古の森、森を守る里1
(すべてが闇の中に落ち、ここには憎しみもなければ希望もない。
何もかもが闇に飲み込まれて、消えてなくなるようだった。
もう何も考えなくてもいい、もう忘れよう。)
『あなた……あきらめないで……』
誰かに呼び起させれるように、ジンノは目の前に光の柱のような物が存在することに気が付く。
闇に1本の光の柱はジンノにとって唯一の希望の光にも思えた。
その柱に、すがりつくように震え始めた手を伸ばす。
光はやがて目も開けられないほど、強い閃光のような光を放ち、ジンノをやさしく包む。
†
せせらぐ水の音、それは心地よく水の流れる音となり、耳から脳を刺激する。
左手には冷たくも纏わりつくように水滴、目を開ければ数々の木々と半月にかけた月が見え隠れ、ジンノは大の字に倒れていることがわかる。
泥が跳ねるように『ぺちゃ、ぺちゃ』と足音はジンノの頭の上で止まる。
ゆらゆらとゆらめくワンピース、覗きこむようにエリサの顔が飛び込んでくる。
「気がつきました?」
「ああ、あんたか……」
「不思議なとこです。木々、夜空、月、温度差、肌で感じる物と目で見える物はあるのに動物や虫はいないようです。」
自然にできた物ではなくて、そこはまるで、人が作り出されたような。
ジンノは何かを悟るようにエリサの手を引く。
「ここはまずい。すぐに離れるぞ」
「え?、ちょっと、どういうことですか?」
森一帯から誰かから見られてる視線は強まるばかり、ジンノ達が動くことに、その視線もいっしょに移動する。
得体の知れない恐怖とはこのことだろう、姿も見えない、木々たちは揺れる。
薄暗い中で一つの光は、ジンノ達を照らす、エリサを後ろに隠れさせて光の先を睨みつけるよう身構える。
「客人とは、珍しいことじゃ、ここに長居はせんほうがええ。今はわしに付いて来る事だ」
「そうした方が、いいみたいだな」
この老人が現れてから見張られているような感覚はなく、それだけで現状が変わる。
不思議なことに、無言のまま、森の中を迷わずに老人の後を付いていく、すると、 老人が足を止め、向こう側には、森から抜けた隠れ里のようになっていた。
里の中は夕日が沈みかけ、途中に小橋を渡り、細い道をくねくねと上るとこの辺りでは立派に見える。
かやぶき屋根が特徴的な家、他、何軒か目に付いた家とは明らかに立派に思える。
ものすごい速さで、黒のずくめの少女は勢いよく、老人に飛び付く。
「おじいちゃーん、おかえり」
「おぉ、伊砂、ただいま、ちゃんとお留守番はしてたようじゃな」
黒ずくめの少女は、老人の後ろから。
「だれ、この人たち?」
伊砂と言う、元気な少女の雰囲気ががらりと変わり、目を離すと一瞬にして、倒れているのは、ジンノの方かもしれないような殺気が危険信号として伝わる。
何ごとにも動じない老人は、淡々とした口調で事の成り行きを説明する。
「こちらは、森で迷ってた方々……」
「俺はジンノだ。こっちがエリサ」
紹介された、エリサは軽く頭を下げる。
「エリサと申します」
伊砂は、ジンノを無視して、エリサの目の前で止まり顔を見上げる。
「エリサお姉ちゃん、大変だったね。伊砂とあそぼ!おじさんなんかほっといて」
エリサの手をぐぃぐぃひっぱる伊砂は。
「ちょっと、伊砂ちゃん?」
今度は、振り返りざまに、あっかんべのポーズをするとエリサを引張りながら見えなくなった。
久しぶりに、怒りのようなものがジンノの中を流れてた。
不思議と懐かしさもこみ上げ、怒りより、虚しさが心に重くのしかかったような気がした。
「伊砂も悪気はないと思うのじゃ、少し大目に見てくれんかの?」
(生きていれば、ちょうど、あのぐらいの年には……)
「そうじゃ……、疲れたじゃろ、わしらだけでも先に休むとするか?」
庵に囲まれて、手を火に当てて温める中、勢いよく、扉が開く。
エリサと伊砂はどこで作ったかわからないほど、頭には花の冠、手頸に花のブレスレットを付ける。
「おじいちゃんにはお花の冠」
老人は、伊砂の頭をそっとなでる。
「ありがとう、伊砂」
今度は睨みつけるように、ジンノに視線を送る。
怖いというよりは、何か怒っているようにも見える。
「おじちゃんにあげて、おじさんに何もないような仲間はずれはできないでしょ。」
「あぁ、悪いな」
気が立った伊砂は、ジンノにみぞおちに一発入れると奥の部屋に走って行った。
伊砂を追うようにエリサも追いかける。
「ジンノさんは、もう少し人の気持ちを考えてあげてください。」
「大変じゃな、お主も……」
震えた手で左目を擦るようになでる。
「いつも、娘に怒られてたな……」
「もしよければ、娘さんのこと聞かせてくれんか?」
†
あれは、俺が、雇われて兵士をやってた頃だった。あの頃の俺には仕事が終われば、俺を待っててくれるやさしい妻と可愛い娘の3人で暮らしていた。
絵に書いたような幸せな家庭えもあった。あいつさえ、来なければ、いつものように帰った俺を待っていたのは妻や娘の命を奪い、まるで殺して楽しむようなやつの笑顔は恐ろしくも震えが来るほど恐怖を感じた。
兵士としての心得があるといっても、何もできなかった。やつは俺を殺さず、俺の左目を奪い取った。妻と娘、そして、この失った左目、それからだった俺はこの力に目覚めた。旅に出ることになった。
「やつは、俺のすべてを奪い、俺に、この消えることのない力を残していった……」
行き場のない怒りを拳を握り耐える。
突然、戸を叩く音が部屋中に広がる。
「誰じゃ……」
戸を開けるとつっかえ棒のように一人の男が倒れ込む。
反射的に老人はよけるものの見覚えのある与作の姿であった。
「酷い怪我のようじゃな、だれにやられたのじゃ」
身体のあらゆる所が、切られて血が止まるかとがすらままらない状態。
「オラのことはいい……長老……やつらには……」
血みどろの男は、ジンノ達の前に倒れ込む。