大木圭介②
あれから8年経った。
美里とも美奈とも、一度も連絡を取っていない。
俺は数度の転勤を経て、2年前に本社に戻ってきて営業をしている。
4月中旬、取引先を訪ねたら、担当の土田さんが若い女性を伴っていた。
新人研修らしい。
緊張した手つきで渡された名刺には、「小川南」とあった。
「しばらくこの小川もご一緒させてください」
「小川と申します。よろしくお願いします」
新卒か。22かな。
美奈も今年で21、社会人になっていてもおかしくない。
そうか、もうそんな年になるのか。
いかんな、このくらいの子は、みんな美奈に似ているような気がする。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
暑気払いの帰り、コンビニに寄ったら、後ろから声を掛けられた。
「大木さん?」
「はい?」
よく見ると、小川さんだった。
最近は独り立ちしたのか、同席しなくなっていたから、数週間ぶりだろうか。
「もしかして、小川さん?」
「はい、小川です。ご無沙汰してます。
この辺りに住んでらっしゃるんですか?
私も近所なんです」
「そうですか、奇遇ですね」
いや、近所とかそういう情報はいらないんだが。
そりゃ同じコンビニに来てるんだから想像は付くが、流すのが大人の対応ってもんで。
こっちから尋ねたら問題になる事案だ。
「大木さん、こちらに住んで長いんですか?
私、この春からなので、美味しいお店とかご存じでしたら教えてください」
この辺は社交辞令だろう。
適当に二言三言交わして、別れた。
その後、数回、同じコンビニで見かけたが、会釈ですませた。
本当に近所に住んでいるらしい。
この辺では、ここのコンビニが一番大きいから、彼女もよく使うんだろう。
週に一度会うかどうかくらいで一月ほど経った頃、小川さんから声を掛けられた。
「大木さん、よくお弁当買われてますね」
「いや、恥ずかしながら、料理はさっぱりなので」
「そう、なんですね」
俺がバツイチなのは、土田さんから聞いているんだろう、一人暮らしなのかとは聞いてこない。
相手の地雷ワードを避けるための情報収集は、営業の基本だからな。
時々話をするようになって、「こんなおじさんと話しても面白いことはないでしょう」と言ったら、彼女は神妙な顔をした。
「私、父の顔を知らないんです。
顔どころか、名前さえ。
私生児なんです。
母はもちろん父が誰か知ってるんでしょうけど、教えてくれません」
仕事相手でしかない俺に話すには、重すぎないだろうか。
口を挟めずにいると、
「大木さんといると、ホッとするんです。
会社のこととか抜きで、たまにおしゃべりに付き合っていただけませんか」
会社絡みの知り合いでしかないのだが、何を求められているんだろうか。
美奈と同じ年代ということは、彼女の母親も俺くらいなんだろう。
父親が同年代という保障はないが、彼女の中では、父親も母親と同年代のはずだ。
だからといって、俺に父親への憧憬を向けられても困るんだが。
なにせ俺は美奈の父であることをやめてしまった人間なんだから。
とはいえ、こんな寂しそうな風情でいられたら、無碍にもできない。
取引先の社員でもあるのだし。
コンビニで顔を合わせた時に少し立ち話をするくらいなら、まあいいか。




