エピローグ
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ホルガーたちが捕縛されてから一か月。
この一か月は、本当に慌ただしかった。
ホルガーを尋問した結果、彼はやはり詐欺師だった。
お父様やほかの貴族たちに持ち掛けた投資話はすべて架空のもので、多くの貴族を騙しては大金をせしめていたらしい。
そして、ホルガーには何人かの協力者がいて、ヨアヒムもその一人だった。
他にも、ヨアヒムのようにホルガーとグルになって相手に借金を負わせ、その借金の型に相手から爵位を奪い取ったりした人もいるらしい。
ホルダーの供述で、芋ずる式に詐欺に加担した人間が捕縛され、ヨアヒムももちろん、そんな彼らと共に捕まった。
ヨアヒムの父親であるアンデルス伯爵は、息子が詐欺に加担してお父様を陥れたことに驚愕して、真っ青になりながら謝罪してくれた。
借金の担保として取り上げられたハインツェル伯爵領も邸も、わたしたちにすぐに返却され、借金が帳消しになったばかりか慰謝料まで支払ってくれたので、わたしもお父様も、アンデルス伯爵を責めるつもりは毛頭ない。
ヨアヒムについてはかなり腹は立ったが、どうやらヨアヒムがお父様を陥れたのは、彼がわたしを毛嫌いしていることが原因だったようなので、わたしにもちょっと思うところがあった。
……無自覚のうちに、ヨアヒムの自尊心を、わたしはひどく傷つけていたらしいから。
もちろん、だからと言ってヨアヒムのしたことは許せないが。
そうそう、ホルダーとヘンリーケがこのランデンベルグ国に戻ってきたのは、暮らしていた国で詐欺がばれそうになって逃げてきたとのことだった。
次に向かう国を探すまでランデンベルグ国で荒稼ぎようという魂胆だったらしい。
ヘンリーケがフリードリヒ様を裏切って八年も経っているから、ほとぼりが冷めているだろうと思ったそうだ。
自分を裏切った元妻が国に戻って来ていて、しかも詐欺に加担していたと知ったフリードリヒ様はショックを受けなかっただろうかと心配になったけれど、意外にもフリードリヒ様はけろりとしていた。
フリードリヒ様の中で、ヘンリーケのことはもうすっかり過去のことになっているようだ。
……安心しちゃうわたしは、未練がましいかな。
フリードリヒ様がわたしなんかを相手にするはずはないと思っているけれど、彼が手をつないでくれるたびに、なんだか特別扱いされているようで期待してしまう自分もいる。
だからだろう、この恋心は早く忘れなくてはと思っているけれど、なかなかうまくいかない。
定時になり、わたしが帰り支度を整えて第一聖魔法騎士団の棟の玄関へ向かうと、フリードリヒ様がちょうど会議から戻ってきたところだった。
「団長、お疲れ様です」
「ああ。……そうだ、マルガレーテ」
「はい?」
挨拶をして歩き去ろうとしたわたしは、フリードリヒ様に呼び止められて振り返る。
見上げると、夕日に染まったフリードリヒ様の顔が、どことなく緊張しているように見えた。
「君は二週間後の今日は休みだったよな」
「はい。シフトではそうなっています」
「そうか、なら……」
フリードリヒ様は制服のポケットから、二つに折った封筒を取り出した。
「その日だが、ギルベルト侯爵の家でパーティーがあるんだ。私も断れないところで……、すまないんだが、その、一緒に行ってくれないか? パートナーが必要でな」
「はあ……、それは構いませんが」
だが、そのギルベルト侯爵のパーティーの招待状を、何故ポケットに入れて持ち歩いているのだろう?
謎だったが、詳細はここに書いてあると言われて封筒を渡されたら受け取るしかない。
「ドレスコードがあるようなので、ドレスについては私の方で手配しておく」
「え⁉ いえ、そんな、悪いです!」
「パーティーに付き合ってくれる礼だ。では、私はまだ仕事があるので、気を付けて帰りなさい」
フリードリヒ様はそう言って強引に話をまとめてしまうと、逃げるように玄関をくぐってしまった。
仕方なく、わたしは封筒を持ったまま帰路に就く。
王都の邸も取り戻したので、わたしが帰るのは貴族街にあるハインツェル伯爵邸だ。
あの小ぢんまりとした二階建ての家もそれなりに愛着はあったのだが、邸が取り戻せた以上、いつまでもあの家で暮らすわけにはいかない。
お父様は「狭い方がなんか落ち着く気がするんだけどねー」なんて言っていたが、その気持ちはちょっとわかる。狭い家の方が家族の距離が近いから、わたしたち家族には合っていた気がした。
借金を背負って解雇するしかなかった使用人たちも、半数以上が戻ってきている。
さすがに新しい仕事先を見つけている人もいるので、全員が戻ってこられたわけではないが、それでも顔なじみの使用人が戻ってきてくれたのは嬉しい。
……でも、パーティーか~。
フリードリヒ様のパートナーを務めるのが、わたしでもいいのだろうか。
フリードリヒ様なら引く手あまただろうに――、ああでも、女性嫌いだから、パートナーを探すのは難しいのかな。
たぶんわたしは女として意識されていないのだろう。触れても平気そうだが、他の女性ではそうはいかないのかもしれない。
……パーティーってことは、一曲くらい踊る機会があるのかな?
フリードリヒ様への気持ちを早く忘れようと思った矢先にこれでは、忘れるまでまだまだ時間がかかるかもしれない。
いや、逆にいい思い出をもらえたと思えばいいのだろうか。
……フリードリヒ様への気持ちは、早く過去にして前を向かなきゃね。
わたしも、誕生日が来れば十九歳になる。
ちらほらと縁談も来はじめたし、そろそろ結婚を考えなければならないだろう。
……このパーティーで、気持ちに区切りをつけられるように頑張ろう。
チクリと痛む胸に気づかないふりをして、わたしは夕焼けに染まる空の下を歩く。
そして、二週間後――
☆
フリードリヒ様が贈ってくれた、わたしの髪の色のような赤いドレスに身を包んで、わたしはギルベルト侯爵のタウンハウスにいた。
パーティーってあんまり出席する機会がなかったから緊張する。フリードリヒ様が隣にいてくれなかったら、緊張で手と足が一緒に出ていたかも。
王弟であるフリードリヒ様の元には、絶えず人が挨拶に来る。
何故かそのついでに、わたしに向かって、アイスキャンディーのこととか湿布薬のこととかの話をしていくので、わたしは常に笑顔を顔に貼り付けて「ありがとうございます」という言葉を繰り返すお人形になっていた。
「ありがとうございます」という言葉を言いすぎてそろそろ嚙みそうだ。
わたしが疲れたのがわかったのか、フリードリヒ様がほどほどのところで庭に連れ出してくれた。
ギルベルタ侯爵家の庭は広いけれど無駄を省いたシンプルなつくりだ。
中央には大きな噴水があって、少し離れたところベンチがいくつか置いてある。
そのうちの一つに並んで腰を下ろして、わたしたちは休憩をすることにした。
夕方からはじまったパーティーだが、すっかり日も暮れて、見上げた夜空には星が瞬いている。
ふわりと吹き抜けていく風が気持ちいい。
空を見上げたままぼーっとしていると、隣から「マルガレーテ」とやや上ずった声がした。
「はい?」
返事をして横を見れば、フリードリヒ様の顔が少しだけ赤い。
……お酒に酔ったのかしら?
ちょっと心配になっていると、フリードリヒ様が藍色の瞳をまっすぐにこちらに向けた。
「私は今から、君を困らせることを言ってしまうかもしれないのだが、いいだろうか」
……わたしを困らせること?
なんだろうか。
首を傾げたわたしは、そこでハッとした。
「え⁉ まさかわたし、聖魔法騎士団クビですか⁉」
「どうしてそうなる! そんなはずがないだろう」
あーよかった!
ひとまずほっとしていると、フリードリヒ様ががりがりと頭をかいた。そんなことをすると、せっかく整えている髪型が崩れてしまうと思うのだが。
「マルガレーテ、その……私は公爵だ」
もちろん知ってますよ? というか、それを知らない貴族はこの国にいないんじゃないですかね?
突然の宣言の理由がよくわからず、わたしは首を傾けつつ返事をした。
「はい、存じ上げております」
「そして私は、公爵家を存続させなければならないため、結婚しなくてはならない」
「はい、そうですね」
もちろんそれもわかりますよ。ただ、女性が嫌いなフリードリヒ様には酷な話だとは思いますけどね。
「だが、私はその、女性があまり得意ではない。よって、結婚相手は誰でもいいというわけではないんだ」
ええ、そうでしょうとも。
フリードリヒ様はさっきから何が言いたいのだろう。全部わたしが知っていることばかりだ。
フリードリヒ様はそこで大きく深呼吸をすると、唐突に――本当に、唐突に、驚くようなことを言い出した。
「だから――私と結婚してくれないか、マルガレーテ」
「………………」
わたしはフリードリヒ様を見たまま固まった。
今、なんか、とんでもないことを言われた気がする。
……あれ? わたし、耳か頭のどっちかに不調をきたしたのかしら?
フリードリヒ様は、何と言ったのだろう。「私と結婚してくれないか、マルガレーテ」と聞こえた気がするわよ? うん?
わたしはゆっくりと考える。
うん、たぶんだが、今のは幻聴だ。
おそらく、「私の結婚相手を探してくれないか、マルガレーテ」とか「私に結婚相手を紹介してくれないか、マルガレーテ」いう言葉と聞き間違えたのだろう。
いや、それでもとんでもない爆弾発言ですけどね!
わたしに結婚相手を探してくれと? いやいや、自慢じゃないけど、わたし、交友関係あまり広くないですよ? そして、フリードリヒ様とお付き合いできそうな高貴な方にお友達はいません!
あわあわしていると、フリードリヒ様が真剣な顔でわたしの手を掴んでくる。
「ダメだろうか?」
「ひえ⁉」
フリードリヒ様のお願いだ。ダメだとは言いにくい。言いにくいが、わたしに紹介は無理だと思います! というかわたしがフリードリヒ様を好きなので、ちょっとそのお願いは荷が重いです! せめてこの気持ちが昇華してからにしてください!
どうしようどうしよう、できるだけ穏便に、フリードリヒ様をがっかりさせないようにお断りしようと思っていると、フリードリヒ様がしょんぼりと眉を下げる。
……ああ、そんな顔をしないで!
「ダメ、だろうな。私は君より十一も年上だ。君には私よりふさわしい人が大勢いるだろう。それはわかっているのだが……」
「そ、そうです、わたしはフリードリヒ様より十一歳も年下なので、ご紹介は年の近い方にお願いした方が……うん?」
なんか、話しがちょっとかみ合っていない気がしたよ。
わたしがフリードリヒ様より十一歳年下なのは事実だが「君には私よりふさわしい人が大勢いるだろう」とはどういうことだろうか。
わたしは大きく深呼吸しながら、少し前のフリードリヒ様の言葉をゆっくりと反芻してみる。
フリードリヒ様は何と言っただろう。
「私の結婚相手を探してくれないか、マルガレーテ」だっただろうか。それとも「私に結婚相手を紹介してくれないか、マルガレーテ」だっただろうか。
……やっぱり「私と結婚してくれないか、マルガレーテ」だったような気がする。
聞き間違いでは、なかったのだろうか。
そう自覚するや否や、わたしの体温がぐわっと二度くらい上昇した。
「ひえ⁉ え⁉ わ、わ、わたしと、フリードリヒ様が、ですか⁉」
わたしが急に赤くなって狼狽えはじめたからだろうか、悄然としていたフリードリヒ様が少し元気を取り戻したように見える。
「ああ、そう言った。私と結婚してくれ。私はこの通り、女性が得意ではない。だが、君の側は心地がいいんだ。君しか考えられない」
「ひええ‼」
待って待って待って、頭が追いつかないよ‼
わたしはフリードリヒ様が好きだけど、これは叶わぬ恋だから諦めようって、そう思っていた。
でも、フリードリヒ様が結婚してくれって言っている。
……これは一体どういうこと⁉
ここまで混乱したのは人生で初めてかもしれない。
留学先から帰って来て実家が没落していたのを知った時以上に、わたしは今混乱している。
そして、とても最年少で聖魔法騎士団の団長に上り詰めたとっても優秀なフリードリヒ様は、わたしの隙を見逃すような人ではなかった。
混乱したわたしに、ここぞとばかりに畳みかけてくる。
「私は確かに君より十一も年上だが、君は精神的に大人びているし、存外私の年くらいの人間の方が合っているかもしれないぞ。それに、私は身分的にも、経済的にも君の結婚相手として不足してはいないはずだ。自分で言うのも何だが顔立ちも不細工ではないと思う」
ええ、ええ、そうでしょうとも!
わたしは前世で二十歳まで生きた記憶があるから、実年齢より精神的に大人である。確かにフリードリヒ様くらい年上の方が合っているだろう。
そして、フリードリヒ様は身分的にも経済的にもこの国でトップクラスでいらっしゃる! わたしにふさわしいかはともかく、不足しているなんてとんでもない! むしろ充足しすぎている!
最後に、フリードリヒ様の顔立ちが不細工ではないですって? 不細工どころかとんでもなく、もう、わたしにとっては世界一麗しいご尊顔ですよ! ダントツですとも!
わたしは一言も返していないのに、心の中でツッ込むだけで息も絶え絶えになって来た。
あわわわわわわわ! 知らないうちに退路が、退路がなくなっていく!
いや、そもそも逃げようとかそんなことは考えてはいないけれど、混乱して、心臓がバクバクして呼吸がおかしくなってきたから、いったんタイムを挟みたい!
だが優秀な人は、こういう時には言質を取るまでは絶対に開放してはくれないのだ。
「どうだろう、マルガレーテ。私では、不足か?」
「と、とととととんでもない!」
「では、結婚相手として問題ないだろうか」
「も、もももももちろんです!」
ああ、こういうのを誘導尋問というのかしら?
わたしから言質を取ったフリードリヒ様が、それはそれは美しく微笑む。
「では、具体的な結婚式の日にちなどは、明日にでも話し合おう。明日、君の家に行く」
明日ですって⁉
いや、それはかなり、ものすごく、早すぎやしませんかね⁉
お父様たちがひっくり返って泡を吹く様子が手に取るようだ。
……ごめんお父様たち! なんかよくわからないけれど、わたし、フリードリヒ様と結婚するそうです‼
お読みいただきありがとうございます!
これにて本作完結です!
コミカライズはまだ連載が続いておりますので、引き続き楽しんでいただけると幸いです(#^^#)
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