大木圭介①
「美奈が!?」
娘の美奈が交通事故に遭って病院に運ばれたと連絡が入った。
意識がない、と。
妻の美里に中学校から連絡が入り、俺に回ってきた。
美里は昨日から大阪に出張中で、すぐには戻れない。
取るものも取りあえず病院に駆けつけ、医師の話を聞いた。
「先ほど意識は戻りました。
今のところ障害は見られませんが、頭を打っておりますので、念のため精密検査しましょう」
「意識は戻ったそうだ。念のため精密検査するそうで、まだ会えてない」
「そう、よかった! それなら、任せていい? 予定キャンセルすると後が大変だし」
「わかった」
いいわけあるか!
出張中だししょうがない、というのもわかるが、娘が事故に遭ったんだぞ。
美里は、家族より自分の都合を優先するきらいがある。
そういう性格だとわかってはいるが、こんな時くらい娘を優先できないのか。
美奈の意識が戻ったこともあり、規則だからと俺は病院を追い出された。
家に帰り、シャワーを浴びてベッドに入ったものの、眠れない。
意識が戻ったとはいっても、頭を打っている。
予断を許さない状況なんじゃないのか、今も。
目をつぶると、幼い頃の美奈の思い出がよみがえってくる。
「パパ大好き♡ ミナ、大きくなったらパパのお嫁さんになる♪」
幼稚園に入る前の美奈は、ことあるごとに「パパのお嫁さんになる」と言っていた。
まあ、女の子にはありがちな話で、小学校に入る頃になると言わなくなった。
照れくさくもあるが、娘を持った父の通過儀礼のようなものだ。
小学6年になっても俺と一緒に風呂に入りたがり、初潮が来てようやく美里がきつく言って別に入るようになった。
それでも、中学生になっても、3人で出掛けると俺と手を繋ぎたがる。
美里──旧姓中林──とは、大学時代に籍を入れた。
いわゆる「デキ婚」だ。今は「授かり婚」というらしい。言い方が変わっても実態は変わらない。
美里は同じゼミに所属していて、その流れで付き合い始めた。
避妊はしっかりやっていたつもりだったが、ある日美里から妊娠を告げられ、籍を入れた。
幸い4年次の1月だったから、美里も問題なく大学を卒業できた。
美里も別の会社に内定をもらっていたので、産休に入るまでの半年くらいは仕事もしていたし、育休後は復帰している。
俺自身も、思いがけず就職早々子育てというなかなか過酷な状況になったが、子供を持つということは悪いことでもなかった。
娘のおむつを換えることになるなど、大学時代には考えもしなかったな。
それでも少しは眠れたらしい。
気が付くと朝になっていた。
適当に朝食を食べて、病院に連絡を入れると、美奈は精密検査中なので午後3時に来るよう言われた。
洗濯などしてから、病院に向かう。
受付で名乗ると、少し待たされて医師からの説明を受けた。
「精密検査の結果、骨折などもなく、CTでも脳に問題ありませんでした。
こちら、検査結果になります」
見せてもらった紙には、よくわからない数値が並んでいたが、その中で目に留まったものがあった。
「あの、血液型がAって…
美奈はO型だったはずですが」
美里からはそう聞いている。
「いえ、A型で間違いありません。
O型というのは、いつの検査ですか?」
「小学校に入った時だったと思います」
「そうですか、一応確認された方がよろしいかと思います。
まあ、A型はO型の血液を輸血しても問題はありませんが」
美奈がA型?
俺がB型、美里がO型で、美奈もO型だったんじゃなかったのか?
「あの…B型の父とO型の母からA型の娘が生まれる可能性は…」
「まずあり得ません」
「そうですか…」
美奈が俺の子じゃない?
俺は、俺と美奈のDNA検査を依頼した。
結果は、父子の可能性ゼロ。
精密検査とDNA検査の結果を見せて、美里を問い詰めた。
「美奈の血液型はOだって言ってたよな。
これはどういうことなんだ?」
美里は、俺と同時期に複数の男とそういうことをしていて、妊娠がわかった時に、一番将来性がありそうな俺を選んだということだった。
そして、二度と連絡を取らないこと、美奈の養育費は出さないこと、慰謝料も求めないことを条件に、美里と美奈は出ていった。
あれだけ俺に懐いていた美奈は、目に涙を溜めてはいたものの、「じゃあね」の一言だけで振り向きもせずに去って行った。
こうして、俺は、妻も娘も失った。
いや、最初からそんなものはいなかったんだ。




