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托卵されて離婚した俺が再婚して娘をもうけた話  作者: 鷹羽飛鳥


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5/9

大木圭介④

「とりあえず、飲みましょう」

 そう言って、俺もコーヒーを飲んだ。

 この重たい空気を少しでも払拭したい。

 おずおずと、といった感じでミルクティーを一口飲んだ後、小川さんは頭を下げた。

「先ほどは、ありがとうございました。

 本当に助かりました。

 その……私、同年代の男の人が苦手なんです。

 特に、陽キャっていうんですか、チャラくて押しの強い人が」


 ちょっと意外だ。

 小川さんの見目なら、ナンパ慣れしていそうなものだが。


「そう、なんだ」

「昔、告白を断ったらしつこくつきまとわれて、おそ…押し倒されそうになったことがあって。

 何人もで囲まれると、足がすくむんです。

 女子短行ったのも、それが理由の1つで」

「あ、いや、すみません、そんな辛いことを思い出させてしまって」


 言い方は濁しているが、それってレイプされかけたってことじゃないのか?

 ()といて大丈夫なのか?


「そういうことなら、1人でいた方がいいんじゃないかな。

 危ないから、タクシーで帰るとか」


 言ったら、絶望したような目で見られた。

 見開いた目から、涙がポロポロこぼれ落ちる。

「いや…一緒にいて…ひとりにしないで…」


 ちょっと待ってくれ、なんだその反応、まるで別れ話しているカップルじゃないか。

 ハンカチで目を覆い、嗚咽を漏らす様は、俺が泣かせてるみたいだ。


 しばらく──体感では気が遠くなるほど長く──泣いた後、小川さんは真っ赤な目で謝ってきた。


「すみませんでした、取り乱して。

 あの、本当にすみません、厚かましいお願いなんですが、アパートまで送っていただけませんか」

「私が送るより、タクシーの方が…」

「今は、運転手さんと2人きりになるのも怖くて。

 お願いします、部屋の前まででいいので」

「こんなおじさんに家教えちゃうことになるけど、いいの?」

「大木さんなら、平気です。

 お願いします」


 ここまで怯えるってのは、なんなんだ。

 暗闇が怖い? でも、いつもコンビニで会う時は真っ暗だ。

 若い男が怖いといっても、土田さんも若い男だしなあ。

 ああいうナンパに、よっぽどトラウマがあるのか。

 さすがに、この状態の小川さんを放り出すわけにはいかないし、仕方がないか。

 どうせ枯れたおじさんだしな。

「それじゃあ、部屋の前までなら」

「すみません」




 小川さんに案内されながら夜道を歩く。

 小川さんは、俺の右腕にしがみつくようにして歩いている。

 薄着の時期じゃなくてよかった。

 この歳で、今更胸が当たってどうこうということもないが、気まずいだろうことは間違いない。


 行きつけのコンビニが同じなんだから予想はできていたが、思った以上に俺のアパートから近かった。

 2階の部屋の前まで送り届け、鞄の中を見ないよう、よそを向く。

 ごそごそと鞄の中を探る気配の後、カチリと鍵の開く音がした。


「じゃあ、ゆっくり休んで」

 俺の仕事はここまでだ。

 彼女が部屋に入るのを見届けて帰ろうと思ったが、彼女はなかなか動かない。

「小川さん?」

「あの……すみません、ありがとうございました」

 部屋に入っていくのを見ていて、なぜか幼い頃の美奈の姿を思い出した。

 「パパ、おやすみ」と言ってリビングを出た時、ドアの隙間からこっちを見ていた姿を。

 一緒に寝てほしい、でも自分からは言えない、そんな姿を。

 美奈は、甘えん坊だった。

 「パパといっしょにねる」と言って甘えていたのが、幼稚園に入ったら我慢するようになって。でも一緒に寝てほしいという想いから、俺から「一緒に寝るか?」と言うのを待っていた。

 そんな顔だ。


 小川さんは、多分怖くて寂しくて、1人になるのは嫌だが、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない、という状態なんだろう。

 だが、仕事繋がりの俺の立場としては、ここは気付かないで帰るのが正解だ。

「それじゃあ」

と背を向けると、背後でドアの閉まる音がした。


 これでいい。

 所詮は仕事関係の知り合いでしかない。

 部屋まで送ったんだから、これ以上干渉するべきじゃない。

 だが…。

 後ろ歩きでドアの前に戻ると、中から嗚咽が聞こえてくる。

 やっぱり。

 これ以上踏み込むのは、お互いのためにならない。

 美奈の面影を見て、放っておけないだけだとしても、世間的には“親子ほど年の離れた男と女”でしかない。黙って帰るべきだ。

 わかってる。わかってるんだ。

 でも、小さな子供のように不安な目をしたあの子を放ってはおけない。

 一度だけ。

 ドアを軽くノックする。

 これで反応がなければ、このまま帰ろう。

 1…2…3…ガチャリと、ドアが開き、涙でぐちゃぐちゃになったあの子がいた。

 目が合うと、胸に飛び込んできて、「帰らないで」と泣きつかれた。

 俺は、対応を間違えた。




 とりあえず、通路で泣かれていては色々困るので、玄関に入ってドアを閉めた。

 しばらく泣かせてやるしかない。

 できれば、ひとしきり泣いて落ち着いてもらって、ここで帰りたいところだが。

 ドアの鍵を掛けていないのもそのためなんだが、無理だろうと理解している自分がいる。

 しがみつかれたことで、震えているのがわかる。

 幼い頃の美奈なら、背中をポンポンと叩いたり頭を撫でたりすると落ち着いたんだが、まさかこの子にそんなことをするわけにもいかない。

 やったとしても、落ち着くとは限らないが。


「大丈夫、怖くないよ。

 ここには怖い人は来ないから」

 震えるこの子に声を掛ける。できるだけ優しく。

 泣き止みはしたが、まだ震えている。

「怖い、行かないで、捨てないで、ここにいて」

 全部は聞き取れないが、傍にいてほしいというようなことをつぶやき続けている。

 捨てるってなんだと思ったが、どうも見捨てないでと入り交じっているようだ。

 俺が帰ることを恐れているらしい。

 危ういな。

 枯れてる俺じゃなかったら、これ幸いと襲ってるかもしれない。

 俺は……認めよう、この子に美奈を投影しているんだ。

 今頃美奈はこの子くらいになっているんだという思いが、この子を他人と切り捨てられない理由になっている。

 そんな見方は、この子にも美奈にもひどいことだというのに。

 慕われて悪い気はしない。

 美奈が本当の娘なら、離婚した後も、時々はこうして会ったりしていたのかもしれない。

 いなくなった娘の…最初からいなかった、いたつもりでしかなかった娘の身代わりなんて。





「あの…ごめんなさい、甘えてしまって。

 少し落ち着きました。

 今、暖房入れますから、コート脱いでください」

「いや、落ち着いたなら帰るから」

「嫌!

 …あ…ごめんなさい、ごめんなさい…見捨てないで…置いていかないで…」


 また泣き出した。

 これは駄目だな。

 金曜でよかった。


「わかった。帰らないから、落ち着いて」

「ほんとう?」

 涙を溜めた目で見上げられて、庇護欲が湧いてくるとか、本当に俺って奴は。


「本当だから、ほら、涙を拭いて」

 帰らないと示すために、コートを脱いだ。

 胸のところが濡れている。

「どこにも行かないから、着替えておいで。

 あ、いや、トイレ行ってもいいかな」

「え、あ、はい」

 今日初めてこの子の笑ったところを見た気がする。




 小川さんが着替えて戻ってくるまで、美奈のことを考えていた。

 あれから約10年、約束どおり一度も連絡を取っていないし、美里も含めてどこでどうしているかも知らない。

 知ろうともしてこなかった。

 俺とは血の繋がりのない、托卵されていた娘。

 美里は本当の父親が誰か知っていただろうが、俺に托卵するくらいだ、結婚する気はなかったんだろう。

 そうすると、美奈は父親が誰か知らないということになる。

 小川さんと似たような境遇だな。

 まずいな、ますます小川さんを美奈の身代わりにしてそうだ。

 それは、小川さんに失礼だ。

 あの子は、小川南という1人の人間なんだから。

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― 新着の感想 ―
南ちゃんは、今回のナンパもよほど怖かったのですね。 きっと誰にも言えなかったトラウマを圭介さんに受け止めてもらえて、涙と一緒にこれまでの寂しくて辛かった想いも溢れて、とにかく頼りたい、となったのでしょ…
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