王妃のお茶会とフリードリヒの元妻の噂 5
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マルガレーテが王妃の茶会に参加していた時間のことだった。
ヘンリック・ハインツェルは、妻コルネリアの兄ボーデ子爵家の商会から入って来た冷凍庫の注文に追われて、朝からずっと冷凍庫の製造に励んでいた。
何個も作らされたので慣れてきて、今では一つあたり三時間もあれば作れるようになったけれど、冷凍庫と同時にアイスキャンディーの注文も入って来るのでこればかりにかまけているわけにもいかない。
アイスキャンディーのジュース液を作るのは、コルネリアや息子のエッケハルトでもできるが、凍らせるのはヘンリックでなければ無理だった。
冷凍庫の中に入れて固まらせるという方法もあるのだが、マルガレーテ曰く、それをするとジュース液に溶かした砂糖などが沈殿して均一な味にならないのだそうだ。だから氷結の魔法で一気に凍らせるのは必須らしい。
(エッケハルトにも魔法の才能はあるが、訓練させていないからなぁ)
氷結の魔法は難易度の高い魔法だ。まだ幼いエッケハルトでは、安定して扱えない。
いよいよ注文が追いつかなくなれば、魔法使いを雇うという手段も考えた方がいいかもしれないが、アイスキャンディーは安価で売り出しているため、人件費を払えばほとんど利益にならないのだとマルガレーテが言っていた。
借金返済を目的としている以上、ぎりぎりまで自分たちで何とかした方がいいのだという。
借金を作った張本人であるヘンリックとしては、娘のその意見に大賛成だ。自分がこさえてしまった借金である。マルガレーテにはかなり頼ってしまっているが、自分でできる部分は自分で何とかしたかった。さすがにそのくらいの矜持はヘンリックも持ち合わせている。
「うーん、肩凝ったな。シップヤク、貼ろうかなあ~」
自分では貼りにくいため、ヘンリックは妻を探して部屋を出た。
「コルネリア~、シップヤクを貼ってほしいんだが~」
てっきりダイニングにいると思って扉を開けながら声をかけたが、部屋の中には誰もいなかった。
(エッケハルトと一緒に裏庭かなあ?)
菜園の野菜でも収穫しているのかもしれない。
そう思ってヘンリックが玄関を出たとき、ちょうど、小さな門扉から身なりのいい紳士が入ってくるのが見えた。
頭にはシルクハット、手には革のトランクケース。
(うーん、どこかで見たような……)
首を傾げていると、男はシルクハットを取ってにこりと笑った。
(あ!)
その顔には見覚えがあった。
ハインツェル伯爵領が奪い取られる前に、邸に来た行商人だ。ヘンリックにあの投資を勧めた男である。
「伯爵、ご無沙汰しております」
「え、ええ……」
なんでこの男がここに来たのだろうとヘンリックは訝しんだ。
逆恨みになってしまうかもしれないが、この男にはあまりいい感情を持っていない。この男が来なければ、ヘンリックは馬鹿な投資に手を出したりしなかったからだ。
(……まあでも、この人は親切で勧めてくれたんだよなあ)
思うところはあるが、そう考えると無下にはできず、ヘンリックはその男をダイニングに上げた。用事があるようだし、炎天下の中、玄関前で立ち話も可哀想だと思ったからだ。
コルネリアたちはやはり裏庭の畑にいたようで、ヘンリックが慣れない手つきで茶を入れていたときに戻って来ると、お茶の用意を代わってくれる。
料理はあまり得意でない妻だが、お茶を入れるのはとても上手いのだ。最近ではマルガレーテが茶葉を買ってくれたので、前のようにお茶という名の白湯じゃなくなったのがありがたい。
マルガレーテが「成長期なんだから」と言ってエッケハルトのために買っていたクッキーを少し分けてもらって茶菓子として出すと、ヘンリックは改めて男に用件を確認した。
(ええっと確か……、ホルガーさんだったよな)
記憶を探り名前を思い出すと、ヘンリックはこほんと一つ咳ばらいをする。
「ホルガーさんでしたよね。本日はどういったご用でしょうか。この通り、我が家には宝石類を買う余裕はないのですが……」
「いえいえ、今日は商品を売りに来たのではないのですよ」
(名前あっててよかったー!)
ほっと小さく息を吐きつつ、ヘンリックは首を傾げた。
「それでは、どのような用向きで?」
すると、ホルガーは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「いえね、昨年の投資のお話では、伯爵には大変な不利益を被らせてしまいまして……、本日は、そのお詫びにと思いまして」
「ああ、いえいえ。私の運がなかっただけですので、そのようなお気遣いは」
ホルガーは、昨年の投資話がいい話だと思ったから勧めてきたのであって、まさかヘンリックを陥れようとしたわけではあるまい。船の沈没なんて誰にも予測できないことであるし、ホルガーのせいではないのだ。
「それでは私の気がすみませんので……。本日は、その損失を取り戻せるお話を仕入れたので、僭越ながら持って来させていただいた次第です」
「はあ、損失を、取り戻す……ですか?」
ヘンリックが作った借金は金貨一万枚だ。それを取り戻せるようなうまい話が、そうそう転がっているものだろうか。
(それに、借金はマルガレーテのおかげで返す目途が立ったしなあ)
投資の手違いか何かで払った金が戻って来るというのなら嬉しいが、そんなはずはあるまい。
そう思っていると、ホルガーはトランクケースから一通の書類を取り出した。
「実はね、知り合いの商店から新しい投資話を持ち掛けられたのですよ。金の価格が安い国から大量に金を買い付けて売る商売でして、これならばすぐに、前回の損失を取り戻すことが可能ですよ」
「そうおっしゃいますが、当家には投資する金なんてありませんし、もうよそに借金をするのはねえ……」
「いやいや、伯爵は新しい商売をはじめたとか。今回は一口金貨千枚からなので、売り上げから充分出せる金額では?」
売り上げを管理してくれているボーデ子爵によれば、すでに売り上げは金貨一千枚を優に超えているらしい。だから、出せないことはないが――
(だがなあ、投資はもうしないって決めたし……)
本当に儲かるのならばいざ知らず、また失敗したら目も当てられない。
「今日すぐにお返事を頂かなくても構いませんよ。これが契約書になりますので、契約内容をご確認いただき、ご検討いただければ」
「でも……」
「私は今この住所に住んでおりますので、ご質問があればいつでもお越しください」
去年もそうだったが、ホルガーはなかなか押しが強い。
(だが投資は、なあ……)
そう思っていると、黙ってそばで聞いていたエッケハルトが、ひょいっとその契約書を手に取った。
「わかりました。じゃあ、検討してお返事します」
「エッケハルト⁉」
「父様、これはチャンスだよ。姉様ばっかりに頼っていたら姉様も大変だからね。検討する価値はあると思うよ」
エッケハルトがにこりと笑って言うと、ホルガーが大きく頷く。
「ええ、ええ、その通りです。こんないい投資話は滅多に出てきませんよ。お坊ちゃんはまだ幼いのに大変利発でいらっしゃる」
ヘンリックも、息子を褒められれば悪い気はしない。
「はあ、そうですか。じゃあ、検討させていただきますので……」
「いいお返事をお待ちしておりますね」
ホルガーは微笑んで一礼すると、シルクハットを手に帰って行く。
玄関まで見送りに出ていたヘンリックは、エッケハルトが持ったままの書類を確認しようと、息子に手を差し出した。だが――
「この書類さ、姉様が帰って来てから確認してみようよ」
エッケハルトはにやりと笑うと、その書類を持ったまま、自分の部屋に上がってしまったのだった。
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