外道
「そんな……そんなの……」
心が逸り、乱れる思いはうまく言葉にならない。それでも、月之丞は承平の思いを正しく言い当てる。
「不服か。なぜ?」
承平の心を読む程度のこと、月之丞にとっては、造作もないことだろう。
それを、あえて問答に持ち込むのだから、悪辣というほかない。悪狐の面目躍如であると言えよう。
「なぜって、それは……辰助が五つになったら、和尚は、辰助を……」
承平は口籠る。
皆まで言わせるな、と月之丞を睨みつけた。あまりにも悍ましく、言葉にするのも憚られる。
そこでようやく、月之丞は合点がいったように頷いた。
「ああ……そういうことか」
月之丞は空疎な笑みを漏らした。その笑声は氷塊となって、承平の胸に落ちる。
月之丞はすっと切れ上がった双眸、その鋒をひたりと承平に突き付けた。
「であれば、なおさら解せぬ。なぜ、弟が和尚様の御手付きとなることを厭う? 何か障りでもあるのか?」
その問いは承平の胸に深々と突き刺さった。
それは、純粋な疑問だった。辰があれこれ指さしながら、これはなに? あれはなに? それはなぜ? と桔梗に訊ねていた時と、寸分違わぬ声調である。
もしこれが、悪意で研ぎ澄まされた刃であれば、まだ構えようもあっただろう。斬られるとわかっていれば、覚悟も決まる。
だがこの問いは、無垢ゆえのなまくら刀だ。斬る気もないのに当ててくる分、かえって容赦なく、抉るように痛む。
承平は息を呑んだきり、言葉を失った。
答えはのどの奥で閊え、震えるばかりで、一向に形を為さない。
月之丞は、承平の動揺など意に介さず、淡々と言葉を紡ぐ。
「そう言うことは、早いうちに済ませた方が良い。
当然のこととして受け容れられれば、悩むことも、傷つくこともなかろう」
承平は目許がひくりと痙攣した。
――この男には、人の道理が通じない
大切に想う者を傷つけたくない。穢したくない。それが人情だ。
誰かに愛着を抱けば、自ずと理解できること。
だが、月之丞は本当に、その「当たり前」が理解できない。
理解できるのなら、それを利用しない手はないだろう。
「お前が俺の言う通りにすれば、弟には手出しをさせない」
そう言い放つだけで、承平を縛るには事足りるはずだ。
だが、月之丞はそれを言わない。
そもそも「情で人を縛る」という発想そのものが、彼の中に存在しないのだ。
人の心を読めても、人の心そのものを解さない。
人の心を操れても、そこに宿る痛みや願いを知らない。
そういう生き物なのだ。
月之丞は事も無げに言葉を継ぐ。
「大好きな『にぃ』と一緒にいられるのだから、弟も本望であろうさ」
そして、にっこりと笑った。
揶揄でも嘲笑でも牽制でもない。
この理屈で承平が納得すると、確信している笑みだった。
心の奥で、何かがぽっきりと折れる音がした。
「お前は……なんで……そんな……」
承平は震える言葉を呑み込んだ。
何を言っても徒労に終わる。月之丞は、人とは異なる道理で生きているのだから。
承平はこれまで、辰の心は月之丞に塗り潰されて、消えてしまったと思っていた。
だが、それは思い込みだったのかもしれない。
辰ははじめから、こうだったのではないか。
泣かず、笑わず、息を潜める。物言わぬ在り方は、まるで獣のようだった。
もし、辰が本来そういう生き物であったのなら――それを捕まえて、人らしくあれと導こうとした桔梗の善意こそ、傲慢であり、過ちであったのではないか。
そうでもなければ説明がつかない。大切な弟を地獄の道連れにすることこそ最善の道であると説く、その歪んだ心は。




