血の花
それは、ふいに下腹を重く締めつける痛みとともに訪れた。
童子房の薄暗闇で、承平は握りしめた衣の端を見つめた。そこに滲んだ赤い染みに、震える指先を押し当てる。なまぬるく、なまぐさい。
その意味は理解していた。女の身体になるということだ。しかし、この寺にあって、それはただの変化では済まされない。
――「桔梗の花が咲いた」って、そういうことかよ。月之丞の野郎……おれより先に、これを嗅ぎ付けてやがったってのか
こうなると、正真正銘、狐狸の類なのではないかと、本気で疑いたくもなる。
承平は膝を抱えた。魂の震えが全身に波及し、瘧にかかったような、とめどない震えに襲われる。虚勢が剥がれ、怯えた童女の素顔が露わになった。
――逃げなきゃ。一刻も早く、逃げなきゃ。行く当てはないけど、何処でも良い。ここじゃない、何処か遠くへ。……月之丞のいない場所へ
今宵は「住職のお呼びがかかる」とあらかじめ月之丞より伝え聞いている。
お務めの支度を整え、辰助を寝かしつけ、迎えを待っていなければならない。住職の寝室に出向き、いつもの通りに――月之丞に嬲られ、見世物にされなければならない。
初めての月水が来なければ、その務めを果たすつもりだった。
辰助に何不自由ない暮らしをさせてやりたい。その一心で、この二年、心を削るような忍従を重ねてきた。
――だけど、こうなっちまったら。これ以上は、もう無理だ
何故なら、この身体はもう、子を孕むことができるのだから。
月之丞と住職の話しぶりを思い返す。あの二人に女の忌を避ける、まともな感性は期待できそうもない。それどころか、月之丞は涼しい顔をしてこの身を弄び、住職は嬉々としてその様を鑑賞するだろう。
それで、承平が子を孕んだら、どうするつもりなのか。どうされてしまうのか。
恐怖が胸を締めつけ、下腹がじんと疼く。想像のなかで、月之丞の含み笑いと、住職の荒い息遣いが入り混じり、吐き気を催す。
――今すぐ逃げないと、きっと、取り返しのつかないことになる
恐怖は吐息さえ震わせる。承平は胸をおさえ、呼吸を調えようとする。
すると、隣で眠る弟、辰助の寝顔が目に入った。
童子房の片隅で、辰助はのびのびと大の字になって、安らかな寝息を立てている。この寺に身を寄せたからこそ、飢えや渇きに苦しむことなく、健やかに育ってくれた。
辰助だけは、何も知らず、幸せであってほしい。その想いが、さらに胸を締めつける。
どの道、来年の正月を迎える前には、ここを出るつもりだった。
そうしなければこの子もまた、この寺に巣食う穢らわしい獣の毒牙にかかってしまう。
それは、庫裏が年の瀬の雑事で忙しなくなる年の瀬のことだった。寺の者たちの様子を見回っていた住職が、承平に背負われた辰助に目を留めた。
住職は「いくつになった」と訊ね、辰助は「もうすぐ、みっつ」と元気よく答えた。
住職はひとつ肯き
「再来年には五つになるな。髪は剃らず、このままにしておきなさい」
と言った。
その言葉は、承平の耳に悍ましい合図として聞こえた。
数えで五つになれば、辰助に対する見方が変わり、扱い方も変わるということだ。
承平の心臓にのしかかる恐れは怒りに変わり、確固たる決意になった。
――辰助には指一本触らせねぇ。辰助は絶対、おれが守る




