怪しい投資話 3
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聖魔法騎士団の裏手の庭は、人の目を楽しませるために作られているわけではないので、見ていて面白いものはあまりない。
各棟に近いところにそれぞれの聖魔法騎士団専用の薬草園があって、ポーションを作るときなどはそこから薬草を採取している。
薬草には寒さに弱いものがあるので、離れたところには温室もあった。
聖魔法騎士団棟の裏庭は夕方は影が落ちるので、影を歩いていたらそれほど暑さは感じなかった。
時折、生暖かい風が通り過ぎていく。
……暑いのも、あと二週間くらいかしら?
もうじき、王都に秋がやってくるだろう。
秋になれば、王都に領地に帰っていた貴族が集まりはじめて、社交界がにぎやかになる。社交シーズンのはじまりだ。
ハインツェル伯爵はすっかり落ちぶれてしまったけれど、売り出した商品たちは社交界の話題をさらうくらいに人気になっているので、多少なりともパーティーの招待状が届くだろうと思われた。
借金のせいでお母様はドレスやアクセサリーを手放してしまっているので、パーティーのために作らせておいた方がいいだろう。
お父様にも、何着か服を仕立てておいた方がいい。
お金がかかるが、社交は貴族の義務だ。招待を受けて、それをすべて無視するわけにはいかないのである。
「あ、コスモス……」
一足早い秋の訪れを見つけて、わたしがぽつりとつぶやくとフリードリヒ様が足を止めた。
薬草ばかり植えられている薬草園から少し離れたところにある、申し訳程度の小さな花壇に、コスモスの薄ピンク色の花が一輪揺れていた。
「もうそんな季節か」
「そう言えば、フリードリヒ様のお誕生日は秋でしたね」
「知っていたのか」
「はい、もちろん」
王弟の誕生日を知らない貴族は、この国にはいないだろう。
臣下に下ってから誕生祝のパーティーは開かれなくなったようだが、王子時代は毎年パーティーが開かれていたはずだ。
まあ、わたしはそのときはまだ社交デビュー前の子どもだったから、行ったことはないんだけどね。
「……二十代もあと数か月だな。三十になると思うと、一気に老け込んだような気分になるのが不思議だな」
「そんな! フリードリヒ様はまだまだ若いですよ!」
「十代の君に言われてもな。……君の誕生日はいつだ?」
「冬生まれなので、もう少し先です。フリードリヒ様のお誕生日の二か月後ですね」
「十九になるんだったか」
「はい」
「…………十一、違うんだったな」
ぽつり、とフリードリヒ様がつぶやいて、日影のベンチを指さした。
「あそこにでも座って話そう」
フリードリヒ様とベンチに座ると、フリードリヒ様は茜色に染まった空を見上げて目を細めている。
かと思えば、空を見上げたまま突然、小声で「さっきは言い忘れていたが、そのドレス、似合っている」と言った。
……そう言えば、慌てて戻って来たからまだ着替えてないんだったわ。
わたしはお茶会用にフリードリヒ様が贈ってくれた藍色のドレスを着たままだ。
フリードリヒ様は仕事着に着替えてしまったので詰襟の白い制服だ。だからだろうか、なんだか場違い感が半端ない。
「あ、ありがとうございます」
急にドレスを褒められたからか、わたしは照れてしまってうつむいた。
「それから、さっきは悪かった」
さっき、というのは、団長室でマクシム様を交えて話していたときのことだろう。
「いえ……」と首を横に振ると、フリードリヒ様が空からわたしに視線を移した。
「君を危ない目に遭わせたくなかったんだ。……だが、君の気持も、わからないわけではない。私にも似たような経験があるからな」
「フリードリヒ様も詐欺に遭った経験があるんですか⁉」
「詐欺……、いや、あれは詐欺とは違うと思うのだが……」
フリードリヒ様は苦笑して、昔を思い出すように軽く目を伏せる。
目の下に睫毛の影が落ちて、睫毛長いな~とわたしはちょっと感心した。
フリードリヒ様の睫毛は、髪の毛と同じ銀色なので普段はあまり気づかないのだが、よく見ると本当に長い。瞬きすると音が鳴りそうだ。うらやましい……。
「私の妻が、浮気相手の逃げたのは知っているだろう?」
「え? あ、は、はい……ええっと……」
「ああ、気を使わなくていい。当時、腹は立ったが、傷ついたわけではないんだ。ひどい男だと思うか?」
「え、いえ……」
むしろ、フリードリヒ様が元妻の行動で傷ついていないのならば、よかったと思ってしまった。
……傷つくってことは、それだけ元奥さんのことを愛していたってことだもんね。……って、わたし、何を考えているのかしら。
傷つかなかったということは、フリードリヒが元妻のことを愛していなかったということで、それに安心してしまうなんて、わたしも大概どうかしていると思う。
「私の元妻ヘンリーケは、侯爵家の出身で、私が十五のときに婚約させられた。政治的なバランスと、それから妻の実家が兄の立場を脅かさないところで適当に決められたと言ってもいい」
適当なんて、そんなことはないだろう。
おそらく当時はヘンリーケさんの実家がフリードリヒ様と婚姻を結ぶ上で一番いいと判断されたからそうなったはずだ。
……高位貴族になればなるほど、恋愛結婚からは程遠いもんね。
家の立場。派閥や政治的バランス。いろいろな要因で、本人の意思は関係なく決められる。
フリードリヒ様もそうだったのだろう。
だから、淡々と過去の話ができるのかもしれない。
「ヘンリーケは、結婚するまではかなり大人しい女性だったように思う。自己主張も少なくてな。だが、結婚した途端に豹変した。……いや、私の前では変わらなかったのか。何というか、ものすごく金遣いが荒くてな。私は仕事で留守がちにしていたのだが、家令から、このままでは一年の生活費が一か月で使われると報告をされて、私は耳を疑ったものだ」
それはすごい。公爵家の一年の生活費を一か月で使い切るなんてよっぽどだろう。具体的な金額はわからないが、フリードリヒ様が慌てるだけの額だったのは確かだと思う。
「さすがにまずいと、私は慌てて妻が自由にできる金を制限した。妻に言わせれば、公爵家の、そして王弟の妻として恥ずかしくない装いをしなくてはならないとのことだったが、それにしても限度がある」
「そうですね……」
おそらくだが、王妃様であってもそれほどの金額は使わないと思われた。本気で「恥ずかしくない装いのため」だと思っていたのならば、よほどの勘違いだろう。
「妻はそれが不満だったようだ。結婚して二年も経たないうちに、邸に出入りしていた行商人と出奔した。……邸にあった、大量の金や宝石を持って逃げて、な」
「え⁉」
「細かくは計算していないが、総額金貨五万枚は下らないだろう。宝石の数個くらいなら目をつむろうと思っていたが、さすがに目をつむれる額ではなかった。そして、私も当時相当腹が立っていたから、何が何でも捕まえて窃盗罪で投獄してやろうと本気で思っていた」
……それはそうでしょう。金貨五万枚。つまりは日本円で五十億。桁が違いすぎる。
「だが、妻も行商人の男も捕まらなかった。異国にでも逃げたのだろう。さすがに、国境を越えて探すわけにはいかないし、他国に王弟の妻が家の宝石を盗んで出奔したなんて知られたくない。恥でしかないからな」
その通りである。
フリードリヒ様は何も悪くなくても、笑われるのはフリードリヒ様と王家だ。国内は仕方がないとはいえ、他国にまでそんな醜聞は広めたくないはずだ。
……なるほど、わたしの気持ちがわかるって言うのは、そう言うことか。
同じ状況ではないけれど、確かにそれは悔しすぎる。
……あれ、じゃあ、もしかして、あの噂はフリードリヒ様には朗報なのかな?
わたしはふと、今日のお茶会での話題を思い出した。
「あの、そう言えばそのヘンリーケ様ですけど、この国に戻ってきているって噂があるみたいですよ」
「ああ、知っている」
……それもそうか。王妃様が知っていたんだから、フリードリヒ様の耳にも入っているよね。
「探して、捕まえないんですか?」
「八年前のことだからな。捕まえたところで、自分じゃないと言われればそれまでだ。証拠があるわけじゃない。持ち出した宝石類は、すでに換金して手元にないだろうしな」
「そう、ですか……」
証拠がなければ、確かに罪には問えない。
……それは、悔しいね。
ホルガーという行商人が詐欺師で、父を騙して借金を背負わせたのならば、わたしは彼を捕まえたいし罪に問いたい。証拠がなくてそれができないと言われたら、ものすごく悔しい。
……でも、フリードリヒ様が我慢しているのに、わたしだけホルガーの家に乗り込んで証拠を探したいと駄々をこねるのは、我儘なのかな。
ホルガーの家を捜索したら証拠が出てくるかもしれないが確証まではない。
フリードリヒ様が危ないと反対するのを押し切ってホルガーの家に乗り込むのは、元妻のことで我慢しているフリードリヒ様の前ですることではないのかもしれない。
わたしはそれですっきりするけど、それができないフリードリヒ様は、きっともやもやしてしまうだろうから。
……ここは、フリードリヒ様とマクシム様に任せるしかないのかしら。
しょんぼりしていると、フリードリヒ様がまた夕焼けに染まった空を見上げて、しばらくしてから口を開いた。
「……さっきは反対したが、万全を期すなら、君や君の家族をホルガーの家に向かわせてもいい」
「え? 本当ですか⁉」
「ああ。だが、君や君の家族だけで向かわせるのは却下だ」
「でも、一緒に行ったら怪しまれるんじゃ……」
「ああ。だから、気づかれないようにホルガーの邸の周りを包囲し、それから、何かあればすぐに突入できる準備を整えておきたい。少し方法を考えるから、待っていてくれないか。それほど長くは待たせない」
「……いいん、ですか?」
わたしが驚いて目を見開くと、フリードリヒ様がふっと笑った。
「言っただろう。……君の気持ちは、わかるつもりだ」
視線を空からわたしに戻して、柔らかく目を細めたフリードリヒ様はものすごく優しい顔をしていて、わたしの心臓が、バクバクと大きな音を立てて主張しはじめる。
……ああ、まずいなあ……。
フリードリヒ様は幼いころからの憧れで、尊敬できる上司で――
……好きに、なっちゃった、かなあ…………。
そんな憧れがいつの間にか恋に変わっていることを自覚したけれど、さすがに十一も年が離れている子供を、フリードリヒ様が相手にするはずがないだろう。
自覚と同時に失恋決定かと、わたしはフリードリヒ様の綺麗な笑顔を見つめながら、そっと痛む胸の上を抑えたのだった。
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