聖魔法騎士団の入団試験 1
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本日2回目の投稿です!
わたし、マルガレーテ・ハインツェルは、聖魔法を学ぶべく、コーフェルト聖国に国費留学していた。
国費留学であるため、誰でも留学の対象者として選ばれるわけではない。
そもそも聖魔法は非常に扱いが難しく、それを習得できる人間は一握りと言われていた。
そのため、逆に言えば、聖魔法の才能があると判断されたものは、国が積極的に、大陸で一番聖魔法について学ぶ環境が整っていると言われているコーフェルト聖国に留学させていて、優れた聖魔法の使い手を増やそうとしている。
わたしは十年前に、聖魔法騎士団の、当時最年少の十九歳で団長職に就いたフリードリヒ・シュベンクフェルト様を見てから、彼に憧れて聖魔法騎士団への入団を目標に頑張ってきた。
通常の騎士団と違い、聖魔法騎士団は災害時の救援活動やサポートなどを主に行っている。
というのも、聖魔法が、傷や病を癒したり、身体強化をしたりする力なのだ。ほかにも薬草の成分などを抽出、調合して薬を作ったりもする。そのため、通常の騎士のように剣や魔法で魔物討伐をしたり戦ったりはしないのだ。
フリードリヒ様に憧れたわたしは、聖魔法騎士団に入るべく、八歳の頃からせっせと聖魔法の勉強と訓練をはじめていた。
その努力の甲斐もあってか、国費留学者を決める試験に見事合格し、晴れて、十七歳の時にコーフェルト聖国に留学したのである。
……それがまさか、帰ったらこんなことになっているなんて。
汽車に揺られながら、わたしは必死に頭痛と不安と戦っていた。
――ごめーん、没落しちゃった。今は王都のこの住所の小さな家で暮らしているから、こっちに帰って来てね。父より。
というお父様の能天気な手紙を読んだ時はあきれると同時に怒りが込み上げてきたが、一周回って今は不安しかない。
……没落って、どういうことよ!
ハインツェル伯爵家は、ものすごく裕福と言うわけではなかったが、領地経営はうまく言っていたし、借金も抱えていなかったはずだ。
それが、どうしてたった一年でこんなことになっているのだろう。
手紙の能天気さから、元気にしているのは間違いないだろう。
けれど、元気だからいいというわけでもない。
……伯爵家が没落って、大事だからね‼
今の時代、貴族は身分の上に胡坐をかいているだけでは生きていけない。
ゆえに、家が没落したという噂を耳にしたことは何度もあるし、貴族たちは何とか家を存続させるために、事業を起こしたり、投資をはじめたりしていた。
かつて貴族は、身分に対する国からの支給金と領地から得られる税金だけで生きていられた。
しかし、身分に対する支給金を国が取りやめたことで困窮する家が続出。
貿易などで安い外国製品が入ってくるようになったことで、領地持ちの貴族たちは、ただ領民に田畑を耕させ、家畜を育てさせていたらいいわけではなくなった。
新しい波に乗れない貴族は次々と没落し、事業を起こして財を成した平民の富豪に、そんな貴族の爵位が安く買いたたかれたりしている時代である。
お父様が「ハインツェル」という姓を名乗っているので、まだ、爵位を取り上げられたわけではないだろう。
けれども、あの能天気家族を放置していたら、近いうちに伯爵という身分まで奪い取られる危険性があった。
……わたしが留学なんてしたばっかりに!
いくら能天気な家族でも、たった一年では大問題は起こすまいと思っていたのに、とんだ誤算だった。いったい何をした、父よ。勘弁してほしい。
汽車に揺られること数時間。
王都の駅でおりたわたしは、駅を出てすぐのところで辻馬車を捕まえて、お父様が手紙に書き記していた住所へ向かってもらった。
住所を見るに、貴族街ではなさそうだ。
治安の悪い下町でなかったことに安堵すればいいのか、それとも、書かれている住所がもともと王都に持っていたタウンハウスでないことを嘆けばいいのかもわからない。
……たぶん、タウンハウスも領地の邸と同じく取り上げられたんでしょうね。
住んでいないのだから、つまりはそういうことだろう。
……邸を二つも取り上げられるなんて、本当に何があったのよ!
大通りから細い道に入り、しばらく行ったところで馬車が停まる。
御者にお金を払ってお礼を言って降りると、目の前には古ぼけた小さな二階建ての家があった。長屋でないだけよかったと思うべきだろうか。
……でも、外壁はボロボロだし、外壁も汚いし、たぶん長年人が住んでいなかった家なんでしょうね。でもまあ、前世の日本基準で考えると、そこそこの広さの中古物件ってところだけど。
日本は土地が狭いくせに人口が多いから、どうしても狭いところにぎゅうぎゅうに家を建てる傾向にあった。特に都市部ではその傾向が顕著になる。
そんな前世と、国土面積が広く、人口密度も前世に比べて半分以下の今世では、家の大きさは比較対象にはならないが。
人が一人通れるくらいの小さな門扉を開けて中に入ると、小さな庭があった。
その庭の一部が花壇にされていて、春の花が咲いていたことにちょっとホッとする。花を育てるくらいの心の余裕はあるらしい。
狭い庭を横切って、わずか数歩で玄関扉に到着すると、わたしは玄関前に取り付けられている錆びた呼び鈴を鳴らした。
鈍い音が響く。
玄関扉が薄いのだろう、奥からぱたぱたという足音が聞こえてきた。
「はいはいは~い」
能天気な、母コルネリアの声が聞こえてきて、わたしはがっくりと脱力しそうになる。
……お母様が出て来るってことは使用人はいないんだろうけど、この状況でそのテンション……さすがだわ。
もっと落ち込むとかないのだろうか。……いや、あすはずがない。だってうちの家族だし。
「は~い……って、まあ! マルガレーテちゃん! おかえり~」
いやもうほんと、がくっと膝をつきそうだよ。
家に帰ったら家が潰れていて、お父様の妙な手紙を受け取って慌てて王都に飛んで来た娘に対して、第一声がにこにこ笑顔でそれですか!
「え⁉ 姉様帰って来たの~?」
お母様の後ろから、弟のエッケハルトが小走りでやって来た。
きらっきらの金色の髪に青い瞳のうちの弟は、物語の王子様のように可愛らしい。一年前よりだいぶ身長が伸びたみたいだ。
十歳でこれだから、数年後はさぞイケメンに育つに違いない。お姉ちゃんは今から君の将来が楽しみで仕方がないよ。
「姉様おかえり~!」
お母様を押しのけてわたしの腰にぎゅうっと抱き着いたエッケハルトにほんわかと癒される。
わけがわからないこの状況だが、弟の可愛さは不変だ。それだけが救いかもしれない。
「ただいま、お母様。いろいろ訊きたいことがあるんだけど……、お父様は?」
「ああ、パパは裏の畑にいるわよ~」
裏?
畑⁉
ぎょっと目を剥いたわたしに、お母様は裏にも小さな庭があって、そこに畑を作ったのだと教えてくれた。
……伯爵が、畑を耕しているだと⁉
あんぐり口をあけるわたしに、お母様はやっぱり能天気に続ける。
「仲良しのご近所さんからね、野菜の苗をもらったの~。苗を作りすぎちゃったんですって! だから今パパが植えているとこなのよ。ほら~、節約しないと、毎日ふかし芋になっちゃうから~」
「冬は大変だったよね。もう、三食芋なんて嫌だよ」
待て待て待て待て!
「あ、でも今日は、マルガレーテちゃんが戻って来るってパパから聞いていたから、奮発してパンを買ったのよ~。スープにもちゃんと具を入れたの~」
「具のないスープってただの塩味のお湯だもんね」
待て~~~~~~‼
にこにこしながら入れるエッケハルトの合いの手に涙が出そうになるわ‼
わたしはさっと手持ち鞄から銀貨を取り出すとエッケハルトに持たせた。
「エッケハルト、成長期なんだからきちんと食べないとダメでしょう! わたしはお父様に話があるから、それを持って何か買ってきなさい‼」
「わ! 姉様お金持ちだね!」
……あぁ! うちの弟が! 伯爵家の嫡男だったうちの可愛い弟が、一年会わないうちに銀貨一枚でお金持ちだとか言うようになってるよ‼
前世の感覚で言えば、銀貨一枚は日本円で一万円ほどの価値である。前世の十歳の子に一万円は大金だろうが、貴族のおぼっちゃんであるエッケハルトには珍しくもなかったはずだ。
お金のありがたみを知ることは大切だろうが、伯爵令息としてはこれは由々しき事態である。
わたしは慌てて手持ち鞄から財布を取り出すと、それをお母様に押し付けた。
これらはコーフェルト聖国で勉強する傍ら、聖魔法の訓練目的で作ったポーションを売りさばいて得たお金である。ざっと金貨十枚分入っているはずだ。ちなみに日本円換算でざっと百万円。
お母様は財布を開けて「まあ!」と目を輝かせた。
「これでしばらくパンが食べられるわね! お肉も買えるかしら~」
ああ、泣きたい……。
ちょっと前まで「あなた~、新しいドレスがほしいの~」なんて季節ごとにドレスを新調していたお母様が、パンと肉に喜んでいる!
十歳のエッケハルト一人にお使いを行かせるのは不安だったのか、お母様もついて行くと言ったので、わたしは狭い玄関にトランクを置くと、急いで裏庭に回った。
そこでは、今まで見たことがない作業服みたいな恰好をした父ヘンリックが、せっせと野菜の苗を植えている。
エッケハルトに三十歳ほど年を取らせたような、外見だけはなかなかイケオジなお父様だったが、一年見ないうちに髪が伸びていた。散髪をケチっているのかもしれない。
「お父様、ただいま」
「うん? ああマルガレーテ! 一年会わないうちに大人っぽくなったなあ!」
「お父様はだいぶ変わったわね」
「ああ、髪が伸びたからねえ」
髪以前に格好もだが、本人はまったく気にしていなさそうなのでわざわざ口にするのはやめておいた。それよりも訊きたいことがあるのだ。
「お父様。この状況はいったいどういうこと? なにがあったの? いくら何でも異常事態でしょう!」
するとお父様はしょんぼりと肩を落として、それから眉をハの字にすると、残った野菜の苗を見て息をつく。
「説明すると長くなるから、先にこれを植えてもいいかなあ?」
わたしはお父様の足元にある野菜の苗を見て、はあ、と嘆息した。
「……わたしも手伝うわ」
能天気なお父様は、ぱあっと顔を輝かせて笑った。







