075話 剣を向ける理由*
「殺し合いなさい。」
メイの甘い声が、絶望の塔の最上階に響く。
最初に動いたのはリシアだった。床を蹴る音すら小さい。次の瞬間にはアベルの懐へ飛び込み、鋭い斬撃を放つ。
キィィン!
短聖剣が辛うじてその一撃を受け止める。
「……リシア。」
アベルはその名を呟く。返事はない。
彼女の瞳は冷たく、ただ敵を排除するためだけに刀を振るっていた。
そこへフェリが割って入る。双剣が嵐のような連撃となってアベルへ襲いかかる。
速い。本物と寸分違わぬ速度。
アベルは後退しながら防戦一方となる。攻撃へ転じる隙がない。
「っ!」
横合いから魔力の奔流。ルナの魔法だった。咄嗟に身を投げ出すと、さっきまで立っていた床が爆ぜる。
着地した瞬間。今度はクラリスの銃型の魔道具から砲撃が放たれる。無数の魔力弾が逃げ場を塞ぐように飛来した。
アベルは短聖剣でそれらを弾き落としながら距離を取る。
(まるで本物だ……。)
どの攻撃も知っている。見慣れている。
ゲームで何度も見た戦い方。
だからこそ…
胸が痛んだ。
「お願いだ……。」
思わず声が漏れる。
「やめてくれ……。」
返事の代わりに、エリスの聖属性魔法が降り注ぐ。
眩い光。
その直後、ミリアが錬成した無数の鋼杭が床から突き出した。
さらに、最後尾で静かに魔力を練っていたセレスティアが一歩前へ出る。
彼女も何も言わない。ただ静かに魔法陣を展開する。
次の瞬間、複数の属性魔法が完璧なタイミングで重なり合い、アベルへ襲いかかった。
(セレスティア……。)
まるで指揮者のように振る舞いながら行うセレスティアの絶妙な支援で七人全員の攻撃が噛み合い、逃げ道を一切与えない。
アベルは歯を食いしばる。
反撃すれば斬れる。
だが、
斬れない。
⸻
一方、ガルドたちも激しい戦いを繰り広げていた。
亡き戦友たちが剣を振るう。
若き日の動きそのままに。
しかし、ガルドの反応はアベルより早かった。
剣を交えながら低く呟く。
「……悪いな。」
ザンッ!
容赦なく斬り払う。戦友の姿が黒い霧となって消え、すぐに別の幻が現れる。
リックも大斧を振るいながら歯を食いしばる。
「お前らは、もう死んでる。だから……安心して眠れ!」
巨大な斧が幻を両断する。残る二人も迷いは短かった。
彼らは知っていた。
あの日、自ら仲間を埋葬した。
最期も見届けた。
だから目の前の存在が本物であるはずがない。
辛い。
胸は締め付けられる。
それでも、現実は受け入れている。
だから剣を振るえた。
ガルドはアベルの方を見て叫ぶ。
「アベル!そいつらは偽物だ!」
アベルは短聖剣でリシアの剣を受け流す。その直後、フェリの双剣がアベルの肩を掠め、鮮血が舞う。
「分かってます!」
叫び返す。
「分かってるんです!」
ゲーム知識が告げている。
目の前のヒロインたちは幻だ。
メイの言葉は嘘だ。
それでも…
リシアが剣を振るう。
フェリが弓を引く。
ルナが魔法を紡ぐ。
クラリスが魔道具を操る。
ミリアが錬成を行う。
エリスが祈りを捧げる。
セレスティアが七人全員の攻撃を組み立てる。
その一つ一つが、あまりにも本物だった。
ガルドはさらに叫ぶ。
「斬れ!迷うな!」
だが、アベルの短聖剣は震えたまま動かない。
「うふふ……やっぱり。あなたは優しいのね。」
その様子を見て、メイは傷口を押さえながら満足そうに笑った。
「だから勇者は、壊しやすい。」
次の瞬間に七人のヒロインが一斉に踏み込む。
絶望の塔最上階で、勇者は最も苦しい戦いを強いられていた。




