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『第二章:学園の生徒は今日も〈後編〉』

      *

 空が獣化したのをその目で知覚した遠野は、わずかに躊躇した。止めに入るかどうかを、だ。

 霊体を本体とする異属は自由に、ヒトと本来の姿を入れ替える事が可能だ。それを〝(じゅう)()〟と呼び、獣化した異属は、ヒト型時よりも能力が数倍近く向上する。いくら生徒会の一角であり、大佐相当である波坂といえど、獣化した飛竜が相手では勝負にならない。加えて、

「……赤化魔力に、口から漏れる火。アイツ、まさかまた神力を……?」

 空は完全に頭に血が昇っている。当初ならまだしも、すでに仲裁に入れるような状況では無い。燃焼現象の神力に巻き込まれれば、無能者である自分ではほぼ即死だ。

 ……出来ず、そしてやろうという気概さえ無くなったか。腑抜けたな、俺は。

 飛竜から、視線を波坂へ移す。緊の面持ちだった。じっと身構え、空の攻撃意図を把握しようとしているように思われる。

 と、横から声を掛けられた。女子の声で、

「遠野君。私、行ってきましょうか? あの、空って子が何するかは分からないですけど、十中八九強力な攻撃にしか見えないですから。被害最小限のために、って事でどうです?」

「――俺に聞くな岩戸。小隊の揉め事なら、小隊長であるお前が勝手に判断すればいい。要らん世話は焼くな。考えるのが面倒だろうが」

 右横に立った女生徒。委員長である岩戸・スズメ。セミロングの黒髪に、模範的な制服の着こなしをする彼女に、遠野は、尻目を向けてそう言葉を返した。

 くすくす、と岩戸は失笑して、しかし窓枠に手と足をかけた。肩越しに、笑顔で、

「それなら王子様のお望み通り、お姫様のお手伝いに行きますね。日本の男児は神代より他人を使うのが大好きですから、ね? ちゃんと見ないといけませんよ?」

 そう言った岩戸だが、次に前を向いた時にはすでにその表情は真剣なものへと変化していた。

 彼女は五階から飛び降りる。気流操作で緩やかに落下しつつ、岩戸は小声で呟いた。

「飛竜とはいえ、この熱量、予備動作だけで魔力が漏洩するなんて。大神ですか……」

 岩戸が降りていくのを視界の端で確認しつつ、遠野は下の戦闘を直視していた。獣化した空は竜脚を広げた体勢で鎌首を天に向けて、魔力を急速に集約させている。昨日と同じ規模ならば、発射まで十秒もない。

 しかしそんな中でも、波坂は逃走ではなく仁王立ちの構えをとっていた。

 眼光は黄金色のまま、開いた両手の五指を前に突き出している。全処理能を、何かに、傾けているようだった。

「……まさか、アイツも」

 彼が声を発したと同時。波坂の足元に、手慣れたように岩戸が滑り込んだいった。

      *

      *

「全動作からの発射秒数、威力想定いきます!」

「頼みますわ!!」

 空間認識に全神経を注いでいた波坂は、足元に滑り込んできた岩戸の声に即答した。

 校舎間の距離と体積。空気組成。気流の乱れを正確に捌きながら、波坂は前を見る。顎をわずかに開けて、直上を捉えた飛竜がいる。言われなくてもあと数秒で来る。が、

「(……発射まで三、……威力、背後職員棟吹っ飛びます!)」

 あらそれは手加減かしら、と念話で返事しそうになるが堪えて、波坂は己の意識と感覚を、周囲全てに同調させた。

 それは、波坂自身の神力だった。

 それは己を中心に、空間そのものを制御する力。物質振動から、気流硬度、魔力濃度に至るまで。全てを知覚、干渉し捻じ曲げる。空間整調の上位神役。

 飛竜との間に、波坂は、この場の空気と魔力全てを用いて空間を束縛しにいった。

 ……黄泉の王たる妙技、見せて差し上げますわ! ――縛しますわよ、〝()()()(つい)(ばく)〟‼

 空間内の光が屈折して鱗の如き波紋を呼んだ。直後、一気に空間内にある物質の流動の概念は縛され、透明な、傾斜付きの滑走路が生まれた。波坂は口端をつり上げる。

 そして、

『――!!』

 直径十メートル。大火力の火弾を、飛竜は首の振り下ろしと共に吐き出した。

 航跡の如く火粉は尾を引き、炎熱を撒き散らす火弾は愚直に飛んだ。職員棟を背にした二人の少女の許へと、だ。

 だが、火弾は途中で進路を変えた。その豪速を緩めずに、坂を上るようにして直上へと。波坂の神力によって縛され、壁となった空間が、灼熱の火弾を天へと導いたのだ。

 一息の後、学園の上空に真昼の花火が咲いた。

 爆発を見届けてから、波坂は空間の束縛を紐解いて、気流も魔力もゆるりと元に戻した。

 波坂は安堵に息をついた。そして、へろへろになった状態で足元に寝っ転がっている岩戸に対して、彼女は微笑みを顔に載せて声を掛けた。

「感謝しますわ小隊長(いいんちょう)。炎熱保護から空間操作の補助まで、色々と世話を焼いて下さいましたわね。――というか、大丈夫ですのソレ? 術を複数同時に展開させた上、高速思考のエフェクトを施すなんて、今さらですけど一両日はまともに歩けなくなりますわよ?」

 あははすいません、と苦笑いで応じる岩戸にまた吐息一つ。波坂は、正面、少し向こうに視線を飛ばした。

 先まで飛竜が屹立していた場所には、飛竜の姿はすでに無い。砂ぼこりで分かりづらいが、代わりに、ヒト型の少女がうつ伏せで倒れている。見たところ、全裸だ。

 ……全く。凄いんだか駄目なんだか、判断しにくい子ですわね。……しかし。

 と、波坂は周囲を見渡した。あれだけ周囲の保護に専念したというのに、自分たちの身を守るだけでも精一杯だった。広場のタイルは熱だけで焦げ付き、脇の雑草は萎れている。

「――あの神力に加えて、あの子の種族。もしかして、彼女がワタクシの……」

 そこまで考えて、波坂は首を振った。

 今はそんな事は後回しだ。気絶しているようだし保健室へ連れていかねば。そう思い直して、波坂は空の許へと歩を向けた。

 だが、自分と少女の、名と出来事だけの関係を想起するのは、やはり止められなかった。

 息を詰めて、彼女は耳鳴りと頭痛を堪える。額に手を当てて、痛みを振り払った。

 ……魔力を使い過ぎましたわね。余剰の奉納用魔力がぎりぎりたりそう、ってとこですか。

      *

      *

 波坂が空の許へと歩き出したのを見とめた彼は、息をつきたい気分を我慢して急いで懐に手を入れた。内ポケットに仕舞った携帯電話を取り出す。電話帳の一番上を指定して彼は、

二D(ツー・ディー)所属の遠野だ。自教室で発生した騒動の結果を報告する。先を越したヤツはいるか?」

『こちら、地下階層指揮室。いいえ、貴方が最初です。報告を願いします』

「一、二学年教棟間の広場で決着がついた。戦闘時間は、およそ三分といったところだ」

『はい。こちらからもモニターで確認ができました。そちら目視による被害は?』

 問われ、遠野は一度視線を下に落とす。空に上着を被せて、背に負ぶさった波坂が見えた。

 ふと気付いたように、波坂がこちらに振り向く。目線があった。――バレたかと思った遠野は苦笑を送る。と、何が気に食わないのか、彼女はそっぽを向かれた。内心失笑して、

「そうだな……。おおよそで、窓ガラスや中庭のタイル、植木、それに備品が幾つか駄目になった。一応は俺たちの小隊(クラス)から出した種だ。こっちが出張っても構わないが?」

『いいえ。継承襲名者同士での被害がこの程度ならば問題はありません。こちらも見入ってしまいました。現在補修班が急行しています。――残り二分で四限目が開始しますので、それまでに全員着席を願います。教室のガラスは任意で修復を許可します』

「礼を言う。だが、止めに入らなかったのはどうしてだ? 空の神力なら、下手をすれば辺り一面が焦土だぞ?」

 彼の疑問に、女官は躊躇うような間を空けた。が、ややあってから、

『――全部長が、傍観しておけ、と』

「そうか……」

 納得はいかないが、詮索無用と思い、彼は通話停止のボタンを押そうとした。すると、

『何故、貴方は自ら止めようとしなかったのですか?』

 不意に、耳元に女官の問いかけが聞こえた。質問の内容に、彼は自嘲した。

「俺には、あの二人を止める知恵も力も無い。それにそんな事は、はなから出来もしない。俺には、ただこうやって報告をする事くらいしか、やってやれない」

『しかし、貴方には〝仲間に止めて欲しいと訴え〟、そして〝後始末の責任をあのお二人に負わせない〟ようにするという事が、出来ているのでは?』

 違う、と遠野は即答した。底冷えのするような低い声で、彼はこう告げた。

「――俺にはそれしか、やれる事がないだけだ」

『……あえて〝やる〟と、〝出来る〟とを使い分けているのですか? でもどうして?』

「〝やる゛は感情論。〝出来る〟は結果論だ。たとえやる気があったとしても、俺には出来やしない。それだけだ」

 そう、ですか。と、女官は気落ちしたような生返事をした。が、

『――申し訳ありませんでした。興味本位で気分を害されたのならお詫びします。報告の通話記録は丁度良い部分で切っておきます。――通話を切ります。どうぞお元気で……』

 ああ、と遠野も返して、携帯の通話を自ら切った。そして、彼は背後に振り返る。皆に、

「補修班がこっちに向かったそうだ。教室の損害は、任意で補修可能だ」

 ……はぁ。波坂は知らないが、空は確実に謝ってくるな。波坂の襲名神の事もある。全く面倒なもんだ。無能者が襲名者に気を遣う必要があるのか……?

 意味のない事を考えつつ、彼は胸の階級章に手を当てた。


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