大木圭介③
秋になった。
小川さんとの立ち話は続いている。
夏の間は、暑い中、短時間だけ立ち話していたが、そろそろ立ち話は厳しい寒さになってきたため、近くのファストフードでコーヒーを飲みながら話すようになった。
もはや立ち話とは言えないが、コーヒーを飲みながらとなると、2~3分で、というわけにもいかない。
必然的に話す時間は長くなり、不本意ながら彼女のひととなりも知れてきた。
「私は母の結婚相手の養女になっているので、一応義父がいるんですが、さすがに中学生でいきなり知らない人と一緒に住むのは抵抗があって。
一応『おとうさん』と呼んでいましたけど、私の中では、あくまで“母の夫”という認識で。
しかも、義父と母の間に弟が生まれて、家に居場所がなくなっちゃったんです。
なんていうか、私がいない方が家族水入らずって感じなので、家を出ることにして。
負担を掛けないよう、奨学金をもらって短大に行って。
だから私、この歳で借金持ちです」
短大卒だったのか。
じゃあ、美奈と同い年だ。
うちの会社の20歳の子と比べて大人びて見えるのは、生い立ちからか、本人の性格か。
「進学する時に引っ越して、アパートの保証人だけは義父にお願いして。
もう母のところには戻らないつもりで出てきました」
母親は唯一の肉親だろうに、それすら捨てざるを得なかったのか。
11月、仕事帰りに、駅前でスーツ姿の小川さんを見掛けた。
初めは、友人と立ち話でもしているのかと思ったが、少し様子がおかしい。
あれは、もしかしてナンパでもされているのか?
どうするか。
40過ぎのおっさんが出ていくのも違う気がする。
俺が30くらいなら、まだ待ち合わせの相手のふりをして介入する手もあるだろうが。
とはいえ、困っているように見えるし、見て見ぬふりも寝覚めが悪い。
ちょっと待て。様子がおかしくないか?
仕方ない、親子のふりなら、いけるか。
「君達、うちの娘に何か用かな」
近付いて声を掛けると、男達は焦っている。
それはそうだ、ナンパしていたら親が出てきたとなれば、それは驚くだろう。
「え、あ、いや…」
とかなんとかごにょごにょ言いながら、男達は離れていった。
俯いている小川さんに、男達に聞こえないよう小さな声で
「小川さん、大丈夫ですか」
と声を掛けると、コートの右袖をつまむように掴んで「怖かった…です」とか細い声でつぶやいた。
つままれた袖から、震えが伝わってくる。
あまり踏み込むのはよくないが、かといってこんな状態の小川さんを放置するわけにもいかない。
ここで突っ立ってるわけにもいかないか。
「小川さん、ちょっと腰を下ろせる場所に行こう。
歩ける?」
「…はい」
こんな小川さん連れてファストフードってわけにもいかないから、喫茶店か。近くにあったよな。
歩き始めると、小川さんがついてくる。
袖をつまんだまま、ゆっくりと。
端からは、手を繋いで歩いているように見えそうだ。
少なくとも、親子には見えないだろうな。
彼女も、今は余裕がないから気にしていないだろうが、後で冷静になったら身もだえするんじゃなかろうか。
近くの喫茶店に入り、席に座る時になって、ようやく彼女は袖を放した。
向かい合って座り、メニューを彼女に向ける。
「何か飲んで、落ち着きましょう」
と声を掛けると、のろのろとメニューを見て
「ミルクティーにします」
とつぶやいた。
注文して待つ間、彼女は一言もしゃべらなかった。




