表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月兎取月  作者: 銀ねも
19/45

成れの果て

 

 月之丞の顔から、さっと血の気が引いた。

 薄い唇が引き攣れて、亀裂のような微笑が浮かぶ。


「……お断り、か。そう言うと思ったよ。お前が俺を……嫌っていることは、お前に言われるまでもなく、知っていた」


 月之丞は淡々と言った。それが怒りなのか、悲しみなのか、あるいはそのどちらでもないのか。承平には判別できなかった。


 ただ「おれを嫌わないで」と訴える辰の幼い声が、記憶の奥で木霊する。


――あたしが、辰を嫌えるもんか


 喉元に迫り上がった想いは、言葉になり損ねて潰えた。

 嫌いになれない。それでも、もう信じられない。


 承平は強く頭を振った。


「当たり前だろ! 嫌がるあたしを和尚の前に引き摺り出して、乱取りみたいに、無理やり……何度も、何度も……あんな、酷いことを……!」


 胸の奥で膿み続けていた痛みが、堰を切ったようにあふれ出す。


 月之丞に連れられ、初めて住職の褥に供された夜。必死の抵抗も虚しく組敷かれて、犯されて。

 それを見て興奮した住職が月之丞にのしかかり、彼を犯すのを、なすすべもなくただ、見せつけられて。


 わけもわからぬまま「お務め」を終え、月之丞に背負われ住職の御座所を出た。

 僧房へ向かう途中、泣きじゃくりながら、赤子ができたらどうすると詰ると、月之丞は含み笑い、言った。


――「お前はまだ子を孕める身体ではないから、その心配は要らない」 


 あの時、月之丞が何を考えていたのか。

 知りたくないし、理解したくもなかった。


 月之丞は承平を使い潰そうとしている。子を孕めば寺に置けなくなり、厄介払いされる。そう、思い込んでいた。


 だが、そうではなかったのだろうか。


 月之丞の言葉に嘘がないのだとしたら、月之丞は承平に執心している、ということになる。


 それが、幼馴染としての情に由来するのなら、幾許かの救いがあった。

 だが、そうではない。


 月之丞は、辰助に乳を含ませあやす姿を見て、承平を欲したのだ。


 その理由として、欲望の以外の何があるだろう。


 月之丞は衒いなく「俺の子を産んでほしい」と言った。出産は女にとって、命懸けの大事であると、知らぬはずがない。


 女の大事を、己の欲のままに望むのならば。

 その執着は、悍ましい欲望の成れの果てだ。


 承平の心は軋み、悲鳴を上げた。


「お前の子を身籠るなんて、嫌に決まってる!」


 承平は叫んだ。

 怒号ではなく、毟られる心の悲鳴だった。


「お前、おかしいよ……どんどん、おかしくなっていく。

 なんで? あたし達は本当の姉弟みたいに想い合っていたじゃないか。それなのに、なんで?」


 切々と訴える声に涙が滲み、次第に細く掠れていく。


「……嫌だ……こんなの、もう嫌だ。なんで、なんでだよ……辰」


 蚊の鳴くような声は、月之丞の耳に届いたようだ。月之丞の瞳が明らかに揺らいだ。


「……そうか」


 月之丞は言った。その声は震えていた。


「そう、だろうな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ