長期休暇と工場視察 1
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「よー。お前はいつも一人だな。いい加減、次の嫁さんでも探しとけ?」
城からほど近いところにある騎士団御用達のバーのカウンターに座り、度数の高い酒をちびちびと舐めるように飲んでいたフリードリヒは、背後から聞こえてきた陽気な声にぐっと顔をしかめた。
振り返らなくてもわかる。この声は、第一騎士団団長で騎士団総帥のマクシムだ。
マクシムはフリードリヒの隣に座ると、「俺もこいつと同じものね」となじみのマスターに告げた。
(どうでもいいが、お前もいつも一人だろうが)
とはいえ、マクシムの場合はフリードリヒと違って、もともと一人を好む性格だからだ。
少々がさつだが面倒見のいいマクシムは昔から男女問わず人気があって、若いころも今も、それなりに縁談話が舞い込んでいる。
それを「俺は一人の方が気楽でいいんだよな~」などと言って全部断っているのは、他でもないマクシムの方だ。
子爵家の次男である彼は、家督を継ぐ長男とは違って結婚は必須ではないため、そういう自由が許される。
王弟であり、臣下に下って公爵位を賜ったフリードリヒとは、自由度が違うのだ。
(これが一代限りの公爵位ならよかったんだが、兄上め……)
ちょうど領地があいていたと言って、国王陛下はフリードリヒに、王族の品位を保つためだけではなく、王家預かりになっていた領地付きの公爵位を渡してきたのだ。さすがにフリードリヒ一代でまた王家にその土地を戻すわけにもいかないので、フリードリヒは結婚して跡継ぎをもうける必要がある。
実に頭の痛い問題だ。
兄のところに息子が二人いたら、王位を継がない方に位を譲るという選択もあったが、残念ながら今のところ兄には息子は一人しかいない。
「相手がいないなら、お前んとこの嬢ちゃんをもらったらどうだ? 婚約が解消されてフリーだろ? ついでになかなか面白いし、うちの騎士を大人しくしろと叱りつけるくらい肝も据わってる。いい嫁さんになるぞ~?」
「嬢ちゃん? まさかマルガレーテのことを言っているのか?」
「ほかにいるか?」
「馬鹿を言え。いくつ年が離れていると思っている」
「だけど、女嫌いのお前にしては珍しく自分から関わり合いになってるだろ?」
「それは……」
それは、マルガレーテがいろいろ問題を起こすからである。
まあ、問題といっても、悪い問題ではないのだが、王家がレシピを買い取ったポーションにしろシップヤクというものにしろ、彼女は普通の聖魔法使いとは違う特別な何かを持っているように思えた。
(先日もハンドクリームというものを作っていたし、今度はバスボムとか言うものを作っていたな)
その二つは聖魔法を応用したものではないのでフリードリヒがチェックする必要はないのだが、シップヤクが気に入った兄が新しいものを見つけたら持ってこいと言ったため、新商品ができれば団長室に持ってくるように頼んでいる。
ちなみにハンドクリームとバスボムは現在王妃が愛用中だ。
バスボムと、シップヤクの前に作っていたらしい猫の手と言われるものは国王陛下も愛用している。
マルガレーテが聖魔法騎士団に入団して早二か月。言い換えればたった二か月。
この二か月で、確かに、フリードリヒは自分にしては異例ともいえるほどマルガレーテと接点を持っていた。
長く同じ団にいるミヒャエラですら、一週間に一度の定例会議か、何かあった時の報告でしか顔をあわせないというのに、考えてみたらマルガレーテとは二日と間を開けずにあっている。
(まああれは、兄上が私を通して彼女の商品を購入するからなのだが……)
元凶は兄だ。だからこれはフリードリヒの意思ではなく、兄のせいなのだ。
そう自分に言い聞かせようとしたフリードリヒだったが、確かにマルガレーテが不思議の塊であるのは間違いないなと思いなおした。
マルガレーテに最初に興味を覚えたのは、入団試験の実技試験でのことだった。
監督者として同行していたフリードリヒは、受験生五人の全員の試験を見学していた。
その中で、マルガレーテは、なんというか、変わっていた。
多くの受験者は、実技試験では合格するためにとにかく目立とうとする。
腕に自信のあるものは難易度の高い治療を行い、腕に自信のないものは逆に質より量だと、それほど難易度の高くない治療をたくさん行おうとする傾向にあった。
そして、監督者としてつけられている聖魔法騎士に対して、己が行った聖魔法を事細かく説明し、いかにそれが優れているのかをアピールする。監督者のつける評価が合否を左右するからだ。
けれども、マルガレーテはそのどれとも違っていた。
まず、自己アピールが極端に少ない。というかミヒャエラが質問しなければ答えない。
そして、淡々と治療にあたるのだが、彼女は派手に聖魔法を使うようなことをせず、魔力を温存しながら最低限の聖魔法のみを使用し、ポーションが使えるところはポーションを使った。
しかし治療の質が悪いというわけでもなく、彼女が治療した患者は全員が快癒し、なおかつ難易度の高い患者ばかりで、数も多かった。
はっきり言って、受験者五人の中で彼女は頭一つ以上とびぬけた成績を叩き出したのだ。
いくらコーフェルト聖国に留学していたとはいえ、ここまで的確に聖魔術を使うことができるだろうか。
現に他の四人もコーフェルト聖国への留学生だったが、フリードリヒの目には無駄が多いように思えたし、大したことのない聖魔法を監督者に自慢しすぎていたようにも思う。
まあ、それだけ己の力に自信があったのだろうし、矜持だと言いかえることもできるだろう。矜持を持つのは悪いことではないが、どうしても、淡々とただ患者を治癒することだけに集中して聖魔法を使っていたマルガレーテとは大きな差があるように感じた。
試験当日に使っていたポーションの質にも驚いたが、彼女はいろいろ異質だった。優秀すぎるのだ。
(嫁、か……)
マクシムの言う通り、いつまでも女が信用できないだなんだと言って結婚から逃げ続けるわけにはいかない。
一度目の結婚はフリードリヒの胸に女に対する不信感を植え付けたが、フリードリヒにとって結婚することは義務だ。もう二十九歳になったのだから、そろそろ再婚を考えなければならないだろう。
(まあ、マルガレーテは何というか……、嫌悪感を抱かないのは確かなんだが)
女が信用できないからだろうか。フリードリヒは「女」を前面に出してくる女性には嫌悪感が先に来てどうしても距離を取ってしまう。
その点マルガレーテはフリードリヒに媚を売ることもなければ、「女」であることを前面に出してくるわけでもなく、側にいても気にならない。
(いや、だが、私とマルガレーテは十一も年が離れているんだぞ)
フリードリヒがよくてもマルガレーテは嫌だろう。
そして、上司で王弟で公爵であるフリードリヒから結婚を申し込めば、伯爵家では断れまい。それは脅迫と同じだ。
「さっさとしないと、まーた王妃様が見合いの席を設けるぞ~?」
「やめろ、ぞっとする」
兄嫁である王妃は何かとおせっかい焼きで、なかなか再婚しないフリードリヒにやきもきしてはお茶会という名の見合いの席にフリードリヒを連行しようとする。
仕事が忙しいと断り続けているが、前回の茶会から半年以上が過ぎた。そろそろ、あの手この手で茶会に連れ出そうとするはずだ。頭が痛い。
「嬢ちゃん、いいと思うんだけどな~。……ああ、そういやあ、嬢ちゃんところは投資に失敗して借金抱えたんだったな。それで婚約も解消されて抵当に入れていた領地が奪われたとか」
「その通りだが、どうして上司でもないお前がマルガレーテの家の事情を知っている?」
「噂になってるからな。噂の出所はなんと、嬢ちゃんの元婚約者だ。あっちこっちでべらべらしゃべってるぞ~。ついでに嬢ちゃん本人のことも、可愛げがないとか生意気だとかいろいろ言ってるみたいだな。うちの連中が聞いて腹を立ててたぜ。シップヤクの女神を捕まえて何を言うんだってな」
「なんだそのシップヤクの女神って」
「知らね。なんか誰かが言い出して広まった」
マルガレーテが聞いたら悲鳴を上げそうな二つ名だ。彼女のためにも黙っておいてやった方がいいだろう。
(マルガレーテの元婚約者はヨアヒム・アンデルスだったな)
別れたとはいえ元婚約者の悪口を吹聴して回るなんて、よほど性格に難がある男なのだろう。
なんだか胃の当たりがムカムカしてきて、フリードリヒは目の前の酒を一気に煽った。
「マスター、おかわり」
空になったグラスを押しやって、フリードリヒは表現しようのない苛立ちをどうにかして発散させようとしていると、マクシムが酒を飲みながら声を落とした。
「投資って言えば、最近、妙な投資話が広まっているのを知っているか?」
「なんだ、それは」
「詳しいことはまだ調査中なんだが、何人かの貴族がそれで大借金抱えてるって話でな。邸を奪われたやつもいれば、爵位そのものを奪われたってやつもいてなあ。被害に遭ってるのが男爵とか子爵連中ばかりだから、それほど問題視されていないのかもしれないが、妙だと思ってな」
男爵家や子爵家の没落はそれほど珍しい話でもない。
そして、没落した男爵家や子爵家に大金を差し出して爵位を買い取る富豪がいるのも事実だ。
ゆえに、男爵家や子爵家が没落しようとも、爵位を奪われようとも、国はそれほど問題視しない。
(だが、マクシムが気になったってことは、何かあるのか……)
この男は、こと犯罪に関しては猟犬並の嗅覚を持っている。マクシムが気になると言ったら、たいてい何かあるのだ。
「投資、か……」
「ああ。もしかしたら、嬢ちゃんの家も関係あるかもな。場合によっては事情を聞くことになるかもしれん」
「そのときは教えてくれ。私も同席しよう。……部下のことだからな」
「へー?」
マクシムがにやりと笑う。
その笑い方にムカッとしたフリードリヒは、彼の手のグラスを奪い取ると、中身を全部飲み干してやった。







