プロローグ
許可を得て、小説家になろうさんにも掲載します!
ノベルはベリーズファンタジー様より、コミックス①巻はベリーズファンタジーコミックス様より発売中です(コミックス②巻は2026年2月27日発売予定です!)
※掲載するのは、改稿前の初稿です。そのため、ノベル版とは異なる部分がございます。
※めちゃくちゃ楽しいコミカライズをもっと皆さんに知ってほしいので掲載します(*^^*)
どうぞよろしくお願いいたします!
ランデンベルグ国は今、初春のはずなんだけど、ひゅーっと木枯らしが通りすぎて行ったような気がするのは何故かしら。
実際に春の少し強い風がわたしの赤い髪をもてあそんで通りすぎては行くものの、わたしの心情的には春風なんて可愛らしいものではない。
一年前の春、コーフェルト聖国に国費留学していたわたし、マルガレーテは、一年間の留学期間を終えて我が家ハインツェル伯爵家へ、帰って来たはずだった。
そう、帰って来たはずだった、のだけれど。
……なんかわたし、今、浦島太郎の気分がわかった気がするわ!
ふと、前世で子供のころに読んだおとぎ話の主人公の気持ちになりかけたわたしは、現実逃避しそうになる頭をしゃっきりとさせるべくブンブンと首を横に振った。
ここは、我がハインツェル伯爵領。
そして、目の前には、ハインツェル伯爵家のカントリーハウスがある。
一年前の我が家は、今年十歳になる、まだやんちゃ盛りな弟エッケハルトがいるからか、笑い声の絶えないにぎやかな家だった。
大勢いた使用人たちとも仲が良く、庭には季節の花が咲き誇り、庭の散策が好きなお母様が日傘をさして歩き回る姿が、毎日のように見られていたはずだ。
それなのに、固く閉ざされた門の向こうの庭は、枯れた雑草と新しく芽吹いた雑草の両方が生い茂り、綺麗に整えられていた花壇は見るも無残なことになっている。
何より、人気がない。
そして、何故か門には太い鎖が侵入防止を伝えるようにぐるぐる巻きにされて、大きな南京錠までかかっていた。
「どういうこと――――――⁉」
大きなトランクを二つ抱えたまま、わたしは途方に暮れてつい大声で叫んでしまった。「とー」「おー」「ぉー」とわたしの叫び声が反響して風に攫われていく。
汽車の駅からここまで連れてきてくれた辻馬車の御者が、御者席に乗ったまま、ものすごく言いにくそうな顔で訊ねてくる。
「お嬢さん、本当にここが自宅なのかい? もしかして道を間違えたんじゃないかな?」
御者の言葉に一縷の希望を見出しかけたわたしは、すぐにその希望を打ち捨てた。
ハインツェル伯爵領で、領主の邸に連れて行ってくれと言って間違える御者があるだろうか。
それに、ものすごく荒れ果ててはいるが、門の奥に見える庭にあるものは見覚えのあるものばかりだ。
……あのブランコはお父様がエッケハルトのために作ったものよ! あの四阿は三年前に新しく作ったものでお母様のお気に入り! あっちの大きな木も見覚えがあるわ。お父様が木に登って降りれなくなっていた野良猫を助けようとして登って落っこちて大怪我をしたんだもの! つまりここにあるものはぜーんぶ、うちにあったものなのよ‼
そして総合的に考えると、やっぱり目の前の荒れ果てて寂びれた邸は、我がハインツェル伯爵家ということになる。
「おじさん! ここって、本当にハインツェル伯爵家よね⁉」
「あ、ああ、そうだけどね……」
「じゃあどうしてこんなことになっているの⁉」
「そう言われてもねえ、お貴族様のことはわしにはよくわからんよ。それに、わしは普段はこの辺には来ないし、住まいはハインツェル伯爵領じゃなくて隣のアンデルス伯爵領だからねえ」
アンデルス伯爵領と聞いて、わたしはハッとした。
そうだ、ヨアヒムに訊けばいいのだ! アンデルス伯爵家の嫡男ヨアヒムはわたしの婚約者である。
今はどちらも亡くなっているが、わたしのおじい様とヨアヒムのおじい様が仲良しで、わたしたちはお互いの祖父の願いで幼いころに婚約がまとめられた。
正直言って、二歳年上のヨアヒムとわたしは、恋人同士という関係ではなかったが、貴族の結婚なんてそんなものだ。
そして、いくら冷めきった関係だったとしても、未来の妻の実家の事情を婚約者が知らないはずがない。
(まずはお父様たちがどこにいるのかを探らないと!)
見る限り奥の邸には人は住んでいない。つまりお父様たちはどこかへ移り住んでいるはずだ。家族が死んでいたら留学先のコーフェルト聖国に連絡が入ったはずだし、相続だのなんだのとランデンベルグ国からもすぐに帰国するように通達があったはずなのだから。
……落ち着いてわたし。大丈夫、みんなきっと、どこかで能天気に暮らしているわよ。
うちの家族は総じて能天気である。
お母様はよく「なんでわたしたちから生まれたのに、マルガレーテはしっかりしてるのかしら~?」なんて不思議がって、お父様は「私たちがしっかりしていないからマルガレーテがしっかりしたんだね~」なんて笑う、本当にダメダメな能天気すぎる両親だ。
弟はお姉ちゃんであるわたしが大好きで、留学が決まった時は「姉様と離れたくない」と言って大泣きしたシスコンで、やっぱり能天気。
わたしは生まれた時から前世で二十歳まで生きた記憶があって、しかも前世では早くに家族を亡くして一人で頑張って生きていたから実年齢よりもしっかりした性格だった。
それが幸いしてなのかどうなのか、今世の生みの親の性格は引き継がなかったらしい。
……こうしてはいられないわ! あの能天気家族のことだから、もしかしたらわけのわからない問題に巻き込まれているかもしれないもの!
きっと大丈夫と自分に言い聞かせたわたしだったが、すぐに考えを改めた。
邸がこんな状況になっているのだ、何かあったのは間違いない。
そしてあの能天気なお父様たちは、能天気すぎるあの性格のせいで何かに巻き込まれたのだ。
そう結論づけると、わたしは急いで御者のおじさんを振り仰いだ。
「おじさん! 連れてきてもらったばかりで申し訳ないけど、さっきの駅までまた連れて行ってくれない?」
急いで汽車に飛び乗って、まずはアンデルス伯爵領へ向かおう。そうしてヨハネスに事情を知らないか確認するのだ。
わたしは馬車にトランクを押し込んで乗り込むと、「急いで!」と御者のおじさんを急かして駅へ向かった。
そして御者に礼を言ってアンデルス伯爵領行きの汽車のチケットを買おうとしていると、郵便屋さんと思しき外見の青年がこちらに走ってくるのが見えた。
「失礼! もしかしてマルガレーテ・ハインツェル様でいらっしゃいますか?」
わたしはびっくりして顔を上げた。
「そ、そうですが……」
何故わたしの名前がわかったのだろうと怪訝がっていると、郵便屋さんがホッと息を吐き出した。
「よかった! いやあ、こんな意味のわからない配達を頼まれたのははじめてですよ。今日の午後に赤い髪に茶色の瞳の、十八歳の可愛い貴族っぽい女の子がこの駅にいるはずだから手紙を届けてねなんて、いくら赤い髪が珍しくても、さすがにひどいですよねえ?」
郵便屋さんはそんな愚痴を言いながらわたしに一通手紙を差し出した。
そんな妙な郵便配達の頼み方をする迷惑な人間はどこの誰だと手紙をひっくり返して差出人を確かめたわたしは、一気に脱力しそうになる。
……お父様ああああああああ‼
手紙の差出人には、しっかりと父の「ヘンリック・ハインツェル」の名が記されていた。
あんの父は、なんつー迷惑なことを‼
「すみませんすみません、本当にご迷惑を! これはつまらないものですが……!」
郵便屋さんにお詫びとチップで銅貨を数枚手渡して、ぺこぺこと頭を下げると、郵便屋さんは笑いながら「いやいや、無事に届けられてよかったですよ」と笑いながら去って行った。
……まったくもう、お父様ってば何を考えているのよ‼
お父様が相変わらずすぎてホッとしていいのか嘆いていいのかわけがわからなくなる。
わたしはひとまずチケットを買うのをやめて、駅の隅っこでトランクの上に腰を下ろすと、手持ち鞄の中からペーパーナイフを取り出して封を切った。
そして、手紙の文面に視線を落として、くわっと目を見開く。
……な、な、な、なんでこんなことになっているの――⁉
手紙には、お父様のちょっと癖のある文字で、こう書かれていた。
――ごめーん、没落しちゃった。今は王都のこの住所の小さな家で暮らしているから、こっちに帰って来てね。父より。
「あほかぁあああああああああー‼」
わたしはつい、ここが駅であることも忘れて大声で叫んでしまった。







