンドだった。

 少年は遠野。彼の制服はススで汚れてはいたが、しかし傷などは無かった。

「――っ」

 彼は奥歯を強く噛み締めた。

 本当に、何も出来なかった自分に対する自責からだった。

 今日の昼、新東合学園に所属不明の敵機が現れ、甚大な被害を学園に与えた。三年教棟は崩れ、幾つかの施設も傷ついた。何よりも、大きな傷は、

「――波坂」

 悪友と彼が慕っていた波坂・伊沙紀が、意識不明の重体にある事だった。現在は出雲内にある大病院で集中治療中だ。

 が、しかし来襲した機甲兵を破壊したのは、紛れもない遠野本人だった。激情を起因に突如発現した、異能〝狂者〟によって理性を失った状態で、だが。――引き金となったのは、無論、波坂だ。

 遠野は波坂が治療中である事を異能が解けるまで知らなかった。自我を失くして、機甲兵を倒した後も暴れていたのだ。無理もないといえばそれだけだが、それでは彼の納まりは着かなかった・

 復讐の心に身体を呆気なく奪われ、その感情に任せてただ暴れた。やりたい事、彼女を助ける事が微塵も出来なかったのだ。

 身体が酷く重い。

 限界を超えた肉体の酷使と魔力の消費が原因だ。今はいい責め苦だと彼は思った。快活なら自棄になって自傷行為に走りたいほどだ、。――思考だけはよく回ると、彼は自嘲した。

 遠野・和時は、無能者である。

 だが、それは、狂戦士的な能力に杭を打つために自ら枷を掛けた結果だったのだろう。神が与えた力か否か。どちらにせよ、理性を失う代わりに他者の異能を一時的に写し取る力など、遠野には不要以外のなにものでもなかった。

 コピー能力は、考えれば最強に近い。戦略を練るための知能があれば、だ。

 遠野は理性を失ってその力を得る。やりたい事もやれる事も、出来る事すら出来なくなる。

 それは、彼が最も拒絶するモノだった。

 自棄を抑える理性。可能性を模索する思考。揺るぎない信念。欲望を律し続ける自制心。

 それらは、彼が無能者として、独りの少年として抱いた砦だった。絶望の中で、彼が、ただ誰かのためにやりたい事が出来るようにと誇示し続けた、理想だったのだ。

 だが、それも崩れ去った。あの時、己が憤怒を抑え込めていれば、もっとマシな力があれば、大切な悪友を失わずに、かけがいのない日常を壊さず、守る事が出来たのではないのか!?

「力は、有った……! だが、何も出来てはいないじゃないか……!!」

 ここまで感情が揺れる、それも怒りを抱いたのは初めてだった。

 ……俺は、無力だ……! 空や波坂を守れもせず、暴れ狂っていた弱者だ!!

 彼は奥歯を噛んだ。が、ふと不意に後ろに気配を感じた。

 咄嗟に腰を上げて振り返った彼は、無理やり感情を律して、黒闇の向こうに鋭い声を発した。

「――誰だ!?」

 問いかけに、まず返ってきたのは失笑だった。恐れを知らない不遜な声と威圧で、

「誰だとはとんだ言い草だな、和時よ? 竜王に対してその態度、力が目覚めた途端尊大になりおったか? 魔力を抑えろ。貴様のソレ、乱れて見るに堪えん」

 声の主は、蒼衣だった。

 会長か、と遠野は呟いた。警戒心を解いて、まだ距離のある蒼衣に言ってやった。

「――どうしたんだ、三年はまだ修学旅行中の筈だ。予定では尾張にいるくらいじゃなかったのか? それに、いつも一緒にいる副会長はどうした?」

「この非常時に遊び呆けるほど我らは愚かではない。一報を受けたので走ってきた。ハハ、出雲までは遠かったぞ? 流石に息が切れた。――他は麻亜奈に任せて独り来た」

「成程。後方支援で防護結界展開してるだけかと思ったら、実働部の奴らちゃっかり助けを呼んでたのか。たった数年でよくそこまで飼い慣らしたもんだな」

 座り直した彼は怒りの捌け口に毒づいた。が、蒼衣は気にもせず、真横に腰を据えた。

「クク、褒め言葉とでも受けっておこう。なあに、ここにはただ話がしたいと思って来ただけだ。付き合え。貴様の異能、〝狂者〟とやらについても話すべき事が多々あるであろう?」

「何故アンタが知ってる? 発現してから半日も経ってないんだぞ?」

「オレを侮るなよ和時。異能は先刻だが、貴様が機甲兵の調査を進言してから一ヶ月。貴様の事についても調べたに決まっておろう。家族構成やその無能に関する検査結果も、だ」

 告げると、蒼衣は更に言葉を続けた。視線は真っ直ぐ、遠野が破壊した鉄くずに向いている。

「遠野・和時。七歳で変革に遭い、以後無能者として生活。神秘以外、勉学運動ともに優秀。――現在両親は印度へ渡航しており、帰国の目途は無し。父海瀬は、契約術を専門とする旧代からの魔術師で、母も同じく魔術師。英国生まれの死霊魔術の天才らしいな」

 いやはや、

「どういう経緯で辺境の契約師と契りを交わしたかは知らんが、貴様はその編的な異能に加えて、魔術師として最高の血も受け継ぎそこなったようだな?」

 皮肉めいたように蒼衣は笑った。内心では不満を感じるものの、彼は努めて平常に、

「俺の親を馬鹿にしたような言い回しは気に食わんが、先を言ってくれ。どこまで俺を調べたんだ? 全部吐いてもらうぞ」

遠野の鋭い眼差しを嘲笑一つで彼は一蹴した。

「貴様が発現したと聞いて見立て通りの能力だった。――異能〝狂者〟。劣化コピーを基本とした卑怯じみた多重能力。模倣した能力は当然劣化するが、そのアドバンテージは高い。貴様が元来持っていた魔力経路の無才さえ無ければ、相当の異能者になっておったただろうな」

 そして、蒼衣は、遠野が考えようとしなかった事に故意に触れた。

「貴様があの兵器を倒すに用いた異能は、たぶんに会計のモノであろう? 暴走したおかげで〝邪眼束縛〟を極限にまで使いこなしたそうだな。くしくも、敗れた会計の力を会計以上に使いこなして勝利。しかしその力をどす黒い気で穢した。そう言ったところか?」

 彼の言葉に、遠野は息を詰める。わざわざ怒りを呼ぶような台詞ばかりを蒼衣は選んでいる。

 彼の意図は知らないが、怒気を必死に抑えて問うた。

「……何が、言いたいんだ?」

 遠野に蒼衣は応じた。口端を歪めて、

「吉報だ和時。会計は一命を取り留めたらしいぞ? 

 その代償として、永遠の眠りについたままになるらしいが、な」

「――――――!?」

 遠野は目を剥いた。蒼衣は、一瞬だけ笑みを濃くすると、次にこう付け加えた。

「遷延性意識障害。俗に言う、植物状態、だな」

      *

      *

 長方形の空間がある。

 白亜の、しかし隅に薄暗さを持った空間だ。

 両壁には手摺が据えられて、薄らと消毒液の匂いも充満している。

 そこは廊下。病院の廊下だった。夜中なので、天井の灯りは三本間隔で灯されている。

 〝手術中〟の表示が灯る扉の傍、クッションの硬い長椅子に独り座る矮躯の少女がいた。

 濃紺の頭を鈍く、不規則に揺らす少女の目は重く閉じており、時たま力を失ったように頭がカクリとさせている。

 と、ふと不意に、少女は目を開けた。

 しばらくぼーっとすると少女だが、思い出したように赤い電灯に目を見やる。前に見たときと変わりはなかった。その事に重く溜め息を吐いて、少女は小声で呟いた。

「――何で、こんな事に」

 少女、空は項垂れた。

 自分たちに出来る事は、全てやったつもりだった。

 彼が機甲兵を狂気で押さえつけている間に、岩戸らが応急措置で折れた骨や各所を固定。知る限りの治癒を施して、空が獣化してここまで運んできた。が、それでも足りなかったのだ。

 ……自己修復できないくらい、脳や脊椎、痛んでだなんて。

 空を苦しめていたのは、波坂を助けられなかったという現実。彼の暴走を見て怯えてしまった後悔。立ち向かうと決めていたのに、また自分は逃げようとしていた。

 不意に手術室の扉が開いて、そこから初老手前の看護婦が急ぎ足で出てきた。気付いた空は、

「あ、あの!」

「……?」

 呼び止めた看護婦は、眉をひそめてこちらを見返してきた。が、空が何故ここにいるのかを考えて状況を察したようで、足をこちらに向けてやって来た。

「どう、ですか?」

 問う声は震えていた。看護婦はこういう手合いに慣れているのか、落ち着いた口調で。

「行き先分かんないときに状況伝えるのってあんま好きじゃないだけどね。濁すのも苦手だからちゃんと聞くんだよ? もう聞いたかもだけど、八割がた駄目だね。外側の治療はもう済んだけど、やっぱ神経と脳の損傷が酷いんだ。脊椎も、脳幹にも結構ダメージあってね」

 言って、看護婦は手に持っていた数枚の、真っ黒の穢れを祓う符をヒラヒラとさせた。

「今は不浄の魔を取り除いてる。神経再結合させる準備してんだ。私はより多くの穢れを払えるように符を特注してくるんさね。上手くいけば、意識だけは戻せる」

「な、治るの?」

 問いかけに、しかし看護婦は申し訳なさそうに首を横に振った。

「残念だけど。――神経っても脳のだけだからね。これでも、五分五分なんさね。死にやさせないけど、これが限界なんだよ。脊椎の方は今から手術すれば何とか手足を動かせれるようになるだろうけど、それをしてたら今度は脳がね。眠ったままよりかは、って事で、こっちが勝手に判断して脳治療に専念する事にしたんだよ。――悪いね。全部治せなくて」

「―――――」

「……友達かい?」

「う、うん。親友だ、って、言ってくれたの……」

 そうかい、と少しシワの入った目尻を下げて看護婦は優しく微笑んだ。彼女は何かを思い出したのか懐に手を入れて、そこからあるものを取り出した。――一枚の、それも血で汚れた写真だった。

「破けて血とかもついちゃってるけど、あの子の親友なら持ってやってくれるかい? 服破く時に出てきたんだよ。――男の子みたいだけど、あの子のコレかい?」

「え、伊沙紀ちゃん、の……?」

 差し出された写真を、空は訝るように覗き込んだ。彼女の血だと思うと気が引けたが、そこに写っていた人物を見た空は、思わず彼の名を口にしていた。それは疑問符と一緒に、

「……和時、君?」

      *

      *

「――くそッ!」

 現状、助かるは見込みゼロ。回復後も全身不随。そして失語の障害を得るかも知れない。

 遠野は大きく呼吸をしてから、怒気が籠もった声で吐き捨てるように言った。

「――それで、俺に何が言いたいんだ! 状況報告のためだけで来た訳ではないんだろう?」

「ク、――流石は目聡いヤツよの。物でなくとも欲していたモノには敏感か?」

「冗談はいい。早く話せ。何が切っ掛けでまた発現するか分からないんだ」

 遠野の鋭い眼差しに、蒼衣は苦笑一つ。おもむろに立ち上がった彼は、階段を降り始めた。

 訝りながらも遠野はそれに続く。前を行く彼は、他愛無く口を開いた。

「オレは多分に漏れず、リュウ属特有の独断専行の気が強い。外交や政治、情勢にも明るい訳ではない。元帥とはいっても、役職で言えば一介の研究者だ。ただオレは、オレがやり易くなるよう行政に圧力を掛けているにすぎん。独裁や王と呼ばれる所以だろうな」

 しかし、

「しかしオレにも、信念や願望というモノはあるのだ。それこそ、幼き日に夢見た見果てぬ夢のような馬鹿な目論見がな。貴様にもあっただろう? 力有る者だった狂者よ」

 不敵の微笑。ちらりと視線を合わせて、しかし遠野は無視するようにすぐ逸らした。

「ハハ。なあに恥じる事は無い。オレとて勇者や万能者を願った事くらいはある。――オレは最強だ。世界でオレを打ち倒す者なぞおらぬ。故に愚かな事を思い付きもする。だがな、和時よ。分別を弁えぬ愚者がおるようだ。この、荒廃の一途を辿る儚い世界にも、な?」

 などと告げて、彼は階段の最後の一段を降りた。そのまま、彼は歩を進めていった。

「――あの機甲兵。開発元はどうやら聖書のようだ。継承者の少なさをカバーするため独自に開発。分割継承という手法を用いた代用技術で巨兵を動かすらしい。正式名称は侵略型機動兵士。呼称は侵士。襲名神は群神である悪魔。分かるか? 和時。外界を侵略する悪魔ぞ?」

「つまり、アレは神州を食うために送り込まれた聖書産の兵器だと?」

「すぐさま聖書を敵と言わぬのが貴様らしい。オレも異論は無い。地理的、効率的に見ても考えにくいからだ。可能性を考えるならば聖書の横流しを受けた近隣組織の仕業だろうよ」

「……考えられるのは、中華かインド、スラブ。フィリピンは、低いな」

 遠野の呟きに蒼衣も首肯する。グラウンドの、昼特に激戦地となった場所に着いた。

「神州内での謀反も入れておくがいい。内輪揉めはこの時代よくある事だ。――とかく本題と行こう。貴様には頼み、いや、全部長として命令があってここに参った」

 爆発で焼け焦げたのか、何か所も大きく黒ずんだグラウンド。そこに佇んで、彼はこちらに振り返ると、毅然とした態度と表情でこう告げた。

「――学園総隊陸上科、二ノD小隊第六分隊所属。伍長相当官、遠野・和時。異能〝狂者〟を発現させた貴様に、大将相当官全実働部部長が特務として命ず。本日昼、今学園を奇襲せしめた下手人、または組織を特定。次いでは報復を行ってこい。精鋭部隊はすでに編成した。足りぬと言うなら好きなだけ持っていけ。――貴様が、隊長だ」

 どうだ? と言わんばかりに蒼衣は歯を剥いて笑った。しかし、遠野は、

「何故だ? 何故俺にそれを命じる。会長、アンタにはアンタ直属の夜盗組がいるだろう。何故それを使わない! 何が狙いだ……!?」

「決まっておろう。オレは貴様が適格者だと見出した、それだけだ。それ以外に何があるというのだ? ヤトウはオレの直轄だが、アレでは駄目だ。飼い犬然とし過ぎている。なあに問題は無かろうよ。貴様を推すにあたって、もう一つ、吉報があるからな」

 そう言うと、しかし蒼衣は静かに空を見上げた。青白く輝いた三日月が浮く、星多き夜天を、だ。

 すると、彼の周りに蛍火のような光が漂い始めた。それがツクヨミの神力によるものだと、気付くのに少し遅れた。神秘的な世界の中で、蒼衣は目を細めた笑みを浮かべる。

 間を大きくおいてから、彼はこちらを見た。そして、

「――襲名神がスサノオ。三種の顔を有する〝大海原〟の王にして嵐の英雄神。今より、貴様が被る神名だ。しかと身の内に留め、生涯背負い続けるがいい」

 突然の発言に、遠野は目を見開け、言葉を失った。何故だ、と。

「準備は整ったぞ〝狂者〟。力も有る。名も有る。役目も有る。全て貴様が欲していたモノの筈だ。振り返ったとしても過去は悔いるな。ただ前を向いて、過去を糧とし先を望め」

 誘うような彼の言葉が、頭の中を反芻した。やはり、釈然としない事が多過ぎだった。

 遠野は顔をわずかにしかめて悩んだ。

 久方ぶりに迷った。

 微かに波坂の事が頭の中を過る。彼は確かめるように内心で呟く。

 ……悔いは、ないだろう。俺が今やりたい事は、それだ。

 ゆっくりと、遠野は呼吸した。

 悩む必要など無いと、そう自分に言い聞かせて、彼は前を見た。蒼衣がいた。神州を背負う月天の神が、いた。

 だから、

「分かった。有難くその任を引き受けよう。準備が整い次第、欧州に発つ」

 遠野は確かにそう告げた。だが蒼衣は何故かその返答に、目をわずかに細め、眉尻を少し下げた微笑を浮かべた。あたかもそれが何かの節目であるかのように、だ。

「――和時よ。オレは貴様が上首尾に至る事を望んでおるぞ」

 神州の王と呼ばれる男は、遠野の目の前から立ち去った。

 グラウンドに一人残された彼は、その場に佇み、己の母の名を被った少女の言葉を思い出した。

 ――貴方をずっと見ていましたわ。

 彼女を傷付けた敵。彼女を穢した己に、彼は消える事のない激情の焔を抱いていた。





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